イップス4

 精神科医の松田先生とメンタルトレーナーの藤谷先生を招いて講義が始まる。


 イップスについては、まだ、理解されていないことが多い。まずは理解することが大事らしい。


「人から見れば、ただ、やる気がないだけ、気合いが足りないからと言われがちだけど、そうじゃない」


 松田先生が強調していた。イップスは誤解されやすいところが問題だな。


「イップスになると脳の機能が正常に働かなくなる。何故、そうなるのかは、まだわかっていない」


 脳の機能が正常に働かなくなるのか。どうしたらいいんだろう。


「ただ、言えるのは、不安や恐怖などにより普段の動作ができなくなるということ。これが続くとネガティブな思考が強くなってしまう」


 松田先生が言うには、ネガティブ思考が強くなると、失敗のイメージしか出てこなくなって、その動作をするとき、ミスしたらどうしようと強く思い過ぎて、動けなくなり、ずっと続く。これがイップスなんだとか。


 あがり症というのも似た症状だけど、これは一時的だから問題はないらしい。


 本当にイップスって難しいな。


 ここから、メンタルトレーナーの藤谷先生が説明する。


「これを克服するには、確かに医療であれば薬で治療することもできるけれど、薬だけでなく思考も変えていかなければならない」


「思考を変える?」


 達也が聞き返す。確かに気になる。思考ってそんなに簡単に変えられるのか。


「そうだ。ミスしたらどうしようではなく、ミスしてもいいやという考えに変えるんだ」


 言うだけなら簡単だけど、なかなか難しいよな。


「イップスになりやすい傾向として、生真面目な人、完璧主義者、人の目を気にする人、繊細な人などが挙げられる」


 藤谷先生はゆっくりとした口調で説明した。


 イップスになる傾向って、ストレスが溜まりやすい人の傾向と同じだ。


「まあ、これもメンタルトレーニングになるけど」


「メンタルトレーニング?」


 藤谷先生の話を止めたのは灯だ。


「まずは認知することから始まる。何がきっかけで思考がネガティブになったのか。不安になったのかなど」


 藤谷先生は頷いて話を続ける。


「怖い。少しでもミスしたら、怒鳴られたり殴られたりするんじゃないかって」


 慧は小さな声でつぶやいた。その声をこの場にいる全員が見逃さなかった。


「そのとき、なんかあったのか?」


 俺は慧に優しく問いかけた。慧のこと何も知らなかった。こんなに悩んでいたとは。


「エースなのに全くできないじゃないかって、ミスしたら……って脅されてたし、できなかったら暴力振るわれてただろ?」


 慧の告白に全員が、谷牧の名前を聞いて、ハッとした。


「2年になって、拓斗や快や智樹が新たに入って、谷牧は快をターゲットにした。これじゃ、ダメだと思って、高宮コーチに相談した」


 慧が高宮コーチに相談したことは、とても勇気のいることだったと思う。本当に酷い奴だ。谷牧は。


「高宮コーチに変わって嬉しくて、毎日が楽しくなってきた。だから、大丈夫だと思ってたけど」


 慧は話を切った。


「続けて話してみて」


 藤谷先生に言われて、コクッと首を振ってから続ける。


「インターハイ予選は、たくさんの高校がくる。人がたくさん来たことで、ミスをしたら、また、何かされるんじゃないかって怖くなった」


 慧は拳を握りしめている。


「練習試合では、他校のいる前でもやられてたからな」


 慧は知らず知らずのうちに、人の目を気にするようになってしまったのかもしれない。それを隠してキャプテンとしてチームをまとめていたんだ。なんで、もっとフォローすればよかった。なんで、気がつかなかったんだろう。

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