第96話
「ここでアルマンド様も到着!分からなくなってきました!!」
司会の声が城内に響く。
現状、ほんの僅かではあるが僕がリードしている。
最後の力を振り絞ろう。
歩調を速めると、目の前に壁が現れる。
まだあるのか!?と、うんざりしたのだが、サイズは今までのものより圧倒的に小さい。
僕の背丈ほどしかない貧相なものだ。
流石にこのくらいならば、いくら僕でも術式と生身の魔力で……。
「御二方、お待ちください。ここからは延長戦です!この場にまで勝負がもつれ込んだ場合にのみ適用される最終関門となっております。先ずは、ルールを説明させていただきます」
司会の声に僕は記述しようとしていたが止めた。
トールスの方へ視線を移すと、魔法陣から出たばかりのトールスの前にも壁が現れている。
「この最終関門は今までの壁とは違い、双方の力の衝突、つまり壁に向かって放つ魔術が相手の威力を上回れば目の前の壁が壊れる仕組みになっております。壁自体に魔力結晶が仕込んでありますので、そのまま魔術の発動が可能です。また、残った魔力結晶を使い増幅するのも反則ではありません」
なるほど、そういう事か。
というか、こんなものが有るなら最初からこれ一つで良かったのでは?という疑問に至ったが、概要を決めたのは僕等だった。
こんな物がある事を知らなかったのだ。
それに催事としては盛り上がりに欠けそうだしなぁ……。
「それでは御二方、暫しお時間を取りますので記術をお願いいたします。ご観覧の皆様もお休みください」
司会の指示に従い壁に記術を始めた。
――が、すぐに終わった。
力を増幅させ、点に集中する記術など簡単なものだ。
小難しい記術は今の僕には逆効果な気もするし……。
結晶の残りも小一つ。
悩みようがない。
トールスがより多くの結晶を残していたら多分、簡単に力負けするだろう。
今更考えるだけ無駄か。
空いた時間で少しでも魔力が回復するような術式を組みたかったが、回復系の魔術は僕が最も苦手とする分野。
大人しく単純な休息を取ろう。どうせ大した時間では無いはずだ。
僕はその場に寝転び目を瞑った。
…………
結構長いな。
トールスはそんな手の込んだものを作っているのか?
それが終わるのを待っているならば、やや不公平さを感じてしまうぞ?
いや、単に僕が手を抜きすぎているだけなのか?
一応休めている訳だし、不利益は無いという事か?
ってか、元々は競争だった筈。
前提条件が忘れられているような……。
という、身も蓋もない事を考えていた。
…………
あまりに長い準備時間が流石に気になり、瞑っていた目を開け、トールスの様子を伺おうとした。
「……ねぇ、セルム」
僕はいきなり声を掛けられ大袈裟に驚く。
声の方向に目をやると、そこにはトールスが立っていた。
「おっ!おう。トールスか。準備は終わったの?」
かなり動揺したが、今は勝負の最中の筈だ。
いったいどういう状況だ?
「……うん。流石にね」
「なら、なんでここにいるの?」
「……今は……観客や来賓の休憩時間だから」
「えっ!?そういう事だったの?」
「うん……。司会もそう言ってたよ。この時間は……僕等の為のものじゃない」
「そう……か。気楽なもんだな。観客なんて」
僕は力無く、乾いた笑いをした。
ってか、本当になんだ?この状況。
「…………ごめん」
トールスは俯き、小さな声で言った。
「何が?」
僕は冗談めかしながら、反笑いで答えた。
トールスの謝罪の意味が分からなすぎる。
「……色々、と……だよ」
トールスは重く、深い口調で言った。
捉え方次第で意味が大きく変わるのだが……。
「文句を言うつもりは無いけどさ……。謝られる以上、何に謝っているのか聞いてもいい?」
僕が命を賭けて臨んでいるという事を理解しているであろうトールスには確認しておきたい。
理解しているという事は、間接的ではあるが、僕を殺そうとしているという事なのだ。
自身も命が掛かっているとか、家族・恋人の命が掛かっているとか、何かそういう僕も納得せざる負えない理由を期待している。
「……それは言えない……少なくとも……今は」
よく考えれば、僕がそれを聞いてしまえば、僕も戦い辛くなるだろう。
それを気遣ってくれているのか?
考えれば考えるほど、今度は僕が戦い辛くなる……。
「そう……か。まぁ、聞いたところで僕も負けられる訳じゃないし……」
その実、この言葉は自分自身への戒めだ。
「うん……。だから……お互い、全力で」
「ただ、ぶっちゃけ、今のトールスに勝てる気はしないけどなぁ……」
「…………本当に、そう思ってる?」
トールスは更に声のトーンを下げた。
それまでとは毛色の違うものにも感じられた……。
「あっ、あぁ、だって魔大の教授だろ?」
「だから何っ!?セルムはっ…………いや、いい」
「……んっ?ああ」
「君がどういう状況であっても、僕は手を抜かない。……その為に今、ここにいるんだ」
トールスはそう言い残し、元の位置に戻っていった。
苛立ちを露わにしていたトールスを見て、自身の発言を顧みた。
何か間違えたのか?
高等習院時代、トールスは魔術で総合首位の成績だった。
学科別で見ても、医学と破壊学以外では全て首位。
医療は特殊過ぎて特化した者に敵うのは難しいが、魔術の花形の一つである破壊を落としていた。
そして、破壊学の首位は僕。
術を全て力でねじ伏せた結果だが……。
当時、そのような素振りを見せる事は無かったが、彼なりに思うところがあったのかもしれない。
もし今も”その事”を気にしているのであれば、先の台詞はあまりに軽率で、失礼なものだった気もする。
舐めている訳では無いが、本心ではこの分野で劣ってるとも思っていないのだ。
いまさら言い訳したところで、納得して貰えるとも思えないし、むしろ逆効果かもしれない。
僕の考えすぎだと思わない事も無いが……。
「お待たせいたしました。延長戦を開始させて頂きます。御二方、壁の前へ御移動お願いいたします」
会場内に司会の声が響く。
悩む僕の都合などお構いなしだ。
だが、魔力と体力は思っていたよりも回復した感覚がある。
これならまだいける……気がする?
ゆっくりと壁の前へと進む。
トールスの方に目をやると、同じく壁の前に立っていた。
仕方ない。今は全力で勝つ事のみを考えよう。
それがトールスの望みであるようだし、乗ってやろうじゃないか。
「御二方、準備はよろしいでしょうか?」
司会の声に、僕は小さく頷いた。
「では、始めて下さいっ!!」
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