第7話 『部活説明会』

 フィリア地方への旅を前に、僕たちは学校での日常も大切にしなければならなかった。特に、新入部員の獲得は冒険部の存続に関わる重要な問題だった。


「来週は部活説明会があるのよね」

 月曜日の放課後、ひよりが掲示板を見上げながら、ため息まじりにつぶやく。

「私たちも参加しないといけないわ」


「でも、冒険部って説明するのが難しいよね」

 僕が困った顔で言う。

「まさか異世界に行ってますなんて言えないし……」


「そうですね」

 ゆりなが真面目にうなずく。

「でも、嘘をつくのも良くないですし……」

 その横で、ひよりは小さく唇を尖らせていた。


「普通の部活っぽく説明しても、来てくれる子なんているのかな」

 ひよりはチラリと僕を横目で見て、ぼそっと言う。


「一般的な冒険部として説明しましょう」

 ゆりなが提案する。

「ハイキングとか、キャンプとか、アウトドア活動をする部活として」

「それなら自然ね」

 ひよりが頷く。「でも、面白さをどうやって伝えるか……」


 そんな時、部室のドアが明るく開いた。


「こんにちはー!」

 高橋こころが、太陽みたいな明るさで部室に飛び込んできた。場の空気が一気に弾ける。


「冒険部の皆さん、お疲れ様です!」


 こころがやってきただけで、部屋の雰囲気が変わるのが分かる。僕は、どこかふわっと空気が軽くなる気がした。


「こころちゃん、どうしたの?」

 ひよりが素早く反応する。笑顔だけど、目が少し鋭い。


「部活説明会のポスター見て、興味がわいちゃって! 冒険部って、何するの?」


 僕が答えようとすると、ひよりが一歩前に出る。


「アウトドア活動とか、探検とか、結構大変なんだよ? 本当にやる気がある子しか続かないと思うけど……」

 どこか、チクチクとした“牽制”が混じる口調。


「えー? やる気なら負けません!大変なの大好きですし!」

 こころは、ひよりの棘をまるで感じず、にこにこ全開。思わずゆりなと僕も苦笑する。


 ゆりなは、そんな二人を交互に見て、

「新しい仲間が増えるのは素敵ですね。みんなで協力したら、もっと楽しくなりそうです」

 と和やかな声でまとめてくれる。


 こころは「はい! 私、運動部なんで体力には自信あります!」とさらに胸を張った。


「ふーん……」

 ひよりがそっぽを向きつつ、髪を指先でくるくる回す。その視線の端には、ほんのりと焦りが滲んでいた。


 その時、部室の奥から異世界への扉が微かに開いているのが見えた。僕たちは慌てて扉を隠そうとしたが、こころは“無邪気”な好奇心で反応した。


「あれ? 扉、ちょっと開いてません?なんかキラキラ光ってる……」

 純粋な好奇心だけが、こころの瞳に映る。


「い、いや、それは……」

 僕がしどろもどろになると、ひよりがこころの腕をそっと引っ張る。


「そういうの、あんまり気にしない方がいいよ? 不思議現象なんて、よくあるし……」

 ひよりの言い方には、あからさまな“ここから先は立ち入り禁止”オーラがにじむ。


「えっ、そうなの?じゃあ気にしなーい!」

 こころは首をかしげ、即座に納得してしまう。その屈託のなさに、ひよりは「……もう、ほんと天然」と小さくため息をついた。


 結局、こころが扉を開けてしまい、エルフィリアの光景が目の前に現れる。


「うわっ、すごっ!マジで異世界じゃん!本当に別の世界があるなんて最高すぎ!」

 こころは、まるで夢みたいな顔で辺りを見回した。


 僕たちはやむなく、こころに秘密を打ち明けることになった。


「これは冒険部の最大の秘密なんだ」

 僕が意を決して説明すると、こころは目を見開きながらも、

「えっ、やば! 最高じゃん!私も絶対冒険したい!」

 と、すぐにワクワク顔に戻る。


「でも、これは絶対に誰にも言わないでほしいの」

 ひよりが今度は真剣に睨む。目がきらりと光る。


「はいっ! 絶対に言いません、約束します!」

 こころは親指を立て、元気いっぱいに答えた。そのピュアな反応に、ひよりはむしろ拍子抜けして、ちょっとだけ頬を膨らませる。


「……ほんと、調子狂うなあ……」

 ひよりが小声でつぶやくと、ゆりながそっと「でも、きっと楽しくなりますよ」と笑いかけた。


 こうして、こころは初めてエルフィリアの扉をくぐった。


 扉の向こう側――市場に降り立った瞬間、こころはもう目をキラキラと輝かせていた。


「え、うそ!これ全部本物!? 魔法で物が浮いてる! わっ、あの人、耳が動いてるよ!」

 目に映るすべてが新鮮で、感激の声が止まらない。


「こころちゃん、少し落ち着いたら?」

 ひよりが、ちょっとだけ苦笑しながら声をかける。でも、どこか満足そうに見守っている。


「すみません、でもすごすぎて!なんか、夢みたいです!」

 こころはすぐに馴染みの商人ガルドの店にも興味津々。「こんにちは!日本の文房具、もっと見せてもいいですか!?」と、持ち前の積極性で現地人に話しかける。


「すごいパワーですね……」

 ゆりなが小声で笑い、僕の方を見る。「でも、こういう子が一人いると、場がすごく明るくなりますね」


 ガルドもそんなこころのテンションに思わず苦笑いしつつ、

「君たちはいい仲間を見つけたね」と褒めてくれる。


 僕はほっとしたけれど、ひよりは健太とこころが楽しそうに話すたび、ちらりと視線を送り、

「……まあ、仲間だから……仕方ないよね」と自分を納得させている。


 ゆりなは二人を見ながら、優しくみんなの輪をまとめてくれる。

 ――女子三人の会話は、どこかちぐはぐで面白い。

 こころの天然っぷりに、ひよりが軽くチクリと突っ込みを入れ、ゆりながそれをふんわり包む。

 その空気の揺れが、なんだかとても心地よかった。


 市場の案内が終わり、冒険者ギルドでこころの登録を済ませると、彼女ははじけるように笑った。


「明日からも、絶対一緒に冒険しますね!」


「……ま、まあ。がんばってよね」

 ひよりが少しツンとした声を出す。


「私も、皆さんと一緒に冒険できるのが嬉しいです」

 ゆりなは、みんなの輪をゆっくりと結び直してくれる。


 そんな女子三人の間に揺れる空気は、まだ不安定だけど、とても賑やかで、どこか温かかった。


 こうして、新しい仲間を迎えた冒険部は、ますます騒がしく――でも、どこか頼もしくなっていくのだった。



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