70.落下物には気をつけましょう

《前話を飛ばした方へ向けダイジェスト》

○ルーフィアはザンテのスパイ

○エリアーナは捕えられ、エルフの里で監禁中

○ルーフィアはザンテを裏切り、ジルコを傀儡にしてエルフの森を乗っ取る計画を立てていた(失敗)

○ジルコの身に起きた不幸なことは、彼を手に入れるためのルーフィアの策略

○エリアーナがジルコを助けてしまい、ルーフィアの計画は頓挫

○ジルコを消すため、ザンテに彼がミューグランド共和国に入ったことを報告

○現在はエリアーナを助けるため、ジルコがエルフの里にくるのを待ち構えている


――――――――――――――――――――



 再び目覚めた後は箱の中ではなく、薄暗い部屋に放置されていた。

 体内に魔力が満ちているのを感じる。

 おそらく一晩十分眠ったのだろう。


「手を縛らなくても抵抗なんてしないのに。

 魔法の使えない私はただの『かわいい普通の女の子』です!」


 そんな風にふざけても、呆れたり笑ったりしてくれる人はもちろんここにいない。

 独りなのを実感する。

 この状況に不安や恐怖を、抱いていないわけがなかった。


(きっと無事にここから出られる!自力でどうにかできるとは思えないけど……。大丈夫、私には心強い味方がいる)


 自分を励まし、泣くのを我慢した。

 ジルコに会った時、そんな情けない顔を見せたくなかったからだ。

 深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。

 気持ちを落ち着け、周囲を観察した。


(ここはどこだろう……。床や壁はかなり上等な気がするから、魔法研究所じゃないのかも)


 一応これでも元侯爵令嬢なので、そのあたりの価値はわかる。

 窓がないので、倉庫用の部屋なのかもしれない。

 でも現在はエリアーナがいるだけで、物は何もなかった。

 壁についている薄暗い灯りだけが頼りだ。

 どうにか立ち上がり、その灯りに近づく。


(やっぱ、着てる服が違う……)


 先ほどから違和感があり、灯りの下で自分を見た。

 どうやら気を失ってる間に、知らない服に着替えさせられたようだ。

 鏡がないので全身を見ることはできないが、よく知るドレスに似ていた。

 白一色で、清廉さを全面に出した装い。


(聖女のドレスに似てる……。よく見たら違うけど、雰囲気はそっくりだな)


 また着ることになるとは、思いもしなかった。

 がわざわざ用意したのだろう。


「やっほー!ご機嫌いかが、元聖女ちゃん♡」


 突然扉が開いて、会いたくない相手が現れた。

 今日も露出過多だが、正装風な服装だ。


「おはようございます、ルーフィアさん。

 今日も朝から能天気なフリ、ご苦労様です」


 この女の本性は昨日知った。

 お気楽そうな雰囲気は、完全に演技でしかない。

 正体は『悪魔のような魔女』つまりは『悪女』だ。

 

「もう、朝からイジワル言わないで!

 ……あ!そのドレス、やっぱり似合うね。

 元聖女ちゃんのために、私が用意したんだよー。

 急に手配したから、まったく同じものは無理だったけど

 十分似てるでしょ?」


「だと思いました。

 こんな趣味の悪いことできるの、性根が腐りきった人しか無理ですし」


 冷たい目をルーフィアに向けた。

 それを受けても、まったく気にも留めない様子だ。

 ニコニコと、笑顔の仮面を被り続けている。


「相変わらず、生意気ねぇ……。

 本当は昨日みたいに、今すぐ遊んであげたいんだけど

 今日はザンテ様が、みんなの前であなたを紹介するんですって」


 一体どんな風に紹介を受けるのだろう。

 嫌な予感しかしない。

 行かなくていいなら、この何もない部屋で閉じこもっていた方がマシだ。


「というわけで、一緒に来てもらうわね」


 手の拘束は外されたが、もちろん自由になれるわけがない。

 腕を掴まれ歩かされた。

 ルーフィアは見た目以上に力が強い。

 きっと手の跡が、くっきり残るだろう。

 それくらい痛かった。

 

「きっと今頃、下でザンテ様のありがたーいお話が続いてるはずよ。

 ……あの人の話、エルフエルフうるさいだけで、聞く価値ないから。

 おんなじ話何回もするし、無駄に長いから寝そうになるのよねぇ」


 頭の中に『校長先生』が出てきた。

 本物のザンテは、一切尊敬できる要素はなさそうなので、その想像をすぐに消す。

 ジルコの実の父親を殺し、エルフの森で好き勝手している奴がそんな存在なわけない。

 

 周囲の様子を伺いながら歩く。

 廊下や他の部屋に人はおらず、静かだった。


「エルフの里っていうくらいだから

 もっとたくさんのエルフさんがいるかと思ってました」


 もうルーフィアの鼻歌を聞きたくないので話しかけた。

 部屋からずーっと、音の外れた鼻歌を披露しているのだ。

 いい加減にしてほしい。

 

「んー、今いるこの建物は長の館なんだけど、普段はもっと人いるのよぉ。

 今日は『ザンテ様のお話の日』だから、みんな強制参加ってわけ。

 ほーんと、長の特権の活用がお上手よね」


 そこからはずっと、ザンテの愚痴が続く。

 でもあの鼻歌を聞くよりはマシだ。

 相槌を打つわけでもなく、ただどうでもいい情報を聞き流した。



 館の外へ出ると、そこは初めて見る世界だった。

 巨大な木の上に家が建っているのだ。

 それがいくつもある。

 木と木の間には橋がかけられていた。

 

「あー、やってるやってる。

 みんなのうんざり顔が目に入らないのかしらねー。

 ある意味幸せな方よね、ザンテ様って」


 木の下には大勢のエルフが集っている。

 皆同じ方向を向いており、その先には演台に立つ一人の男がいた。

 

「――であるからして、我々ミューグランドの誇り高きエルフは

 他種族と相容れることなく、純血を貫くことが重大な責務なのである!」


 潰れ気味の低い声が、魔導具によって大爆音で響いていた。

 耳の遠い老人でも余裕で聞こえる大きさだ。

 

「じゃ、ザンテ様のところまで行くわよ。

 演台の脇に連れてくるよう言われてるの」


 腕を引っ張られ、人混みをかき分け進んだ。

 ルーフィアの掴む力は弱まることなく、歩く速度も速いので何度も転びそうになる。

 そのたびに強く引かれるので、肩も痛くなってきた。


(魔法使えればすぐ治せるのに……。って、もしそうならこの女やっつけて逃げ出すわ)


 ルーフィアを負かす方法を頭のなかで考えていたら、演台の脇に着いていた。

 それに気づいたザンテが手招きする。


(ハインスが見せてくれた写し絵は昔のなのかな。かなり見た目変わったんだね……)


 写し絵で見た、冷酷そうな美形エルフはどこにもいなかった。

 目の前にいるのは、冷酷そうな豚系ぶたけいエルフだ。

 顔の原型も留めていない。

 眉間にしわをよせ不機嫌そうな顔は、少しだけジルコに……。

 いや、全然似ていなかった。


「ほら、行くわよ。

 ちゃんと聖女っぽい顔してね。

 じゃないと、ザンテ様に燃やされちゃうかもよ」


 彼は火の加護持ちなのだろうか。

 ジルコの父を負かした男だ。

 怒らせない方が身のためだろう。


(こんなところで終わりたくない!絶対、のどかな村でスローライフ送るんだ!)


 ルーフィアに腕を引かれ、ザンテの近くへ寄った。

 銀色の長い三つ編みを、自慢げに横へ垂らしている。

 こんなにも愛らしくない三つ編みを初めて見た。


「ここで、皆に紹介しよう。

 この『只人ただびと』の女は

 大陸のとある国で『聖女』などという大層な役目を負っていた。

 しかし、この森に許可なく入り込んだ時点でただの賊だ!

 正当な罰を与えようではないか!!」


 演台の近くで話を聞いている者たちから歓声があがる。

 しかし、その後ろにいる大部分のエルフたちは困惑した様子だった。

 ザンテには彼らの姿が見えない。

 自分を賛辞する声を聞いて、得意げな様子だ。


「元聖女なだけあり、この女の魔力量はかなり多い。

 しかし所詮は只人だ。

 我々のような高貴な種族ではない!

 よって、低俗なこの女へ『魔法水晶への魔力供給』を死ぬまで行うことを命じる!」


 歓声の声はさらに大きくなった。

 それを一身に受け、満足げなザンテに呆れるばかりだ。


(全力でお断りしたい!何とか隙をつかないと……)


 考えるが、魔法の使えない自分にできることは中々思いつかなかった。

 どうしたものかと、空を仰ぐ。

 大きな木々の隙間から青い空が見えた。


(ん?あれは……)


 空高く飛ぶ鳥の姿が見えた。

 旋回する様子に見覚えがある。


(もしかして、ハインスさんの従魔のヴェルかな)


 そして、ありえない感覚を覚えた。

 空の上にジルコがいる。

 たしかに、感じるのだ。

 

(え、ジルコさんって空飛べるの!?)


 そんな事実は聞いたことない。

 そして、空を飛ぶ魔法なんて存在しないはずだが……。

 目を凝らして空を見る。

 どう見ても、鳥が飛んでいるだけだ。


(あの鳥、何か落としてる?)


 落ちてきたものは、丸くて白い大きな球だった。

 それが次々落ちてくる。


 ―― パーン!パンパンパンッ!!


 落下した球は派手な音を立てて割れた。

 割れるとともに、白い煙が辺りを覆う。

 人々は慌てふためいている。

 ザンテの兵士たちは音の正体を確かめようとするが、混乱する者に押されて、無秩序な動きしかできていなかった。

 

「落ち着け!ただの煙幕だ!火の手は上がっておらん!」


 ザンテの言葉は群衆の声と破裂音にかき消され、届いていない。

 ルーフィアは最初の煙幕が着弾したときに、すぐどこかへ逃げてしまった。


(この隙に逃げるべき?って……え、嘘でしょ??)


 空の上にあったジルコの気配が段々近づいてきた。

 慌てて見上げるが、太陽を背にしていてよく見えない。


(と、とりあえず演台の端っこに寄っておこう!)


 そう思ってザンテに背を向けたが、後ろから抱えられ捕まってしまった。

 耳にかかる息が不快すぎる。


「どこへ行く!逃げようなどと考えるな!」


「逃げるんじゃない!避けるんです!」


 そう叫ぶと同時に、竜巻のような強風が起きた。

 あまりの風の強さに目を開けていられない。


「おい……豚野郎。気持ち悪い手で、俺の相棒に触れてんじゃねーよ」


 待ち望んでいた声が、暴言を吐いた。

 豚野郎が後ろで息を呑む。

 目の前には、怒りの表情を浮かべるジルコがいた。


「ジルコさん!」


「おう。遅くなって悪かったな」


 彼と目が合い、駆け寄りたかったが、ザンテから逃れることはできなかった。

 豚系エルフの熱烈な抱擁は、嫌悪感しか感じない。

 放して欲しくて、思わずひっかいてしまった。

 複雑な装飾の腕輪を嵌めた彼の腕からは、軽く血が出ている。


「貴様は……兄者の息子か!」


「あぁ、そうだ。命狙われて、この国を出るしかなかったな!」


 二人の声は魔導具で響き渡っていた。

 煙幕の煙は先ほどジルコが起こした風で消え去っている。

 群衆は食い入るように、二人の様子を見た。


「ここに宣言する!」


 ジルコがはっきりと声を上げた。

 まっすぐにザンテを見ている。


「銀の一族の者として、当代長に勝負を挑む!

 魔法と剣、何でもありの決闘だ!

 俺が勝ったら、てめぇには長の座を降りてもらう。

 ……こんだけの里の者が見てるんだ。

 まさか、逃げたりしないよな?」


 ジルコはわざと、おちょくるように言った。

 ザンテの呼吸はどんどん荒くなる。

 しかし、最終的には気持ち悪い笑みを浮かべた。


「いいだろう!その勝負引き受ける。

 万が一にも、私が負ければ、それに従おう。

 まぁ、そんなことはありえんがな。

 貴様は勝負の最中、俺の手で葬られるのだ!

 兄者と同じように、な」


 こうして、二人の勝負はすぐに行われることになった。

 里の外れにある大きな闘技場が勝負の場だ。

 ザンテの演説のため集められた民たちは、そのまま吸い込まれるように闘技場へ向かった。

 期待と不安が入り混じった目をしながら。

 



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る