第116話
怒りと憎悪に支配されていた――
今なら、躊躇なく全力で魔力を使える気がする。
結果どうなるかなどは気にせずに……。
だからこそ、一度冷静にならなくてはいけない。
悠長に考えていられるほどの余裕は無いが、今の状態ではルディーデ君すら巻き込んでしまい兼ねない。
それだけは絶対にあってはならない。
僕は立ち止まり大きく息を吸い、そして吐く。
出来る限り高速、かつ冷静に考えを巡らせた。
個人的感情ではベゼル様、もとい、トールスを捕えたい――。
ガウェン様からはルディーデ君を助けてくれと頼まれた――。
警護の任を受けた以上、国民や傷ついた兵の安全確保に努めるべき――。
アルレ様の従者であり親衛隊長としては、ミレイを……は個人的感情か?
それぞれ微妙に矛盾する部分に折り合いをつけるのが難しい。
だが、状況と立場、そして感情を織り混ぜたうえでの優先順位を組み立ててみた。
第一は、ミレイを救う事。
どんなに非難されたとしても、それを優先させてしまう。
根底にそれがなければ、僕はこの場で戦う事すら出来ないかもしれない。
だが、それはガウェン様を信じるしかない。
そうなると、ガウェン様の要望が繰り上げ最優先となる。
第二に、この事態を収束させること。
国民や一般兵を護るという責任感からではなく、それはアルレ様が望んでいる事だと思うからだ。
そして、可能ならばウォレンも助けたい。
一度目を背けてしまった僕に言えた事ではないが……。
今の先進医療魔術ならば完全回復も可能かもしれない。
その可能性に縋りたい。
都合の良い事を言っている自覚はある。
その為には、この状況を長引かせる訳にはいかない。
優先順位の最後に来るのが、個人的感情。
耐え難い憤りは感じている。
だが、それを優先する事は得策だろうか?
ここでもし、ベゼル様を捕えられれば国としては有益かもしれない。
だが、それを成せる可能性は極めて低いだろう。
おそらくトールスだけでなく、手練れの者達が同行している筈だ。
僕一人でどうにか出来るとは思えない……。
「クソッ!!」
一応は魔術師である性分に苛立つ。
感情よりも、論理的で効率の良い判断を優先するのが魔術師だと教わってきた。
規律に忠実とは言えない僕だが、頭の片隅にはこびりついている。
これでルディーデ君に何かあったら、それこそ感情を優先してしまいそうだ。
◇ ◇ ◇
僕を封じていたローブの一人と交戦しているルディーデ君。
ローブは魔術師だと思い込んでいたが、ルディーデ君と剣での近接戦闘をしている様子を見て疑わしくなった。
白熱した剣戟戦。
ルディーデ君がやや押されている?
魔術も使えて、あの剣技、さぞ高名な方なのでは?……などと、考察している余裕は無い。
僕はルディーデ君を援護する為、ローブの後方に魔力を込めた結晶を投げた。
――が、それは思わぬ形で阻まれた。
別のローブが割込み、掴んで止めたのだ。
あまりに地味なやり取りではあるが、僕は驚愕した。
魔力を込められた結晶を素手で掴んだ!?
しかも既に発動寸前だった筈。
そんなバカな……。
僕は何かミスをしたのか?
自身の誤りを疑った。
直後に、ローブの掴んでいた結晶が一瞬光を放ち消える。
ただそれだけ……。
掌で魔術の効果を消した。
ガウェン様の就任式の時に僕がやったように。
僕の魔力量を……?
「セルム・パーンよ。過信ではないか?仮にも殿を任せられた者達だぞ?」
ローブは僕に語り掛けてきた。
その声に聞き覚えがあった。
「あなたは……?」
「撤収だ!」
僕の問いかけを無視し、僕の魔術を掻き消したローブは他のローブ達に号令を出すように叫んだ。
ルディーデ君と交戦中だったローブもその言葉に従うように戦線を離脱する。
押されてたルディーデ君は、追う事も出来ず、倒れる様に地面に片膝を着く。
先に号令を出したリーダーと思わしきローブの周りに他のローブ数名が集まる。
「もうここに用は無い」
リーダーローブが言う。
大人しく頷く他のローブ達。
「何故ですかっ!?ヒルロイド将軍!!」
僕は声から推測した人物の名を叫んだ。
確証は無い。
魔力で確信できた訳でもない。
だが、何故かそう思えたのだ。
失踪した要人の一人だという事は知っていた。
だが、解せない点もあった為、無関係だと思うようにしていた。
彼は、やり方こそ食い違う部分もあったが、根底ではデアラブルを愛していた筈だ。
だからこそ……。
「セルム・パーン。お前が戦う理由はなんだ?」
否定せず応答するという事は、肯定か?
「……アルレ様を護る為です」
「ならば、今、戦う事に意味はあるか?」
「それだけじゃないっ!仲間を傷つけられたんです。どうして……」
「相変わらずだな……。今度こそ抗ってみるか?」
見透かしたように尋ねてくるローブ。
”それ”を知っているという事は……
「貴方は、少なくともこの国を……魔人を護るために戦っていたのではないのですか?」
「そうだ。それは今も変わっていない」
「ならば何故こんな事をっ!?」
「大義の前に犠牲はつきものだ」
「……こんな事に……何の意味があるのですかっ!?」
「分らぬなら口を挟むな。お前はただの道具でいるのがお似合いだ」
「……”魔術兵器”とは、貴方もそう呼んでいたのですか?」
「間違いか?」
僕は言葉を失った。
その返答は肯定と受け取るしかない。
そして反論できる言葉も出てこない。
あの頃の僕は何も考えず、ただ、命ぜられるがままに任務をこなす”道具”に違いなかったからだ。
「最初から……そういう意図で軍に誘ったという事ですか……?」
僕は力なく質問した。
「……それ以外に何がある?思い上がるな。もっとも、それすらまっとう出来んとは……とんだ見込み違いだった」
呆れた様子で答えるローブ。
僕は怒りを通り越して、ただ愕然とした。
予測出来ていたとはいえ、明言されると辛いものがある。
そう思うくらいには、恨みもあれど、ヒルロイド将軍を信じていたのだ。
それは一方的なものであったし、縋りたかっただけなのかもしれない。
僕を認めてくれる人がいると……。
裏切られたような、騙されたような……そんな被害妄想が生まれてきた。
僕は静かに魔術を発動する準備をした。
「戦うつもりか?愚かを通り越し哀れだな」
ローブは僕の魔力を察知したのか質問を投げかけてくる。
「うるさいっ!!」
僕は強く言い放つ。
「ますますくだらん。状況すら理解出来んとはな」
ローブはフードを外し、僕を睨む。
そこには紛れもないヒルロイド将軍の姿があった。
確証を得た僕は一瞬怯む。
「だが、戦うというならば相手になろう。それがお前の答えだというのならな」
堂々たる態度のヒルロイド将軍。
その姿を見た僕は完全に気圧され、委縮し、戦意を喪失した。
魔術の発動も止めた。
損得勘定も少しは働いたが、それ以上に純粋な”畏怖”を感じた。
完全に逃げ腰になった魔術師が、格上相手に勝てる可能性はほぼゼロだ。
「悪くない判断だ。それくらいの危機管理は出来たか……。焦らずとも、いずれ相まみえる機会はあるだろう。それまでにせいぜい精進することだ」
微笑を浮かべたヒルロイド将軍は、背を向け歩き始める。
他のローブ達はその後に続く。
何も出来ず立ち尽くす僕。
「セルムさんっ!」
ルディーデ君の声が聞こえる。
「追わなくてはっ!」
切迫したルディーデ君の声は聞こえていたが、僕は明後日の方向を向き――
「いや。いいんだ。……多分、無理だ……。これ以上は犠牲を出せない」
それが最善だと、自身に言い聞かせるように言ったのだ。
僕が魔神と呼ばれるようになった理由 麻田 雄 @mada000
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