71.諦めません、絶対に



 ジルコとザンテの勝負は大勢の里の民が見守るなか、始まった。

 闘技場には、ハインスも駆けつけている。

 詳しくはまだ聞いていないが、母親の救出もうまくいったようだ。

 命に別状はなかったが、衰弱気味だったので今は仲間とともに隠れ家へいると教えてくれた。


 闘技場にはまるで前世のスクリーンのようなものがあり、戦いの様子がよく見えた。

 あれもエルフの魔導具だろうか。

 技術力の高さに驚いたが、今はそれに触れている場合ではない。


「……ジルコ、圧されているわね」


 貴賓席に座ったハインスが、両手を胸の前で握りしめ、心配そうにつぶやいた。

 動きにキレがなく、魔法の威力もいつもの半分以下だ。

 あんな不調のジルコを見たのは初めてだった。

 

「絶対おかしいです。

 いつもの戦い方が全然できてない……。

 ジルコさんは、本当はもっともーっと強いです!

 あれじゃ、まるでザンテに遊ばれているみたいじゃないですか」


 余裕そうな表情を浮かべ、ジルコを転がすザンテ。

 それとは対照的に、ジルコは苦しそうな表情を浮かべながら戦っていた。


「まるでかつての、父とザンテの戦いを見ているようだわ。

 18年前の勝負でも、ザンテは父を翻弄し続け、最終的には炎の刃で父を貫いたの……。

 父は今日のジルコ同様に、明らかに様子がおかしかった。

 でもこの闘技場は、観客席では一切魔法が使えないわ。

 だからザンテの味方が、ジルコに何かするっていうのも、無理なはずよ」

 

 舞台上に二人以外は見当たらない。

 ハインスの話では、観客席での魔法は利用不可。

 それでも戦っている人を弱らせる方法……。


 スクリーンには、剣を打ち合う二人が映っている。

 風魔法を纏ったジルコの剣と、火魔法を纏ったザンテの剣だ。

 明らかにジルコが押し負けていた。


(ジルコさん……。あんなに汗をかいて、傷もたくさんできてる)


 剣による切り傷や、火魔法による火傷が目立つ。

 大きな怪我はないが、かなり疲れているように見えた。

 二人の様子がアップになる。

 ザンテの腕輪が太陽の光をうけ、キラッと光った。

 

(そういえば……。あの腕輪に似たものを、エイティーって人が付けてたよね)


 海辺の洞窟のスタンピードが起きた際に増援でやってきたエイティーが、ジルコに絡んだ。

 その時、自慢げに掲げた(すぐに壊された)腕輪が、ザンテの物と似ている気がする。

 変わった装飾だったので、よく覚えていた。


「ハインスさん、魔導具にお詳しいですか?」


「えぇ。ザンテに隠れて自分で開発する程度にはね」


 スクリーンを指さす。

 そこには、火魔法を放つザンテが映っていた。

 腕輪もばっちり見える。


「あの腕輪って魔導具じゃないですか?

 私、あれに似た『威圧無効』の腕輪を見たことがあるんです」


 ハインスが腰の鞄から双眼鏡のようなものを取り出した。

 真剣な表情でザンテの腕輪を観察している。


「たしかに、あれは魔導具かも。

 でも身体や魔力を強化するものではないわね。

 使われている石や装飾から考えて……。

 たぶん『弱体化無効』かしら」


 それを聞き、ジルコの動きの謎が解けた。

 彼は弱体化されているのだ。

 一体、何重の弱体化魔法がかけられているのだろう……。

 ザンテの動きはあの体形にしては、遅くないし、魔法の威力も弱くはない。

 でも普段のジルコのほうが何倍も強い。

 それは明白だ。


「……もしかして、舞台全体に弱体化の魔法陣を張っている?」


 双眼鏡から目を離したハインスが、困惑した表情でつぶやいた。

 それを聞き、身を乗り出す。

 

「そんなこと、可能なんですか?あんな大きな舞台なのに」


「労力はかかるけど、不可能ではないわ。

 魔法陣の上に土を被せれば、見た目はわからなくなるし

 最低だけど賢い手ね……。

 遠隔的に魔力を受け取れる魔導具も一緒に埋め込めば、闘技場の外から魔力を送れるはずよ」


 それを聞き、居ても立っても居られず走り出す。

 後ろでハインスの呼び止める声が聞こえた。


(早く行って、魔力を送るのやめさせないと!このままじゃ、ジルコさんが……)


 急いで闘技場から出て、周囲を見た。

 表には誰もいない。

 裏に回ろうと走り出した時だった。


「こーら!どこいくの、元聖女ちゃん」


 柱の陰から出てきたルーフィアに腕をつかまれる。

 振りほどこうとするが、無理だった。


「放してください!あなた方の企み、暴きに来たんです!」


 にへらにへら笑っているルーフィアに苛立ちがつのる。

 彼女がここにいるということは、ハインスの読みは正解なのだろう。


「すごーい!ザンテ様の強さの秘密、気づいたの?

 私、ついさっき聞かされるまで知らなかったのよぉ。

 前回も同じ方法で勝ったんでしょ。

 ずる賢すぎ!見習わないとなー」


「何がそんなに楽しいんですか!!

 このままじゃ、ジルコさんが死んじゃいます!!

 そんなの、絶対――」


 怒りの感情とともに、魔力を放出してしまった。

 首輪が一気に絞まる。


「あーあ。そんなに怒るから―。息できなくて死んじゃうよぉ」


 苦しい。

 生理的な涙が出てくる。

 でも、魔力を出すのをやめなかった。

 咄嗟にあるひらめきを得たからだ。

 

「え、なにやってるの。

 そんなに魔力出さないでよぉ。

 本当に死んじゃうわよ?

 ……ちょっと離れとくわね」


 エリアーナの威圧から逃れるため、ルーフィアが離れた。

 魔力の放出量を一気に上げる。

 首輪は絞まり過ぎて、顔はとうに真っ赤だった。

 

(苦しい!でも、やめない。私か首輪、どっちが先に壊れるか……。これは賭けだ!!)


 エイティーの腕輪を壊した時のことを思い出したのだ。

 威圧無効の腕輪は耐久できる魔力量を超えたとき、あっけなく壊れた。

 それと同じことを、この首輪でも試している。


 ―― ピシッ!


 首輪から、亀裂の入る音がした。

 目がチカチカする。

 意識を失うのも時間の問題かもしれない。


(それでも、やめない!やめたくない!!)


 渾身の力を込めて魔力を放つ。

 あまりの激しさに、耳鳴りがする。

 目を強く閉じ、ただ願った。

 苦しくとも、痛くとも、辛くとも。

 ただ、彼を失いたくない一心で。


「ジルコさ、ん!ぜっ、たい!しなせ、ない!!」


 かすれた声で叫んだ。

 ありったけの思いを魔力に込めて。


 ―― ピシッ


(ジルコさんと、もっと話したい)

 

 ―― ピシッ!


(ジルコさんと、色んなものを見たい)


 それに反応するかのように、首輪の亀裂は広がる。


(ジルコさんと、ずっと、ずっと、ずっと!一緒にいたい!!)

 

 ―― パリンッ!!


 首輪は粉々に砕け散った。

 その瞬間、大きく空気を吸い込む。

 手足を地面につき、肩で息をした。

 

「も、れ出た 命の、欠片よ

 在るべき ところへ 逆流、せよ ≪大回復マグ・レクーティオ≫」 


 かすれ声で躓きながら、何とか回復魔法を唱える。

 エリアーナの全身を青い光が包んだ。

 たちまち体の不調はなくなる。


(今すぐ、ぶっ倒してきますから!だから、ジルコさん。どうか無事でいて!)


 闘技場の裏には舞台へ向け、魔力を送っている魔術師たちがいるはずだ。

 走り出そうとした、次の瞬間。


「……ざっけんなっ!行かせない!!」


 駆け寄ってきたルーフィアに、後ろから抱き着かれた。

 怒り狂った表情を浮かべ、片手には光る水晶を持っている。

 それを強引に、エリアーナの手へと押し付けた。


「放してください!」


 必死に振りほどこうとする。

 でもルーフィアも必死だ。

 呼吸が苦しくなるほど、絞めてくる。


「今回は、邪魔させない……。

 あんたの思い通りになんて、絶対、させて、やるもんか!!!」

 

 ルーフィアの叫び声が頭に響き、目を閉じた。

 水晶から放たれる光がさらに強くなる。

 それは一瞬で二人を包んだ。

 

(転移水晶!?)


 気づいた時には、見知らぬ森のなかにいた。

 ルーフィアに突き飛ばされる。

 

 ―― ガシャンッ!!


 後ろで何かが割れる音がした。

 急いで振り返る。

 大きな岩の周辺に、キラキラと光るかけらが散乱していた。

 どうやらルーフィアが、転移水晶を叩きつけたようだ。


「アハ、アハハハハハハッ!

 これでもう、あんたはエルフの里には戻れない!

 ここは森の中にあるダンジョンの近くよ。

 里まで歩いたら、何時間かかるのかしらね?」

 

 目を見開き、ルーフィアを凝視した。

 そこまでして、この女はジルコを殺したいのか。

 

「永久に溺れよ ≪水牢キャビアーク≫」


 目の前の女が、大きな水の球に閉じ込められた。

 歪んだ笑みは消え、もがき苦しんでいる。

 それを気に留めることはなく、すぐにエルフの里へ行く方法を考えた。

 

(転移水晶は使えない。ジルコさんの位置はわかるから、身体強化で走る?でも、走ったとして時間がかかり過ぎる!)


 限界まで重ね掛けしたところで、エルフの里まで1時間以上かかるだろう。

 それでは間に合わない。

 他の方法を必死に考えた。

 でも何も思いつかず、その場に立ちすくむ。

 その拍子に水牢魔法も解かれ、気を失ったルーフィアが投げ出された。

 そんなことはどうでもよかった。

 一瞥することもなく頭を抱え、どうにか考えを絞り出そうとする。


「ピギャー!ピギュー!」


 聞き覚えのある鳴き声がした。

 モ・スーラがこちらに向かって飛んでくる。

 慌てて岩陰に隠れた。

 ルーフィアの近くで留まっているようだ。

 小声で自身に状態治し魔法をかけ続け、様子を窺った。


(あれは、あの女の魔力を吸っているのかな。相当お腹が空いてるんだね……)

 

 モ・スーラは満足したのか、飛び去った。

 あとに残るのは、魔力を全て吸い取られたルーフィアだけだ。

 

(ナッツ村でモ・スーラと対峙したときは、ジルコさんに状態治し魔法をかけ続けたんだよね)


 弱体化魔法は、状態治し魔法で解除することができる。

 でも、ここから里まで魔法を飛ばすことは不可能だ。

 目視できない距離では、エリアーナでも叶わなかった。


 ―― ポツッ


 頬に水滴が落ちる。

 見上げれば、黒い雲が広がっていた。

 あっという間に土砂降りの雨となる。

 でも長続きはせず、一瞬で止んだ。


「あ、め……。

 あめ……そうか、雨!」


 妙案を思いついた。

 できるかどうか、正直不安だ。

 でも成功させなければ、ジルコはザンテに勝てない。


(絶対、成功させてみせる)


 一呼吸おき、気持ちを落ち着かせた。

 空に向け、片手を広げる。


太陽ひかりを隠し 森を濡らせ ≪雨空プルービエ≫」


 ジルコの居る場所まで届くよう、惜しみなく魔力を注ぐ。

 とてつもなく大きな雲となった。

 雨空魔法を保ちつつ、もう片方の手も掲げる。

 自分が作った雲に向け、魔法を放った。

 

「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」


 モ・スーラを倒したときと同様だ。

 ひたすら、状態治し魔法を唱えた。


「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」


 いつも以上の魔力を込めて、唱え続ける。

 魔法の力が溢れ、雨に染み込むようにと。


(どうかジルコさんに、状態治し魔法が届きますように)


 先ほどの急な豪雨とは異なる、やさしい雨が森を濡らした。

 雫のひとつひとつが、ほのかに青く光る。

 状態治しの雨は止めどなく降り続くのだった。

 




 

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