第97話
司会の合図と共に僕は壁に手を触れ、魔力を注ぎ込む。
イメージとしては、先の巨大な砦のような壁を破壊したときに近い。
だが、実際に同じモノを発動させる訳では無い。
多少回復出来たとはいえ、残りの魔力は少ないうえに、先程のような贅沢な結晶の使い方も出来ない。
それにあんな術をこの場で発動したら、それこそ大惨事だ。
休憩時間の間に司会が、今回の延長戦で使われる障害の概要を説明してくれた事で、僕も理解した。
どうやらこれも新技術を使用した障害らしい。
この壁には特殊な術が施してあり、受けた魔術とそれにより発生するエネルギーを”仮想魔術”として吸収?変換?できるらしい。
その仮想魔術エネルギーを遠隔にてトールスの前の壁とぶつける事が可能らしい。
言ってしまえば平和な形での力比べ。
この技術をどう応用する気なのかは知らないが、これまた地味にすごい技術だ。
こんな物があるなら、本当にこれのみで決着で良かったのに……。
いまさら何を言っても仕方が無いことではあるが……。
そんな事を考えながら魔術を発動すると、壁が発光する。
観客には伝わらないかもしれないが、術者側には感じ取れる感覚があった。
トールスの魔力と間接的に衝突し、相殺しあっている。
互いに魔力の押し合いをしている状態で術が発動できないのだ。
…………
…………
長い!!
互いに死力を尽くしながら、拮抗した状態ではあるのだが、動きは無く、見ている側はひどく退屈だろう。
勿論、周囲を気にしている余裕は無いのだが……。
既に魔力は限界。
意識が朦朧としてきた。
また魔力枯渇で倒れるのではないか?
今度こそ本当に死ぬかもしれない。
こんな闘いをしている事に意味はあるのか?
この勝負に負け処刑されたとしても、ただそれだけの事。
意地を張って死んでしまっても結局は同じ。
死は畏怖しているが、覚悟が無い訳でも無い。
いつ死んでも、殺されても、文句は言えぬ身の上だ。
それに、本当に殺されるかどうかも分からない。
生きながらえベゼル様の配下になったとて、それもまた、それだけの事だと諦められる。
僕にはどうする事も出来ない。
セントラルに配属された辺りからだったか、僕は諦める事に慣れていた。
ガルブでの経験から、己の矮小さを自覚したのだ。
追い打ちをかける様に起きた脱走事件。
結局僕は何者でもなく、この世界で生きている”生物”の一つでしかない。
色々と自己主張している”振り”はしているが、その実、そこにあまり信念は無い気もする。
否定されれば「ああ、そうか」と難なく妥協出来てしまう事ばかりだ。
その方が気が楽だし、傷つく事も少ない。
通ればラッキーという程度。
積極的な消極性。
今回も、もういいか。
もう、十分恰好はついたし、頑張った。
僕は魔力を緩めようとした。――その時
「ゼルムっっ!!頑張るのじゃっ!!気合じゃっっ!!」
ふと、声を枯らすように白熱した王女の声が聞こえた。
しかも、みっともなく地を出している様子だ。
一瞬、王女達の居る場所に視線を送る。
余裕など少しも無いのだが、微弱に遠視へと魔力を割いてしまった。
王女の白熱している様子が確認できた。
だが、声が届くのには違和感を感じる……まぁ、大方、ミレイが何らかの魔術を使ったのだろうと推測は出来るが……。
外部からの魔術干渉など、反則負けどころか下手をすればもっと大事になってしまうかもしれない。
が、下手をしないのがミレイか……。
「まったく、危険な事を……」と、少し呆れた。
境遇は違えど、同じように諦めを前提に生きる王女に対し、それが摂理ですと説けるほど、自身の人生を肯定している訳ではない。
諦める事を体現して伝えるのも大切な事だが、正解とは言いたくない。
導く大人の一人として、ここは可不可は関係無く、意地でも戦い抜かなくてはならない場面ではないだろうか?
朦朧としていた状態から、少し正気を取り戻し始めた。
限界を迎えていた筈だが、何故だか思考が明瞭になり、感覚が鋭くなった気さえする。
とはいえ均衡を保った状態は変わらない。
しかし、いくらなんでもトールスの”魔力”がそこまで急成長する筈がない。
となれば術式でここまでの均衡を保っているのだろう。
上から目線だが本当に凄いな。
……あれ?そういえば確か、小結晶が一つ残っていたか?
思い出し、腰に付けた袋から小結晶を取り出そうと壁から片手を放した瞬間――
『ずっと邪魔な存在だった』
突然、トールスの声が頭に響き、彼の方を見る。
必死の形相だ。
とても、遠話魔術で会話をするというような雰囲気では無いように見えた。
だとするとこれは、魔術を介して彼の思念が伝わってきているのかもしれない。
しかし、僕にそんな力は無い……。
壁の機能か?なら何故今更?
一瞬均衡を崩したことにより、やや魔力で押されたという事か?
困惑している間も、トールスの声は流れ込んでくる。
『セルムさえ居なければ世間から陰口を言われる事も、父に蔑まれる事も無かった』
『家柄じゃない。僕の力だと誇る為には、勝つしかない』
『勝って、セルムには消えて貰う!』
…………
思考が停止した。
今、僕に伝わってきているものが、どういうものか理解するのを本能的に拒絶している。
思考操作系の魔術を掛けられたのかも!?と考え、自身の腕を強く噛んでみたが、痛覚を感じ、血も出てきた。
幻覚の類では無さそうだ。
だが、幻覚であって欲しい。
素直にそう思った。
今が勝負の最中とはいえ、伝わってくるものの中には”友人”を感じさせる言葉は一つも無かったのだ。
境遇による苦悩があるのは知っていたし、ベゼル様の配下である以上負けられないのも分かる。
だが、僕はトールスの事を親友の一人だと思っていた。
学生時代のそれは、全て偽りだったのか……?
ずっと僕の事を疎んでいたのか?
この思念の流れ込みを早く止めたかった。
これ以上聞きたくもないし、僕も背負っているものがある。
「くそっ」
小さく呟き、単純な怒りとも違う複雑な心情で、ありったけの魔力を込め、八つ当たりするかの様に手に取った小結晶を壁に押し付けた。
壁は一瞬、眩い光を放った。
その後、光は消え、静かに壁は崩れていった。
――勝負が決した瞬間だ。
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