イップス8

 それからメンタルトレーニングとバスケの練習が毎日の日課になった。


 物事は捉え方によって大きく左右するらしい。ネガティブな感情も捉え方によってはポジティブになるとか。


「恐怖で足が震えているのは、これから変化をしていく自分に対して、ワクワク感に切り替えモードにスイッチしようとしているからだ」


 慧は口にしながら、自分に言い聞かせていた。


 慧が言ってたように、脳をいい方に騙して、前向きに捉えることで不安や恐怖を改善していく。


 その効果もあってか少しずつだが、慧も動かなかった足が動くようになってきた。ジャンプも軽くだが、床から少し足の裏が離れるようになる。


 突然、跳べなくなったときは、足の裏が床から離すことさえもできなかったから。


 慧が真剣にメンタルトレーニングに取り組み、バスケを楽しくやる姿が見られて、俺も安心した。


 まぁ、俺は俺で緊張したときにどのような捉え方をするか考えないといけないんだけど。


「樹、パス!」


 慧の声がする。俺は慌てて慧へとパスを送った。


 慧はボールを持つと、ヒョイっとディフェンがいると想定して、可憐なステップを踏んだ。


「おぉ!?」


 俺は、キレが違う慧の動きに声が漏れる。


 慧は、まだ、ジャンプは低めだが、それでも、ボールをリングにそっと置いてきた。レインアップシュート。

見事に決めてみせたのだ。


「おぉ、いいじゃん、慧!」


 貴が歓喜の声を上げている。拍手喝采だ。


 少しずつだけど、慧がイップスを克服している。そのことにメンバー全員が感動した。


「慧、やった! できたんだよ。レインアップ!すごいじゃん」


 俺は慧に飛びつき、ハグした。苦しんで辛かったけど、シュートができるようになるまで、戻してくるとは。涙を堪えていたけれど無理だ。涙が出てきた。


「うわっ、バカッ、泣くな! 樹」


 慧はそう言いつつも、俺の背中をポンポンと叩く。


「ありがとな、樹」


 慧は恥ずかしそうに感謝してくれた。嬉しい。でも、結局、俺は何もしていない。慧がポジティブに捉えることができるようになったからだ。


「よかった。まだまだだと思うけど、レインアップができたんだ。戻ってきた。捉え方によって変わるんだな」


 慧は笑顔で答えていた。なんだか、バスケが楽しそうだ。


 この日のバスケ部は笑顔が絶えなかった。


 久々の光景に浸っていたところに、高宮コーチから声がかかる。


「そろそろ期末テストだろ。ちゃんと勉強もするように。本業はバスケじゃないぞ」


 高宮コーチから言われた瞬間、メンバーは一斉に俺に注目した。


「えっ? なんだよ」


「だって、樹、1番危ないじゃん。留年するなよ」


 達也が俺の頬をつねる。


 ムムッ、それを言われると図星だ。今までは、なんとかなったから、今回もなんとかなると思っているけど、甘いか。


 俺の反応で、再び、バスケ部は笑いに包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る