第40話 戻ってきた

「嬢ちゃんよ! パスタをそんな食べ方で食べるんじゃないよ!」


「別にいいじゃない。迷惑かけてるわけじゃないんだし」


「そんな飲み方じゃあビールがかわいそうだ。べたべたしゃべりながら飲むんじゃねぇ! 一気にごくごくっと飲むんだよ!」


 食べ方にうるさい偏屈な料理人。こっちが楽しくしゃべったり、ゆっくりしていたりすると「こんな食べ方は邪道だ!」と騒いできたのだ。


「すっごい腕があるんだけど、すっごい偏屈」


「わかるわ。この手の人って、たまにいるのよね」



 やれやれといった感じで苦笑いする女の人。

 たまにいるのよね、食べ方へのこだわりが強いコックの人。たまにいるのよね、癖が強くて──頑固おやじみたいな気質の人。どう反応すればいいか、ちょっと困っちゃう。


 さらに、こんな人もいた。


「オリーブオイルは最強。オリーブオイル尽くしの料理をご覧あれ!」


 すっごいオリーブオイル好きの、背の高い若い男の人。

 ステーキにパスタ、色々と料理はあるが、どれもオリーブオイルを使っている。

 どんだけオリーブオイルが好きなのよこの人。


「まあ、時には変わり者だっているわ」


 苦笑いして、あきれ顔の女の人。それわかる。どこの世界にも、ブリタニカだって変なこだわりを持つ人はいる。こういう人とも、うまくやっていかないといけないのも大変なところよね。


 料理自体は、それなりに美味しかった。けどいろいろ考えさせるところもあったわね。

 満足して食べ終わった皿を渡したあたりで、戻らなきゃいけない時間になった。


 早く戻らないと。



 そして、私はコルルとヒータのところに速足で歩を進めていった。

 宮殿の庭の隅で、香ばしい香りが漂う。クンクンと嗅いだだけで、濃厚な肉や海鮮の香りが鼻腔を刺激している。


 そこでは、何人もの人だかり。そして対面するようにコルルとヒータが忙しそうに料理を切り盛りしていた。後ろから近づいて、声をかける。


「あっアスキス様!」


「今までありがと! 交代しましょ」


 コルルが額の汗をぬぐって言葉を返す。相当料理や接客で疲れていたみたいね。

 それだけ消耗が激しかったのだろう。


「でも、私はまだ料理を作っていたいです。次はヒータの番です」


「わかったわ」


 ヒータは自分の髪を撫でた後、ご機嫌そうな表情で料理場のスペースから引く。その場所に私が入った。


「じゃあヒータ様。行ってらっしゃいませ」


「ありがと。しっかり楽しんでくるわ」


「おいしい料理──いっぱい食べてきてね。今までありがと」



 ハイタッチして、お礼を言った。嬉しそうにこの場を去っていくヒータ。本当に頑張ったわね。

 しっかり楽しんでいってね!


「ありがと、ここからは私の番ね」


「ありがとうございます。結構繁盛してましたので、大変ですよ」


「大丈夫、乗り切って見せるから」


 強くこぶしを握って、気合を入れた。それから、どこまで料理が終わったのかの引継ぎ。

 へぇ~~ここまでやってるんだ。すごいじゃない!


「早くくれよ、やっぱ食いたいものと言ったら肉だろ!」


「おまけにあのミノタウロスで絶品と評判なんだろ」


「はいは~~い、ちょっと待ってて」


 まずは、ミノタウロスの肉。美味しいステーキだけあって人気でリクエストが多いらしい。これから作らないと。え~~と、ヒータはここまで調理を完成させているのね。じゃあ焼くところから始めようか。


 あらかじめ用意しておいた角切りにしてある肉を串刺しにして、秘密のたれをかける。たれが肉全体にかかったのを確認して、バーベキューのようにして焼いた。


 肉が焼けるごとに、香ばしい香りと甘辛いたれの香りが鼻腔をくすぐってくる。


「パスタはどう?」


「もう出来ます!」


 コルルも手際が良いのか早めにパスタが出来上がった。さすがね。私もみんなに届けないと。

 出来上がった料理にもう一度タレをかけて大きな皿に山のようにして置いた。


「ミノタウロスの肉のステーキ、出来ましたぁ~~どうぞ食べてください」

「ミノタウロスの肉? 美味しいと評判なんだろ。食べてみてぇ」


 周囲の人、いい香りも相まってみんな肉が刺さっている串を取っていく。そして口に入れるなり、そのおいしさに舌鼓を打った。


「すげぇぇ、脂がトロットロ。初めて食べたぜこんなの」



「美味しいわ。どんな味付けしたの? 教えて教えて」


 すごい大好評。みんな喜んでくれてとても作った甲斐がある!


「肉自体の味もそうなんだけどさ、たれもいいよな。さっぱりしていておいしい」


 それはわかる。味見がてらに、出来た肉を一つ食べてみたが、まさに絶品といった感じだった。


 脂が適量に乗っていて、とてもおいしい。柔らかくて、舌に触れただけでとろけていきそうだ。周囲の人達もそしてタレ──私たちが夜遅くまでかけて開発した特製のたれだ。


 砂糖や蜜だけでなく、フルーツの果汁を多めに使って甘酸っぱさを引き出している。エフェリーネから、フルーツを使って甘さを作るのは難しく上級者向けだと教えられた。


「かなり時間がかかるわ。調整とか大変だし」


「でも、やってみたい。フルーティーなさわやかさと、濃厚なお肉って絶対会うと思うわ」


「まあ、その代わりしっかり作ればすっごい絶品になるから、やってみましょう」


 無難な味付けでもいいけど、ミノタウロスの肉は脂が強くてこってりしてるからフルーツ系のさっぱりとした味はとても合うと思う。

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