情報クランにて

「ちょっと待って!」


 応接室で2人の前に座っている猫人の女性が片手を前に突き出して会話を中断させる。その隣に座っている狼人の男性も言葉こそ出さないが目を大きく見開いていた。


 ここは始まりの街の中にある情報クランの事務所だ。PWLではお金を払うと空き家をオフィスとして貸してくれるシステムがある。ただし個人ではなくクランとしての事務所として貸し出すのでここで寝泊まりはできない。


「頭の中を整理させてほしいの」


「「ごゆっくり」」


 テーブルに置かれたジュースを飲んでいるこの2人は戦士のルリと僧侶のリサだ。タクの許可を貰った翌日に始まりの街の中にある情報クランに来ていた。相手をしているのはこの情報クランのトップのマスターであるクラリアという猫耳の女性とサブマスターであるトミーというこちらは狼人の男性だ。もちろん2人ともプレイヤーだ。


 アポイントを取って情報クランを訪れたルリとリサはまずはサブマスのトミーと会ったが情報のさわりの部分を話しただけでちょっとまってくれと立ち上がって部屋を出ていったかと思うとマスターのクラリアを連れて戻ってきた。そして2人が改めて情報を買い取って欲しいと最初から説明を始めたところだがその冒頭部分でサブマスと同じ様にマスターのクラリアがびっくりして発言を止めた。


「このPWLにテイマーギルドが存在する。しかもこの街の中にある。そう言う理解でいい?」


「「その通りよ」」


 見える範囲で市内にテイマーギルドが無い事は確認している。情報クランとして町の中は手分けして徹底的に歩き回って詳細な地図を作製している。地図は冒険者にとっては必需品だ。確実に売れる商品でありクランの収入源の1つになっていた。


「ということは、何かトリガーがあってそれを踏まないと現れてこないギルドね」


「そう。それでこの情報は買ってくれる?」


 ルリがマスターとサブマスの顔を見ながら言った。


「買います。金額については内容によるけど情報自体は間違いなく買い取るわよ。クランマスターとして保証するわ」


 クラリアが即答した。


 分かったと2人は公園掃除のクエストから始まって路地マップ作成のクエストをこなして初めてテイマーギルドが街の外れの路地の奥に現れる事。そこに行くとティムが可能になる指輪を貰え、同時にお金を払って最初の従魔を手に入れる事が出来る等を話する。ルリとリサが話をする間じっと聞いていた情報クランの2人。当然録画している。このゲームで録画やスクショを撮ることが出来る様になっていた。


「その報酬なら普通は公園清掃のクエストは受けないわね」


「しかも公園6か所全てか」


「地図クエが2つあったのも知らなかった。でもよくこんなのを見つけたわね」


 話を聞き終えて感心した声で言ったクラリア。

 ルリとリサの2人は顔を見合わせてから正面に座っている2人に言った。


「実はこれを見つけたのは私達じゃないのよ。私達はテイマーギルドに登録した2人目と3人目。最初じゃないの」


 その言葉に身を乗り出して来たクランの2人。ルリとリサはフィールドで従魔を連れているプレイヤーを見つけてその彼に直接コンタクトして教えて貰ったのだと言い、彼がどうやって見つけたかを聞いて自分達も同じ様にしたことや、その彼、タクという名のプレイヤーは初めてテイマーギルドに登録した報酬としてフェンリルかガルーダの2種類の神獣のいずれかを従魔に出来ると言われ、フェンリルの子供を従魔にしたのだと言うとまた2人が身を乗り出してきた。


「フェンリルとガルーダ!!」


「どちらもこのゲームに存在していたのだな」


「ただこの2体は初登録者のみが選べる特典。私達の時はそのリストは無かったの。タクだけね」


「なるほどな。PWLでは魔獣をテイムできない。それが不満で運営にメールを出しているプレイヤーも多い。テイマーギルドかテイムスキルを導入しろとな。それについては運営からは一切の返事が無いと聞いている。そりゃそうだろう。今の話を聞くと既にテイマーギルドは存在しているのだから。それにしても子供とは言えフェンリルかガルーダを選択できるとは」


 サブマスのトミーが落ち着いた声で言った。


「そのタクというプレイヤーはこの始まりの街にいるのか?」


「いるわよ。ジョブは忍者」


「「忍者!!」」


 忍者という言葉でまたびっくりする2人。サブマスのトミーが2人に顔を向けて言った。


「2人とも知っていると思うがPWLでの忍者の位置づけは最低最弱のジョブになっている。ゲーム開始当初はそれなりの数の忍者がいたがそのほとんどがキャラを作り直してジョブチェンジをし、わずかに残っている忍者ももうほとんどゲームにインしていない様だ。先週の集計だと1週間で忍者としてログインしていたのはわずか2人だけだ」


「その2人の内の1人は合成職人をやると言ってほとんど街から出ていないの。薬草を採って報酬を貰いながらひたすら合成をしているという話。だから実際にフィールドに出ている忍者というのは貴方達の知っているタクという人だけね」


 トミーの後をクラリアが続けて言った。


 始まりの街では宿代が掛からないから出来るプレイだ。薬草取りの報酬で十分に空腹をカバー出来、余ったお金で合成の為の素材を買う事が出来る。その合成品が売れればまた素材を買える。街から出なくても合成のプロとして普通に生活が出来る。


「そのタクという人はフェンリルの子供と一緒に外でレベルを上げているのだな」


「そう。そしてその忍者というジョブについても買って貰いたい情報があるの」


 2人の言葉に買おうと即答する情報クラン。忍者がLV1から11まで全くステータスが上がらずレベル上昇分のわずかな体力つまり当人のHP上昇と二刀流スキルがアップするだけだが、これがLV12になるとそれまで上がらなかったステータス分が一気に加算されるというとまたびっくりした表情になるクランの2人。


「つまり、忍者はレベルが上がるごとにステータスが少しずつ上がるのではなく。LV12になって初めてそれまでに貯めていたステータス分が一気に上昇するということか」


 説明と言うか情報を聞いたサブマスが確認する様に言う。


「そうみたい。タクによるとまだ12になったばかりなのでその後の上昇は分からないって言ってた。これからまた数レベルは上がらないのか、それとも今後は少しずつ上がっていくのか。LV13になったら分かるだろうって」


 ソロに特化しているジョブだと言われている忍者。ただ実際忍者を選んだプレイヤーからは大不評だ。情報クランの調査ではPWLがスタートして忍者で最高のレベルまで上げたプレイヤーはLV10だった。10になっても強くならなかったからキャラを作り直して今は別のジョブでこの世界を楽しんでいるのを知っている。


 LV12という中途半端な設定にしてそこまで上がって初めて忍者をやる資格があるという事なのか。いずれにせよPWLの運営の意地の悪さが表れていると感じていたクランの2人。


「それでタクはテイマーギルド、そして忍者について情報として提供しても良いと言ってくれているのね?」


 クランによると買った情報は値段を付けてリスト化してPWLのプレイヤーに販売している。


「もちろん。当人の了解は取ってるから大丈夫よ」


 提供すべき情報は出した。


「今日教えて頂いた情報は高く売れるわ。特にテイマーギルドについては問い合わせが殺到するでしょうね」


「久しぶりにでかいニュースになりそうですな」


 そう話している情報クランの幹部二人。その後クランマスターのクラリアが提示した情報買取料は2件で90万ベニーだった。1人30万ベニーだ。


 びっくりしている2人に彼女が言った。


「テイマーギルドの情報。その従魔の特性。おそらくほとんどのプレイヤーがテイムするわ」


 スライムをテイムするだけで合成や戦闘にプラス効果が出るから当然だ。目の前に座っている情報クランの2人もテイムする予定だという。


「100人が情報を買ってくれるだけで元が取れるもの、90万でも安いかもしれないわね」


 クラリアが言った。


「忍者の情報も面白いな。これからまだ新しいジョブが見つかるかもしれないし、他のジョブだって将来どうなのかは分からない。ステータスの上昇に関して参考になる情報だ。このゲームはマスクデータだらけだ。それをこうやって1つずつ解析していくしかない。解析班の仕事が増えるがあいつらなら嬉々としてやろうだろう」



 数日後、ルリとリサから情報が売れたと70万ベニーを受け取ったが、まさかここまで高額になるとは予想外だよ。どういう話をしたかは分からないがこれだけあれば武器や防具が売っていても悩まずに買えそうだ。


 なんでもテイマーギルドの情報は飛ぶ様に売れたらしい。


「情報クランはあっという間に元を取ったみたいよ」


「そうそう。公園はどこもプレイヤーだらけだし路地を歩いてる人も多いの」


「これからエリアが開放されればまた新しい従魔が増えるんだろうな」


「ところでタクはLV上がった?」


 リサが聞いてきた。


「ああ13になった。AIに聞いたらステータスがやや上昇したらしい。つまり12よりも少し強くなったということだ」


「じゃあLV13からは1つ上がるとステータスも上がるのかしら」


「そこは要検証だな。このゲームは結構意地悪だぞ。またどこかでステータスの上昇が止まるかもしれない」


 そう言うと確かにと頷く2人。その2人からは俺に情報クランに行ってその情報を売ればいいよと勧められた。1度くらいは顔を出しておくか。


「私たちはこの前の情報で十分。今度はタクが情報クランに行ってきたら。それとさ、ステータスが上がったんなら、そろそろ次の街に行けるんじゃない?」


「一応適正レベルは15だけど、タクにはフェンリルのタロウがいるし」


 確かに狩場を移動するタイミングなのかも知れない。

 ただその前に始まりの街でやりたい事があるんだよな。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る