イップス6

 放課後、俺たちは練習をする前に、メンタルトレーニングをする。


 一番大事なことは、今の自分を受け容れること。まずは受け容れるトレーニングだ。


「受け容れるポイントは否定しないこと」


 藤谷先生がメンタルトレーニングの説明をしてくれる。


「例えば、受け容れることができないこともある。それはそれで、そういうこともあると肯定すること」


そうなんだ。そういう考え方をするのか。とはいえ、なかなか受け容れることって難しいよな。受け容れているように見えて、受け容れられていないこともあるだろうし。


「受け容れることができたら、気づきができてよかったと褒めて、感謝する」


 藤谷先生はポイントをしっかりと伝えると、俺たちに課題を出した。


「今日、一日の授業で良かったなと思うところを振り返ってみよう」


 一日の授業で良かったこと。ヤバイな、俺、ずっと寝てたな。良かったことなんてあったかな。


 俺が頭を悩ませていると、達也の声に注目した。


「俺、ずっと数学の答えがわからなかったけど、何故、こうなったのか、やっと理解できたことは良かったかな」


「うん、それでもいいね。いいことって何でもいい。できたことでもいいんだ」


 藤谷先生は、達也の出した答えに頷いた。否定していない。


「よかったこと、できたことに目を向けてみよう」


 俺たちは良いことを考え続け、答えをどんどん出していく。


「できたこと、良かったことを褒めよう。受け容れることができたこと、気づきがあったこと、何でもいい。良かったこと、できたことを褒めて」


 藤谷先生の言われた通り、できたこと、良かったことに目を向け、自分で自分を褒める。


「もし、その中で嫌なこと、恐怖、不安などが出てきたら、拒否しないで、今、感じている嫌なこと、恐怖、不安を感じ続けて、今、こういう状況なんだなと受け容れて、受け容れられたのは凄いことだと考える」


 藤谷先生は一通り説明をし終える。俺たちがトレーニングしているところを静かに見ていた。


 しばらくこのトレーニングをしていると、心が晴れやかになっていることに気がついた。なんか、スッキリしている。


「捉え方が脳を左右する」


 藤谷先生が一言。


 藤谷先生が言うには、嫌だなぁとは思うけれど、嫌だということを受け容れることができた。もしかしたら、成長するチャンスかもしれないと捉えることができるか。それとも、嫌だなぁって終わってしまうのか、その捉え方によって脳の判断、指令は変わるらしい。


 きちんとネガティブな面も受け容れることができて、肯定していくことで、ネガティブな思考もポジティブな思考に変えられるんだな。


 慧のほうを見てみると、真剣に取り組んでいる。でも、良かったこと、できたことを出していくことが難しそうだ。慧にとってはこんなに難しいことなのか。


 そんな俺の心を読んだかのように、高宮コーチが声をかけてきた。


「慧のように真面目で責任感のある性格だと、ほんの小さなことは、良かった、できたとは思えないんだ。極端なことをいうと、目標を達成しない限り、良かった、できたとは言えない。そんな考え方だ。だから慧にとっては難しい」


「その小さなことでもできた、良かったということを認識させるためのトレーニングがこれってことなんですよね」


 俺が聞くと、高宮コーチは頷いた。慧、俺も何かできることがあれば、手伝うからな。また、一緒にバスケしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る