第102話
――ベゼル様の失踪によりデアラブル国内の情勢は大きく変わった。
それもその筈、姿を消したのはベゼル様だけでは無く、国の要人から民間人に至るまで多くの者が同時に姿を消したのだ。
天変地異を疑っても良いレベルの出来事だが、大多数の見解はそこに向かなかった。
誰が言いだしたかも分からない『ベゼル様が新しい国を作る』という信憑性の無い噂が、瞬く間に国内全土に広まったからだ。
火消しも間に合わず、その時分に失踪した者達は、「皆、ベゼル様についていった」というのが通説となってしまっていた。
ベゼル様本人が居ない以上、この事件への怒りや不満は王族に向けられた。
その全てが失踪した者の関係者というわけではなく、元より王族に不満を持っていた者や、世論に流された者など、便乗して騒ぎ立てている者達も多かった。
そうなると当然、アルレ様も批難の対象となった。
身分にそぐわない継承権を得た事が混乱を生み出した原因だ、というような誹謗。
これもあくまで噂話でしかないが、そういった誹謗の裏には第一王女のイリス様が暗躍しているのでは?という疑惑も出ている。
確証は無いが理解はできる。
プライドの高いイリス様が、妹に序列で抜かれた事を静観している筈がない。
あの仲の悪い姉妹ならば、十二分に考えられる。
改めて王位継承権について説明をさせて貰うと、デアラブルの歴史上”王女”に継承権を与えられたことは無い。
前例は無いが、もし王女しかいない場合であっても、与えられるのは”準”王位継承権であり、王位継承権ではなかっただろう。
その違いとして、準王位継承権は王女の夫が王位を継ぐというものであり、自身が王になるものでは無い。
つまり、”女王”という存在を認められていなかったということになる。
だが、それはあくまで暗黙の了解でしかなく明確な規則では無い。
かなり確率は低いが、ベゼル様はそれを覆そうとしたのかもしれない。
当然「何の為に?」という疑問は残るが、酔狂者で知られるベゼル様ならば有り得ない話では無い。
王女という事もさることながら、人族とのハーフ。
だが、イリス様を除けば王族から虐げられる事も無く、むしろ寵愛を受け、国民からの支持も厚い。
この不安定な存在を王に据えたら国がどのように変わるのか?という事に興味が湧いたのだと言われれば、納得も出来てしまう。
そこには僕も少し興味があるからだが……。
同様の考えを持つ国民や貴族が一定数いる事も後に知った。
だが、そこもキレイ事ばかりではない――
それまでベゼル派であった貴族の一部がアルレ様に近寄ろうとする場面が増えた。
リオン派の中では頭角を現せない二流の貴族達である。
とはいえ十分に上級貴族なのだが、尚も『あわよくば下克上を!』と目論むような者達だ。
正直、キナ臭くて仕方ない。
味方?も増えれば、敵も増える。
おもむろに敵意を向けてくるのはリオン派よりも、イリス支援派。
これに関しては単なる妬みでしかない。
現状では、些細な嫌がらせ程度で済んでいるが、この先はどうなる事か……。
そんな中、国内の混乱を少しでも改善しようと、アルレ様は自らの意思を民衆に示す事にした。
王の誕生式典の中で、それを実行したのだ――
「ベゼル御兄様の件で多くの人々に不安を抱かせる事態になってしまった事を、私からも謝罪させていただきます。……そして、王位継承権第二位という身に余る権限を授かったうえでの、私の考えを述べさせて頂きます。……もし、そこに期待しておられる方々がいらっしゃるならば、先に謝らせていただきます。……私は率先して王位に就こうなどとは考えておりません。リオン御兄様が王位に就く事が摂理であり、最善であると考えております。決して継承権を軽んじている訳でもありませんし、放棄をするつもりもありません。そして、その覚悟も持っております。……ですが、それを強行しようなどという考えは一切持ってはおりません。どうか御理解ください」
適度に熱の籠った、嘘の無い演説ではあったのだが、国民の反応は賛否両論であった。
アルレ様の言葉を信じるか疑うかの二択だったとも言える。
先ずは、疑念を持たれた要因について説明する。
「何故、王になる気が無いのにベゼル様と継承権を賭けた勝負などをしたのか?」という矛盾が一番の議論対象に挙がっていた。
僕の虚言などは既に忘れ去られ、根幹についての議論がなされていたのが少し悲しい。
『率先して王になる気はない。だが継承権は放棄しない。覚悟はある』という言葉の断片を都合の良く捻じ曲げて繫ぎ、尾ひれ背ひれを付け、実はリオン様暗殺を目論んでいるのでは?という荒唐無稽な噂すら流れていたようだ。
鵜呑みにする者は少なかった思うが、疑念を生じさせたのは間違い無いだろう。
だが、これまでの王女の振る舞いとベゼル様の不敵さが幸いし「ベゼル様の陰謀をアルレ様が阻止したのではないか?」という逆説的な噂も流れていたのが多少の救いだった。
実際はベゼル様を引かせる為の単なる脅しだった、などという弁明は今更出来ないだろう。
おそらく信じて貰えないだろうし、逆に反感を買いそうだ。
それが真実なのだが……。
答えの出ぬまま噂は噂の域を出る事なく、大きな事件は起きなかった。
だが、王族批判の全てが終息した訳では無く、ベゼル様の一件を皮切りに、それ以外の問題もある事ない事取り上げられ、国民の王族に対する不信感は日増しに強くなっていった感もある。
国としても、信頼回復の為の活動や、目立たぬように反乱因子の粛清を行っていたが、効果はいまひとつといったものだった。
そんな不安定な情勢が続くデアラブル――
王位継承権第二位・第二王女アルレ・アデレード。
その肩書を授かってから数えて、四年の月日が流れていた――
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