第75話
ガウェン様のエスト領主就任式典が開始された。
現在は、特設舞台の壇上にアモン様が立ち、挨拶を行っている。
その後方に用意された椅子に座っているガウェン様、と、更にそこから少し離れた舞台袖のような場所に立っている僕、ルディーデ君、ウォレンとその他数名の側近達。
今のところ順調に進行している。
別段、変わった様子は無い。
不審人物の情報や、開始前後のトラブルも報告されてはいない。
このまま何も起きず無事に終わってくれる事を祈る。
舞台上には、招待された有力貴族達と、弟君ウェラール様、そして驚いた事にベゼル様の姿があった。
予定の中には王族からの祝辞も入っており、それをベゼル様が執り行う事になっているようだ。
てっきり、王かリオン様が行うものかと思っていたが予想外だ。
僕の知る限りベゼル様とイリス様はあまり外交の場に出てくる事は無い。
なんにせよ舞台上に王族が居る以上、警備はより強固になっているだろうし、まず僕の出番は無いだろう。
アモン様が挨拶を終え、入れ替わるようにしてガウェン様が席を立ち、壇上へ。
壇上に立ったガウェン様は、一拍置いて、眼前の民衆を見渡す。
瞬間、舞台近くの民衆から悲鳴があがる。
会場内に緊張が走る。
警備の者達が駆け寄ろうとするが、混乱する民衆に阻まれ近付く事が出来ない。
間を置かず、何処から現れたのか身軽に壇上へ駆け上がりガウェン様に襲い掛かるローブを纏った者。
それを瞬く間に壇上へ駆け寄っていたウォレンが切り伏せる。
が、同様の者達が数名、舞台へ向かってくる。
ルディーデ君や、他の護衛達も既にガウェン様を囲むように身構え、後続の者達と対峙する。
それ以外の護衛は舞台上の要人達に避難を促している。
可能性があったとはいえ、状況を鑑みて油断していた。
ガウェン様の懸念は当たっていた、というよりも本当は何か確信めいたものでもあったのではないか?
などと悠長に考えている余裕は無い。
民衆の集まっている場所で小規模の爆発が起き、混乱は更に大きくなる。
舞台付近は既に護衛と賊の白兵戦が始まっている。
僕が出来る事といえば魔術関連の対策。
魔術系の襲撃を察知する為、一応は魔力感知を張ってはいたが、今はそこに集中し、その範囲と精度を高める事にした。
適用範囲は魔力量に依存する為、真剣に臨めばこの会場全体くらいは感知圏内に収められる。
外からこちら側に向けられる魔術を相殺するくらいしか僕には出来ないか。
とにかく、今は出来ることをやろう。
心を静め、集中を始めようとした瞬間、すぐ近く、舞台上から感知を使うまでもないほど強い魔力反応を感じた。
魔力反応の場所に目を遣ると、床におもむろに転がっている、かなりの高出力を込められた大きめの魔術結晶が淡く輝いていた。
すでに光を放っているという事は間もなく発動する。
術の詳細は不明だが、この舞台くらいは軽く効果範囲内となりそうなほどの魔力。
味方の防御系魔術の可能性もあるが、そんな事は何も伝えられていないし、違った場合は……。
物理干渉系の魔術だった場合は、甚大な被害が出るだろう。
要人達の避難は済んだようだが、肝心のガウェン様や護衛兵達はまだ壇上近くに多数居る。
考えている暇は無い、イチかバチかだ。
間違っていた場合にはガウェン様にどうにかしてもらおう。
僕はその結晶を拾い、ありったけの魔力を込め握り締めた。
可能かどうかは分からないが、超小規模・超高密度の障壁で抑え込む。
物理干渉を狙った魔術で無かったとしても、これなら効果を封じられる筈。
勘でしか無く、試した事も無いけど……。
傍から見たら、この騒動の中で棒立ちしているように見えるかもしれないが、必死で戦っているんです。
誰も気にしていないと思うが……。
「あっっつ!!」
結晶は掌の中で小さな衝撃と熱、光を一瞬放ち、緩やかに輝きを失い砕けた。
やはり物理干渉系の魔術だったか……。
完全に封じる事は出来ず、軽く手を火傷した。
おそらく大した威力だったのだとは思う。
自画自賛だが、もし僕じゃ無かったらどうなっていた事か。
などと少しだけ、したり顔をしていると、周囲の大勢も決した様子だ。
賊の数は少数だったようで、割とあっけなく事態は収まった。
もし魔術が切り札の奇襲だったとするならば、それが封じられた段階で作戦は失敗だったのだろう。
なら僕の隠れた功績という事か?
そんな事で下手に目立つ訳にもいかないので、黙っておこう。
一応、ガウェン様だけにはこっそり報告しておくか……。
恩も売れるし……。
しかし、もしそれが本命だったとするならば、なぜ大袈裟な襲撃なんかを……?
襲撃は仕掛ける為の目くらましか?
いや、それなら……。
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