第8話 『噂の美人魔術師』

エルフィリアの市場は、今日も喧噪と魔法の光で溢れていた。こころが加わって、僕たち冒険部の放課後はますますにぎやかになった。


「健太先輩!あの屋台、空飛ぶ魚が売ってます!」「わー、本当に浮いてる……!」

 こころは目を輝かせて市場のあちこちを走り回る。

 「もう、はしゃぎすぎよ。ちゃんとついてきて!」

 ひよりがちょっとむくれながらも追いかける。


 そんな中、ガルドが教えてくれたのは――


「学院で教師をしてるって噂もあるよ」

 ガルドが情報を教えてくれる。

「学院?」僕が身を乗り出す。「どこの?」

「フィリア地方の『アルカディア魔法学院』だよ。特別講師として若い魔法使いたちに教えてるらしい」

 ガルドが答えた。


「フィリア地方って、けっこう遠いよね」ゆりな先輩が地図を思い浮かべるように言う。「馬車だと三日はかかるわ」

「でも、そこまで行く価値はあるよな!」こころが前のめりで声をあげた。

「その美人魔術師、本当に城井先輩のことなんすか?」

「可能性は高いよ」僕が答える。「日本料理を作るって話もあるし、たぶん間違いない」


 そのとき、隣の店からガハハと大きな笑い声が響いた。

「はっはっは!あの美人魔術師の話なら俺も知ってるぜ!」

 ごつい体格の商人が、僕たちのほうを向く。

「知り合いの冒険者が言ってたんだが、その魔術師、戦闘魔法も半端ないってさ」

「戦闘魔法……?」

「『ファイアーボール』じゃなくて、『爆発魔法』って言うらしいんだ。しかも呪文の名前が『ダイナマイト』とか『TNT』とか……なんか変なんだよ」

 僕は思わず笑いそうになる。絶対それ呪文じゃなくて理科室の危険物だよ、先輩……。


「しかも、その魔術師、たまに変な歌を歌うらしいぜ。『君が代』とか『さくらさくら』とか、意味不明なんだと」

 商人が眉をひそめる。けれどこころは「いいじゃん、楽しそう!」とニカッと笑っている。ひよりが「……ポジティブすぎ」とボソッと呟いた。

「その歌、聞いた人はみんな涙を流すんだってさ。きっと心を打つ歌なんだろうな」

「私たちも先輩の歌、聞いてみたいな……」ひよりがしみじみとつぶやく。「先輩、何やってるんだろう」


 薬草商人も話に加わってきた。

「あの美人魔術師、医療魔法も得意だぞ。でも普通の回復魔法と全然違って、『バンドエイド』とか『マキロン』って呪文を唱えて傷を治すらしい」

 こころが「へぇ、面白いなそれ」と感心する。

 僕とひよりが顔を見合わせる。間違いなく日本の医療グッズの名前だ。先輩、どこまで異世界で暴れてるんだろう。


「最近は美人魔術師目当ての冒険者も多いけど、ほとんど町に出てこないらしいよ。学院に引きこもりっぱなしだとさ」

 ゆりな先輩が「それは少し心配ですね」と静かに言う。

「忙しいんだよ、きっと!」こころが即答。「先生とか、人気者は大変なんだ」

「……こころ、そういうの理解できるんだ」とひよりが感心して見ていた。


「でもすぐ旅立つのは無理そうだな。部活もあるし、今度また運動部の大会で助っ人やるんだ」

 こころが気合を入れて指を鳴らす。

「こころ、本当に体力すごいね」僕が苦笑いすると、

「まぁね!健太もトレーニングつきあってくれよ!」とこころは無邪気に笑う。

 ひよりが「掛け持ち部活って、バケモノだ……」とあきれ顔。

「私は家の用事もあるし、今は大きな旅は難しいかもしれませんね」とゆりな先輩がしっかり現実を見据える。


「でも、こうやって作戦立ててるのも、ちょっと冒険っぽくて楽しいな!」こころが言うと、ひよりが「ほんとポジティブだよ……」と小声でつっこむ。

「けど、準備はちゃんとしないと危ないよ?」とひよりは真顔でみんなを見回す。

「旅の準備は私にまかせて!寝袋もちゃんと人数分揃えてあるから」

「やっぱ頼りになるな、ひより」と僕が笑うと、「む、もうっ」とひよりは照れたように顔をそむけた。


 僕たちはガルドに学院への連絡を頼むことにした。「手紙の配達、任せておきな!」とガルドは快く引き受けてくれる。

 部室に戻ると、今日得た情報や準備のリストをみんなで確認した。

「すぐに冒険に出られないのは残念だけど、仲間が増えて、こうやって準備してるのも何だかワクワクするな」

 こころが笑う。

「私も、前より毎日が楽しいです」ゆりな先輩が優しく微笑む。


 窓から射す夕陽が部室をほんのり染めていた。仲間との絆も、確かに深まっていく――。

 僕はそんな空気を感じながら、もう一度決意を新たにする。

「絶対に先輩に会いに行こう」

「うん、絶対!」

「行くぞー!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る