第15話『黒髪美人はどこ?』

  三日間にわたる長い旅路の果て、僕たちはようやく、フィリア地方の中心都市――学術都市エルフィアに到着した。


 駅馬車の扉が開くと、肌を刺すような朝の空気と、胸いっぱいに吸い込みたくなるほど澄んだ大気が一気に流れ込んできた。僕たちは重い荷物を抱えたまま、一歩、石畳の上に足を下ろした。


 目の前に広がるのは、これまで異世界で出会ったどんな街とも一線を画す景色だった。エルフィアの大通りは、淡く光を帯びた白い石で敷き詰められ、朝日を浴びて水面のようにきらきらと輝いている。陽射しが跳ね返るたび、街そのものが巨大な鏡の世界のように幻想的に揺れる。


 大通りの両側には、青々とした樫の並木が真っ直ぐに続き、通り沿いにそびえ立つ建物はすべてが芸術品のようだった。どの家も高く、空に向かって伸びるような尖塔とアーチ――その一つ一つに細やかな魔法的な装飾が施され、屋根瓦は赤、青、銀、そして深い緑や金色までもが混ざり合い、まるで大聖堂の街並みがそのまま一つの芸術になっていた。


 街路には、さりげなく魔法の灯りが浮かび、行き交う人々の衣服や身なりもまた、知的で品があった。学者風のローブや、分厚い書物を抱えた学生、煌びやかな魔法使いの帽子をかぶった若者たち――そのなかには人間だけでなく、猫耳の獣人、長い耳のエルフ、角の生えた異種族の姿まで混じっている。


「……まるで、童話の中に迷い込んじゃったみたい」


 ひよりが、目をまん丸にして呟いた。頬に風が触れ、目がほんの少し潤んでいる。


 横で、ゆりながそっとノートを開き、忙しなくシャープペンシルを走らせる。

「建築様式が本当に多彩……。柱の曲線、ステンドグラス、見てるだけで心が震えます……」

 そう言う声にも、いつもの理性的な落ち着きよりもどこか興奮が混じっていた。


 こころは、旅の疲れもどこかへ飛んでいったようにキョロキョロと周囲を眺めている。

「え、すごい……なんか、みんな賢そう! あ、ほら、あの人、本当に本から魔法を出してる……!?」


 街の広場の向こうでは、ローブをまとった青年が実際に浮遊する本から魔法の煙を出して見せ、子どもたちを沸かせていた。石造りの街路の角には、魔法陣を刻んだカフェや、香草の匂い漂う学術サロンまである。


「こんな場所に、かのん先輩が……いるんだよね」


 こころが、憧れ半分・不安半分の混じった声で呟いた。


 僕の胸にも、複雑なものが渦巻いていた。目の前のこの圧倒的な景色に、自分たちが“ただの高校生”としてここに立っていることが、どこか場違いのような、不安と期待の入り混じった感覚に包まれる。


「大丈夫よ、わたしたち、ここまで来たんだから」

 ひよりが凛とした瞳で前を向く。その横顔を見て、僕は自然と背筋を伸ばした。


 誰もが一度は“ここまで来たんだ”という誇りと、“それでも自分たちは、果たしてこの街の一員になれるのか”という戸惑いを抱えていた。でも、だからこそ、この瞬間の高揚と不安は、旅の本当の始まりを感じさせてくれた。




 ――午前の柔らかな陽光が、エルフィアの街並みを黄金色に染めていた。

 僕たちは駅馬車の荷を背負い、白い石畳を踏みしめて歩き出す。歩くたび、靴の裏で小さな砂利がキリリと音を立てる。その音さえも、どこか格式高い音楽のように響く。


 通りの空気には、不思議な静けさと活気が同居していた。風が運ぶのは、どこか懐かしい本の香りと、ほんのり甘いインク、焼きたてのパンの芳ばしい匂い。カフェのテラス席では、ローブ姿の学生たちが分厚い魔道書を片手に、優雅に紅茶を飲みながら論争を繰り広げている。路地の奥、古本屋の小さな窓には埃をかぶった魔導書が山積みで、初老の店主がそれを一冊一冊撫でるように手入れしていた。


「見て、このパン、外がカリカリで中がふわふわ!」

ひよりが、パン屋で買った焼きたてのハーブパンをみんなに差し出す。

「香草の香りがすごい……」と、こころが目を輝かせる。

「やっぱり、この街は“文化”まで洗練されてるのね」

ゆりながパンを手にとり、そっと鼻を寄せた。


 街を歩くうちに、次第に緊張よりも高揚が勝ってくる。旅の疲れもどこかへ消えていった。


 広場の坂を登ると、ようやく宿屋『銀の梟亭』の看板が見えてきた。外壁には銀の羽を広げた大きな梟の彫刻、その下に飾られた花々。中に入ると、木の温もりと淡い魔法の灯りが優しく迎えてくれる。

 部屋に荷物を置き、窓を開ければ、エルフィア最大の学術塔――銀色の螺旋をまとった高塔が、まるで空へと吸い込まれるようにそびえていた。


 みんなで窓辺に並び、誰からともなく、ぽつりと息を漏らす。


「ここが……先輩のいる街なんだ」


 僕はその塔を見上げながら、胸の奥にわずかな焦燥と、言いようのないあこがれが広がるのを感じていた。


 荷物をまとめ終え、僕たちはいよいよ「情報収集」に繰り出すことにした。

 最初の目的地は、異世界でも有名な老舗の酒場――「賢者の杯」。広場の端にそびえるその建物は、重厚な木造の扉に歴史の重みが染み付いていた。扉を開けた瞬間、内側から溢れる熱気と、酒と果実の混じった強い匂いに包まれる。


 高い天井には、魔法の燭台がふわりと浮かび、壁には数々の魔法道具や賞状、冒険者たちの寄せ書きが無数に飾られている。

 昼間だというのに酒場は大賑わいだ。頑健な学者風の男女、傷跡だらけの傭兵、魔道書を脇に抱えた吟遊詩人、見たこともない種族の旅人たち……それぞれの言語と笑い声が、重なり合って大きな波のように響いていた。


「いらっしゃい、旅の若者たち!」

カウンターの奥に座る屈強なドワーフのマスターが、グラスを磨きながらにこやかに声をかけてきた。

僕たちは少し緊張しながらカウンターに座ると、勇気を出して尋ねる。


「“黒髪の美人魔術師”のことを、何かご存じありませんか?」


 その言葉に、周囲の何人かがちらりとこちらを振り返った。

 マスターは分厚い眉を上げて、「ああ、あの人の噂は最近よく聞くぜ」と、低く頷く。


「ただな、どこにいるかまでは分からない。あんたら、相当運が良くないと会えないだろうな」


「……そうなんですか」

ひよりが肩を落とし、僕も少し唇を噛んだ。


「そもそも、魔法使いってやつぁ気まぐれでな。あんたらみたいな若いのが必死に探しても、本人がその気にならなきゃ見つからないもんさ。まして美人なら、噂好きの追っかけも多いしなあ」


 果実酒を頼み、他の常連客にも声をかけてみるけれど、どれも「最近学院で見かけた」「どこかの研究会に顔を出していた」「いつの間にか消えていた」――と、曖昧な情報ばかり。具体的な“居場所”までは誰も知らない。


 ――異世界に来て、ここまでたどり着いたのに。

 目の前に“本当にいるはずの先輩”が、今もこのどこかにいるのに――

 この街の喧騒と雑多な酒場の雰囲気の中で、僕たちは初めて「異世界で探し物をすること」の難しさと、どうしようもない無力さを痛感していた。


 ――それでも、誰もあきらめようとしなかった。

「……もう少しだけ、他を当たってみよう。きっと、どこかで会えるはずだから」


 それぞれの胸の奥に、焦りと憧れ、そして“仲間がいるから大丈夫”という確かな思いが灯りはじめていた。



「焦らないで。次は魔法使いギルドよ」


 ひよりが静かに提案する。みんなの顔に、ほんのわずか光が差した気がした。

 僕たちはエルフィアの中心広場を抜け、学術塔の影にそびえる“魔法使いギルド”へ向かった。


 その建物は、歴史ある石造りのファサードに重厚な扉、金色にきらめく魔法紋章が正面に掲げられ――まるで城塞のような威容を放っていた。

 門の両側にはローブ姿の守衛が控え、その背筋は寸分の緩みもなかった。


 扉をくぐると、ロビーには淡い魔法光が天井からふんわり降り注ぎ、足元の大理石に無数の光の粒がきらめく。

 壁際には魔法具が静かに展示され、中央には巨大な世界地図と、歴代の偉大な魔術師たちの名を刻む金のプレート。

 ローブやドレスに身を包んだ魔法使いたちが、低い声で知識を語り合い、時に杖を手に実験の打ち合わせをしている。

 人間だけでなく、エルフやドワーフ、猫耳の少女、異種族――ありとあらゆる“知の探求者”がこの空間を満たしていた。


「ようこそ、エルフィア魔法使いギルドへ。ご用件をどうぞ」


 受付に座るエルフの女性は、透き通るような金髪と長い耳、整った顔立ち。背筋を伸ばしながらも、どこか柔らかな微笑みを浮かべている。


 ひよりが一歩前に出て、緊張しながらも「黒髪の美人魔術師」について尋ねた。その瞬間、女性のまつ毛がほんのわずか揺れた。


「最近よくそのお名前を伺いますが――皆さん、ひよりさんのご友人なんですか?」


「はい! 一年以上も探して、やっとここまで……」

 ひよりは真剣な目で言葉を紡ぐ。

 僕たちも後ろで必死にうなずいた。


 受付嬢は一瞬だけ戸惑い、やがて穏やかに続けた。


「それは大変でしたね。……ですが、その方は、ちょうど先日まで外部講師として学院で教鞭をとっていらっしゃったようです。ただ――」


 少し声を落とし、周囲の目を気にするように身を寄せる。


「……残念ながら、つい先日、この街を離れられたそうです。正式な連絡によれば、しばらく戻られないとのこと。時々は消息が届きますが、次の目的地は明かされていません」


「えっ……」

 その場の空気が、すっと冷えたような気がした。


 静寂の中、受付嬢が話題を切り替える。


「けれども、せっかくいらしたのですし、ひよりさん。もしよろしければ“魔術師登録”の手続きをされてはいかがですか? ご友人の“黒髪の美人魔術師”も、当ギルドで高く評価されていましたよ」


「魔術師登録?」

 ひよりはきょとんとした表情を浮かべる。


 女性は魔法適性について簡単に説明した。ギルドの魔力測定器を使い、“見習い魔術師”としての正式登録ができるのだという。


 ――ロビーの片隅、ひよりが手を差し出すと、小さな水晶玉が青く光る。


「ひよりさん、魔力のコントロールを見せていただけますか?」


「――はい」


 ひよりの掌に意識が集中する。やがて、淡い火の玉がふわりと生まれ、そのまま彼女の指先でまるで踊るように揺れ動いた。


 ロビーにざわめきが広がる。

 周囲の魔法使いたちが「おや?」と目を止め、見習い魔法使いたちが羨望の視線を向ける。


「見事な制御力ですね……」

 試験官が深く頷き、丁寧に合格証と登録証を手渡した。


「あなたなら、今後どこの魔法学院でも学べます。――ちなみに、“黒髪の美人魔術師”も、ひよりさんのことを褒めていたそうですよ」


 ひよりは登録証を握りしめ、目を潤ませて微笑む。

 ゆりなとこころが大きく拍手を送る。

 しかし、僕は急に胸の奥に穴が開いたような、深い寂しさを感じていた。

 この異世界の“知の殿堂”に来て、先輩に会えない現実が、どうしようもなく重たく感じられた。


 それでも、ひよりの登録証を見つめて、

「――きっと、また会えるよ」

と、誰よりも自分に言い聞かせるように呟いた。




 街のあちこちで、“黒髪美人の天才魔術師が現れた”“エルフィア一の才媛が講師をしていた”――そんな噂が子どもから老人までの話題になっていた。路地裏では小さな子どもたちが、マントをまとって「かのんごっこ」をして魔法の真似事をしている。

 広場の掲示板には“黒髪の天才、星影学院にて伝説残す”という手書きのビラさえ貼られていた。


「伝説みたいになってる……」


 僕は、にが笑いを浮かべながらも、胸の奥に言葉にできない憧れと羨ましさがせり上がってくるのを感じていた。


 ――夕暮れ、広場近くのカフェの窓辺。

 橙色の陽射しがレンガ造りの街並みを黄金色に染める。カップの中の紅茶が、夕日を映して宝石みたいに光る。

 店内には学生たちの笑い声が絶えず、静かなチェロの生演奏が小さく流れていた。

 窓の向こうでは、魔法学院の学生が魔法陣の課題について真剣に語り合っている。

 エルフィアはただの異世界の都市ではない。知と憧れが渦巻き、人々の夢と野心が重なり合う「世界で一番高い天井」を持つ街だ。


「本当に……もう、ここにはいないのかな」


 僕はカップを手にしたまま、ぼんやりと外を見つめる。

 先輩と再会できない悔しさは、思った以上に重く心に残っていた。


「落ち込まないで。私たちは、ここまで来たんだよ」


 こころがそっと僕の肩に触れる。その手の温かさが、少しだけ現実に引き戻してくれる。

 ゆりなも静かに目を合わせ、やわらかな微笑みを浮かべる。


「先輩も、きっと私たちがここまで来たことを、どこかで感じてくれているはずです」


 そのときだった。ギルドの使者――深緑色のローブを纏った少年が、カフェの扉を押し開けてきた。

 ひよりの名前を呼び、一通の封書を手渡す。


「……先輩から、だ」


 僕は思わず息を呑み、震える手で封を開ける。


『学校に来てるって連絡があったから手紙書くね。

 普通にごめん。今ちょうど錬金術の研究でほしい素材があるから隣の隣に行っちゃった。

 まぁ別のタイミングでも会えると思うし、気楽にいこう!』


 簡潔な言葉の奥に、かのん先輩らしい優しさと飾らない人柄、そして新しい世界への冒険心が滲み出ている。

 手紙を読みながら、胸の奥でなにか大切なものが静かに温まっていく。

 気がつけば、ひよりも、こころも、ゆりなも――みんな目を潤ませていた。


「かのん先輩……まじかよ」


 小さな笑いと、熱い涙が同時に込み上げてくる。

 ひよりが手紙を大切そうに両手で持つ。


「でも……なんだろう。追いかけているうちは、会えないって分かっていても、こうやって手紙をもらえただけで、報われた気持ちになるんだね」


 その声は、ほんの少し震えていた。


「私も、もっともっと強くなりたい。先輩みたいに、誰かの希望になれる存在に……」


 こころも、テーブルの端で拳をぎゅっと握る。


「私も負けないよ。きっと、今度は先輩と並んで歩けるようになりたい」


 ゆりなはまっすぐな瞳で前を見ていた。


「私もこの街で、何か新しい学びを得て、日本に帰ったときに“胸を張れる自分”でいたいです」


 僕は三人の姿を眩しく、頼もしく感じた。

 仲間という存在が、どれほど心強いものか――悔しさと誇らしさ、そしてほんの少しの焦りもないまぜになって、胸が締めつけられる。





 夜、エルフィアの石畳の上を歩きながら、僕たちは自然と肩を寄せ合った。

 銀色の月が高く輝き、塔の屋根や広場の彫像が、青白い光のヴェールに包まれている。昼間の喧騒が嘘のように、街全体が静けさに包まれていた。


 歩みを止め、四人で見上げる空には、遠い異世界の星座が瞬いている。

 ふと、誰からともなくため息が漏れる。

 「せっかくここまで来たのに……会えなかったね」

 ひよりが、ぽつりと呟く。彼女の声は、夜気に溶けてどこか頼りなげだった。


 僕は何と声をかけていいかわからず、代わりに隣のこころに目をやった。こころは、まっすぐ夜空を見つめている。

 「それでも……また来ればいいんだよ」

 こころが微笑んだ。ほんの少し震えていたけれど、その瞳はしっかりと前を向いていた。


 ゆりなが両手をぎゅっと胸の前で組みながら言う。

 「悔しいけど……私は、今日この街を歩けただけでも幸せです。健太くんの目的は果たせなかったかもしれないけど、私たちは楽しかったよ。まだ二度と会えないわけじゃないし、ね」

 その言葉に、胸の奥にじんわりと温かさが広がった。


 しばし誰も口を開かず、ただ夜風の音と、遠くで聞こえる学生たちの笑い声だけが流れる。

 でも――その沈黙は、絶望の沈黙じゃない。仲間同士が無理に明るくふるまわなくても、お互いの心を認め合える、静かな絆の時間だった。


 ふと、ひよりが僕の手を取った。その手はほんのり汗ばんでいて、だけど確かな力強さを感じた。

 「健太くん……わたしたち、絶対に負けないよね」

 「うん」僕は小さく返事をする。

 こころも、ゆりなも、頷く。

 「次はもっと強くなって、また先輩に会いに来よう」

 「それまでに、日本でも異世界でも、いっぱい経験を積みましょう」

 「だって、私たち、もうこんな遠い場所まで来られたんだもん」


 胸の奥に、静かな炎が灯る。


 ――どこかで先輩も、同じ月を見ているかもしれない。

 今は追いつけなくても、歩み続ける限り、いつかきっと同じ景色を見られると信じている。


 言葉にならない焦燥やあこがれ、そして小さな希望を、僕たちは夜空に預けるように、長い間その場に佇んでいた。

 エルフィアの街は、夜の静けさの中で、それぞれの未来への扉をそっと開いてくれる――そんな気がした。




女の子三人はカーテンの隙間から夜空を眺めていた。


 ひよりが、ぽつりと呟く。


「……ねぇ、二人とも。なんか、不思議な気持ちなんだ」


 こころが、首を傾げる。


「何が?」


 「……だってさ、私たち、ずっと“かのん先輩に会うため”に頑張ってきたでしょ? 本当に会えなくて悲しいはずなのに……どこかホッとしてる自分がいるの。……それって、変かな?」


 ゆりなは、そっとひよりの横顔を見つめてから、ベッドの端に座り直した。


「私も……ちょっと分かるかも。先輩が“高嶺の花”みたいな存在だからかな。……それに……」


 ゆりなは口をつぐむ。

 少し間を置いて、言葉を選ぶように続ける。


「……健太くんが、“誰かのため”に頑張ってるのを見ると、ちょっと切なくなる。変だよね。私たち、仲間なのに……」


 こころは無邪気な笑みを浮かべて、手を上げる。


「私は、よく分かんない! でもね、健太くんが頑張ってるの見るの、すごく好きだよ。……この前も、落ち込んでる時、ずっと私の話を聞いてくれたし……それだけで元気出るもん!」


 ひよりが小さく笑う。


「こころちゃんは素直でいいなぁ……私なんて、いつも強がってばかりで」


 ゆりなも、柔らかく微笑んだ。


「……ねぇ、二人とも。私たち、これからもずっと一緒にいられるのかな……。もし、健太くんが“かのん先輩”に会えて、全部が終わっちゃったら、どうなるんだろうって、ふと考えちゃうの」


 ひよりは目を伏せて、言葉を噛みしめる。


「私、健太くんが他の人のために頑張ってるのを見るの、つらいのに……。それでも、応援したい自分もいる。……これって、どうしてなんだろうね」


 こころはベッドの上で膝を抱えて、天井を見上げる。


「健太くん、かのん先輩のこと、本当に好きなのかな? ……私も、いつか“誰かに特別に想われたい”って思うけど……それが健太くんだったら、ちょっと嬉しいかも、なんて」


 三人の間に、静かで優しい時間が流れた。


 外では、エルフィアの夜風が窓を優しく叩いている。


 やがてひよりが、ぽつりと呟いた。


「……会えなかったのは、きっと、まだ“今じゃない”ってことなんだよね。もっと強くなれって、そう言われてるみたいな気がする」


 ゆりなもうなずく。


「うん、今はまだ……“旅の途中”なんだよ」


 こころは大きく伸びをして、にっこりと笑った。


「よーし、私ももっとがんばる! 健太くんにも、二人にも負けないくらい!」


 三人は静かに微笑み合い、やがて一人ずつ、眠りの世界へと落ちていった。

 夢の中でも、彼女たちはそれぞれの“本当の気持ち”と静かに向き合い続けていた。






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