72.エルフの森の王子様



 魔法の雨を降らせてから、事態が動くのに時間はかからなかった。

 ずっと目を閉じてジルコの無事を確認していた。

 だからわかる。


(ジルコさんの勝負、無事終わったみたい)


 彼がすごい速さで近づいてきていた。

 おそらくまた空からやってくる。

 雨空魔法と状態治し魔法をやめ、その場にしゃがみ込んだ。


(さすがに、疲れたなー)


 森を覆う勢いで雲を作ったし、それに行き渡るよう、強力な状態治し魔法を放ち続けた。

 魔力はもう底をつきそうだ。

 小回復魔法も使えないだろう。

 でも鼻血は出ていない。

 これなら、ジルコに怒られることはないはずだ。


「……ヘックション!」


 自分の魔法で降らせた雨をずっと浴びていたので、当然ずぶ濡れだ。

 暖かな気候のミューグランドとはいえ、さすがにこのままでは風邪をひくかもしれない。

 

(まぁ、回復魔法で治せばいいか)


 そういえば、以前王都からグラメンツへ向かう途中雨に降られて全身びしょ濡れになったことがあった。

 そのときのジルコの温かな魔法を覚えている。

 あの時の彼はまだ、心を閉ざしていたはずだ。

 それでも私を思いやり、髪や服を乾かしてくれた。

 

(ジルコさんは最初から、ずっと優しい。口は悪いままだけど、むしろそのままでいて欲しいなー)


 キザな言葉を吐くジルコなど、想像しただけで……。

 いや、あんな美しい生き物なら様になってしまう。

 だとしても、きっとジルコは言ってる途中で鳥肌を立て、そっぽを向くはずだ。

 自分で言った言葉なのに。


「フフ、ジルコさんらしい」


 一人で笑う。

 早く、彼に会いたい。

 そんなことを考えていると、空から白い羽が舞い降りた。

 見上げる。

 巨大な白い鷲が、降り立つところだった。


(……何かヴェル、でかくないか)


 ナッツ村や洞窟で見た時よりも明らかに大きい。

 でもそれを問う前に、ヴェルから飛び出した影に抱き締められた。

 よく知る香りと筋肉に包まれ、瞳から温かなものがこぼれる。


「よかった……アンタが無事で。

 本当、よかった……」


 それはこちらの台詞だ。

 でも何も言えず、ただジルコの胸に顔を埋めた。


(生きてた。生きて会えた。ジルコさん、死んでない。ちゃんと、役に立てた)


 彼が無事だということは分かっていたが、それでもこうして実際に会えて、ようやく本当に安心できた。

 言わなきゃいけないこと、聞きたいこと、お互いにたくさんあるだろう。

 でも、今はお互いボロボロだ。

 ジルコは戦いのあと、治療もせずそのままきたのか傷だらけだし、エリアーナも魔力枯渇の濡れネズミだ。

 

「ほら、二人とも!回復薬飲んで!」


 ヴェルに乗って一緒にやってきたハインスが、それぞれに回復薬を渡した。

 ジルコには回復薬、エリアーナには魔力回復薬だ。

 

「ジルコはエリアーナさんが心配だからって

 回復薬飲まずに来ちゃうし

 エリアーナさんも魔力回復薬必要でしょ?

 あの魔力を帯びた雨が降ってから勝負が決まるの、すぐだったのよ!

 エリアーナさんの降らせた雨だって、ジルコから聞いて驚いたわ。

 どんな魔法使ったか、あとで教えてね。

 でも今は、一刻も早くエルフの里に戻らないと!

 ザンテのこと、仲間に任せてきちゃったのよ。

 さぁ、飲んだらすぐにヴェルに乗って!」

 

 急いで魔力回復薬を飲む。

 相変わらずひどい味だ。

 隣を見れば、傷の治ったジルコがいた。

 服の破れはそのままだが、もう怪我はないようだ。

 目が合い、自然と笑い合っていた。

 パーンッ!と手を叩きあう。


(お疲れ様、ジルコさん)

(おつかれ、エリアーナ)


 ジルコの乾燥魔法で髪と服を乾かしてもらい、ヴェルに乗った。

 ヴェルの背は、大人3人が余裕で乗れるほどだ。

 でもルーフィアは鷲掴まれて宙づりだ。

 もう一人乗ることもできそうだったが、丁寧に運ぶ必要はどこにもない。


「そういえば、何でこんなにヴェル大きくなってるんですか?」


 いつもの大きさは普通の鷲くらいだ。

 それでも十分大きいが、さすがに人が乗れるまでではない。

 しかも3人乗れるって、巨大化もいいとこだ。


「この子、与える魔力量により大きさが変わるの。

 今日はエリアーナさんを探すために、たくさんあげたのよ。

 一応私も銀の一族だからね。魔力量は多いの。

 墜落したりしないから、安心してね」

 

 その言葉を信じ、空の旅を楽しむ。

 ハインスの後ろがエリアーナで、その後ろにジルコが座っている。

 まるでジルコに抱き締められているようで、少し恥ずかしかった。

 でも爽快さのほうが上回り、ジルコと共におもいきりはしゃいだ。

 

 眼下に広がる広大な森。

 エルフの里は、そのちょうど中央にあるそうだ。

 

 里へ戻ると、連絡をうけたのか洞窟や神殿にいたエルフたちの姿も見えた。

 おそらく転移水晶でやってきたのだろう。

 皆、再会を喜んだり、労い合ったりしている。


(ここが本当のおうちだもんね。戻れて本当によかった)


 里に戻ったジルコは、あっという間に民に囲まれた。

 涙を流して感謝している人もいる。

 彼はザンテを倒した英雄だ。

 慕われて当然だろう。


「ジルコ、一緒に来てくれないかしら。

 ザンテや、その一派、あとそこの最低女の処遇を決めて

 今後の里長についても話さなくちゃ。

 長老たちが集まっているはずよ」


 ルーフィアがやったことは、ヴェルの背で二人に話してある。

 ハインスはどす黒いオーラを纏いながら『死ぬより辛い目に合わせなきゃ気が済まないわね』と言っていた。


「話し合いは、ここに住む奴だけでするべきだろ。

 俺は別に長になるつもりも、里に住む予定もないぞ」


 それを聞き、周囲がどよめいた。

 どうやら、彼らはジルコが里長になると思っているようだ。

 

「……俺は新しい暮らしを始めるのに支障があるから、ザンテを倒したまでだ」


 周囲の反応に困惑気味のジルコは、助けを求めるようにハインスを見た。

 彼女は苦笑いを浮かべ、何とか民を落ち着かせる。

 その間、ジルコの元へエルフの子どもたちがやってきた。


「あたらしい長さま!とーちゃん、里にもどってきた。

 ザンテさまをやっつけてくれて、ありがとう!」


 少年がジルコの足に抱き着き、お礼を言った。

 それを見た子どもたちが、次々ジルコに飛びついている。

 無邪気な笑顔に抵抗もできず、困りながらもつられて笑っていた。

 

「私、はじめて里にこれたの。とうちゃんとかあちゃんが、お礼言ってた!

 この冠あげるね。月桂樹で作ったのよ」


 そう話しかけた女の子のために、膝をついたジルコ。

 その動作が様になっていて、女性陣が息を呑んでいた。


(圧政から解放してくれた上に、こんなに素敵なんだもん。恋しちゃう人が現れるのも時間の問題かも)

 

 ズキリと胸に何かが刺さった。

 さすってみるが、別に蜂はいない。

 痛みは気のせいということにして、ジルコを見た。

 

(あぁ、彼は『王子様』なんだ。この森の、この里の、王子様だ)


 少女が作った冠は、彼によく似合っていた。

 理想の王子様が一瞬で彼の姿に上書きされる。

 胸が高鳴った。

 でもそれをごまかすため、ハインスに話しかける。

 魔法研究所への立ち入り許可を貰うためだ。

 ジルコには話し合いに参加するべきだと伝え、自分は足早に去った。

 魔法研究所の場所はわからなかったが、今すぐこの場からいなくなりたかったからだ。


(隷属魔法を解く方法、早く探してあげなきゃ)


 ドッドッドッと鳴り続ける胸とともに、気づいてしまった。

 彼の居場所に。

 本当にいるべき場所に。

 それは、自分の隣ではない。

 彼は『銀の一族』だ。

 ここを治める一族の一員で、次期里長を期待される人。

 実の姉や母、彼を慕う人々に囲まれ暮らせるこの場所こそ、彼が『家』と呼ぶに相応しい。

 そして、そこはエリアーナの居場所ではない。

 エルフでない自分が、ここにいる資格はなかった。


(ジルコさんを奴隷の身から解放できたら、ここを去ろう。大丈夫!転移水晶ならキリエ村にもすぐ来られる。一生会えないわけじゃない)

 

 そう決意し、魔法研究所へ入った。

 昨日来たときは怪しげな研究員の姿しか見ていないので、恐る恐る進む。

 でも連行されていない、まともな研究員もいたようだ。

 隷属魔法の資料がありそうな場所へ案内してもらった。


 

 その日から、何日も資料室に籠る。

 そして見つけた。

 唯一、奴隷と主の関係を断ち切る方法を。


「そんな……。

 こんな方法って……」


 それはとても辛く、思いもしないやり方だった。

 でもいくら探しても、他に方法は見つからない。

 

 悩んだ。

 悩んで、悩んで、悩み続けた。

 

 それを心配したジルコに連れ出され、今はソリの上だった。

 彼とこうやって二人だけで過ごすのは、とても久しい気がする。

 

「隷属魔法の解除方法、見つからないからってあんま気負うなよ。

 時間かかりそうだしな。

 一回、キリエ村に行っといたほうがいいだろ。

 飛紙だって村長に届いてないはずだ。

 心配してんじゃねーか」


 どうやら目的地はキリエ村のようだ。

 エルフの里からだと、ソリでも3時間くらいはかかる。

 早朝に出発した理由がわかった。


「キリエ村……。

 そうですね。

 ご挨拶に行けば、心配させずに済みますよね。

 ……なるべく早く解決して、新しい暮らし始めましょう」


 本当はもう解決方法を見つけている。

 でもそれを伝えることはできなかった。

 頭では『彼を思うならすぐにやれ』と言っている。

 でも心は『絶対にイヤだ』と叫んだ。


(今は、今だけはこの事を考えるのをやめよう。せっかく、ジルコさんといられるんだもん。ただ楽しもう)


 その後、休憩をはさんだり、操縦を交代したりと、いつもの二人の時間を過ごす。

 かゆいところに手が届くような。

 言わなくても伝わるような。

 誰といるより、居心地のいい相手。

 そうお互い感じていることは、目を見ればわかることだった。


 

 

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