僕にしかできないこと

家に帰ると、なんだかとても静かでさみしさを感じる。もともといつも家では一人だったわけだが、ここ数日分、ずっと二人で生活していたので、なんだか変な気分だ。

とはいえ、感傷に浸っている時間は無い。一通り身支度と、そういえば最近全然していなかった洗濯やらなんやらを済ませる。

これまでのことをぼんやり振り返る。プログラムをちょっと書き換えるだけでとんでもない時間がかかったこと。しかも、それで何も変えられないだけではなく、むしろひょっとしたら取り返しのつかないことになってしまっていたかもしれないこと。次回以降、どうしたらよいか未だに全然戦略が立てられずにいること。

自分の無力さを痛感している。もっと大学の授業を真面目に聞いていたら良かったかもしれない。いやでも、なんの授業をちゃんと聞いていたらこの問題に対処できるんだろう。と、頭がこんがらがってきたとき、スマホの着信音が鳴った、


『おい、穂高!お前どこにいるんだよ。集合時間過ぎてるぞ。お前いなかったら練習にならないじゃんか。』


高岡から電話だ。後ろで他のメンバーの声も響いている。


「あ、ごめん、言い忘れてたけど、ちょっと体調悪くて。今日は休ませてもらえないかな……。」

『えー、当日にボーカルがそんなこと言い出すなよー。』

「本当にごめん。どうしても今日は無理で……。」


人類を救うまで無限にこの謝罪を僕は繰り返さないといけないのだろうか……。


『わかったよ。彼女でもできて俺らと付き合えなくなったとかじゃないかと思ったけど、違うんだな?』

「う、うん。もちろんそうだよ。」


若干当たっている気もする。さすがに長い付き合いだ。


「あー、そうだ。高岡って、情工だったよね?プログラミングのこと聞いていい?Fortranのことなんだけど。」

『え?Fortran、あんま使ったことないけど、それがどうした?Fortranが書けなくて熱出したのか?』

「あ、いや、体調不良とは関係ないんだけど、ちょっとわからないことがあってさ。他人の書いた超長文のプログラムを改変するのってどうやって手を付ければいいのかな?」

『いや、それは読んでみないとわからないけど、コメントとか仕様書とか見るしかないんじゃない?YouTubeに動画マニュアルとかあればそれ見るとか。』


あの説明がYouTubeに載っているとは思えない。Wikipediaも無いだろう。


「そうか、そうだよね。やっぱりそうか。」

『そりゃそうだよ。でも、長文のプログラムってどんくらいのものだ?なんか人生を変えるスーパーソフトでもあるのか?』


なんだか馬鹿にされた気分だが、ある意味合っているのかもしれない。人類の命運を背負っているわけだし、これのおかげで西浦さんと急速に近づけたと言っても良い。





穂高の頭にふとした仮説が浮かんだ。


「なあ、タイムリープってわかる?」

『なんだって?タイムリープ?時かけの?』

「若干古いなー。東リベやシュタゲじゃないんだ。」

『馬鹿、王道ってやつを知らんのか。平成アニメの今度一晩語ってやるよ。』


元はといえばそれは昭和の漫画なのだが。いや、今はそういう問題ではない。


「なあ、もしタイムリープできるしすてむがあったら、そのソースコード見てみたくないか?」

『なんだ、それ?そんなもんないとは思うけど、そう言い張るものがあるんなら、本物かどうか見てみたいもんだね。』


向こうのマイクの先で他のやつらがタイムマシーンかよ?とか茶化している声が聞こえる。


「言ったな。僕は今そいつで5月4日からタイムリープしてきたんだ。高岡に見せてやるよ。」

『何それ?本気で言ってる?体調悪くなりすぎて頭おかしくなったか?』

「いや、頭ははっきりしてる。」

『そうか、そうだな。そう言われるといつもの穂高だわ。』

『なんだなんだ?穂高、なんか面白いこと言い出してるじゃないの。』

『もし本当なら俺も見てみたいわ。』

電話口で次々にみんな喋ってくる。どうやらスピーカーモードにしたらしい。


でもこれで確信に変わった。父さんになくて僕にあるもの、それはこんなSFみたいな話を、ちゃんと聞いてくれる仲間だ。大人はみんな父さんから離れていってしまったんだ。だけど学生の僕にはこんなぶっ飛んだ話に付き合ってくれる、話が通じてオタクで好奇心にあふれる仲間がいるんだ。

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