イップス2

 慧は高宮コーチに言われて病院へ。放課後、今日はバスケ部の活動はオフのため、男子バスケ部で集まって、慧をフォローするためにどうすればいいのか、会議をしていた。俺たちにできる解決策はないんだけど。でも、どうにか助けたいな。


 イップスってトップアスリートがなるものだと思っていた。でも、こんな身近なところで起こるなんて誰にでもなる可能性があるんだな。まぁ、まだ、慧がイップスと判明したわけではないけど。


 ただ、高宮コーチは慧を小学校の時も見ている。そのため、特徴をわかっていると思うからすぐに異変に気付くことができた。それにイップスになった者同士は動作でわかると聞いたことがある。


 高宮コーチのことはわからないけれど、もし、現役の時にイップスになった経験があるのだとしたら、慧の動作でイップスという仮説を立てられる。


 高宮コーチに聞いてみたかったが、今日は部活がオフなので、高宮コーチも別の仕事をしていて、今日は学校にはいない。忘れているかもしれないけれど、高宮コーチは学校の教員ではない。独立して会社を作り、指導者を指導してよりよい指導者を育てる仕事をしている。


 考えてみれば、高宮コーチ、大忙しだな。よく両立させてるな。


「イップスってしんどいな。普段は元気だし、普通に動けるのに、特定の動作をするときにだけ動けなくなる。好きなことをやっているのにできなくなるなんて嫌だな、そんなの」


 達也は悔しそうにしていた。本当は慧が一番悔しいだろうに、本人のように悔しがっている。でも、慧じゃなくても悔しいよな。俺も悔しい。仲間ができていたことができないと苦しんでいるんだ。


 灯がストレッチをしながら、ゆっくりと口を開く。


「慧は真面目だからな。真面目、完璧主義、責任感が強い。そういうタイプはなりやすいって聞いたことがあるな」


 じゃあ、これはメンタルの問題なのか。慧はそこまで追い詰めていたのか。俺たちに悟られないように隠していた。キャプテンとしての重圧もあったのかな。だとしたら、慧には休養が必要なのかもしれない。


 なんとか慧を助けようと会議をしていたが、どうにもできないまま会議は終了した。完全下校の時間が来てしまったからだ。急いで帰る準備をして、慌てて学校を出た。


「慧、大丈夫かな……」


 帰り際、美香が呟く。大丈夫とは言えない。慧本人にしかわからない問題だから。突然、起こるなんて。本当の原因もわからない。すべては診断結果次第かなと俺は思っていた。


 でも、翌日、俺たちは信じられないことを聞くことになる。慧の診断結果はイップスだった。高宮コーチの言う通りだ。ここまでは納得する。でも、ここからが問題だった。


 イップスは心の問題であるため、治療がなかなか難しいらしい。一応薬はあるが、イップスという治療法は確立されていない。そのため、根本的に治すことはできないという。なんだ、それ。医者でも完全な治療はできないなんて。


「慧はとりあえず、今日は休んでもらっている」


 高宮コーチが慧のことを話してくれた。慧がいないとなると、俺がしっかりチームをまとめないと。気を引き締めて、一気に責任感が増した。


 高宮コーチは、どよめいているメンバーを落ち着かせてから、話を続ける。


「これから先も乗り越えなきゃいけない壁はたくさんある。メンタルもやられてしまうことも多々ある」


 高宮コーチは息をゆっくり吐いてから、誰かを呼んできた。俺たちは誰だか知らないけれど、白衣を着た中年の男性とスポーツウェアを着た、30代前半くらいの男性がやってきた。


「慧を診察した精神科医の松田豊春まつだとよはる先生とメンタルトレーナーの藤谷博隆ふじたにひろたかトレーナーだ」


高宮コーチは松田先生と藤谷先生を呼んだ理由は、ただひとつ。メンタルケアのためだ。


「メンタルの持ち方を藤谷トレーナーに指導してもらおうと思う。松田先生には、イップスについて教えてもらおうと思ってる。しっかり理解することで、どのようにメンタルを保つかヒントになるから」


 慧がイップスになって、俺たちは、いろいろなことを考え始めていた。そのため、興味を持ち、本気で勉強したいと真剣な眼差しを高宮コーチに向けた。


「とりあえず、明日、慧も呼ぶから、明日、メンタルのことについて指導を受けよう」


 高宮コーチは静かな声で言った。松田先生も藤谷トレーナーも、日本代表候補育成コーチのときに、チームがお世話になったらしい。本当に高宮コーチの人脈は凄いな。


 スポーツでは、心技体と言われるけれど、本当にメンタルって大事だな。トップアスリートはメンタルをコントロールしているんだよな。本当に身体にも心にも気を遣っている。大変だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る