第20話 空間も、香りもすべて──
コルルは、じっとレイノーを見つめながらさらに言葉を進めた。
「料理までの時間だってそうです。あなたは自分が良い料理を提供するまで彼らに対してどうしてました? カビール家の人たち、かなりストレスを感じてましたよ。貴重なフランソワ王国での滞在時間、なのに何時間も待たされて」
「しらねぇよ、そんなの俺のやることじゃねぇし」
怒鳴り散らすレイノー。ぐぬぬと言わんばかりに歯ぎしりをしてまだ納得いってないようだ。
「だからダメなのよ! 何も考えずに部屋に入れて待たせて」
「おめえらだって待たせてたじゃねぇかよ!」
「いいことを教えてあげましょう。これは私の両親から教わったのですが、お客様にはこういう心理があるのです。部屋の外や待合スペースで待たされているときは自分はまだ客ではなくサービスを受ける立場ではないと考える傾向があり、逆にいったん客席につくと何のサービスもされず放っとかれるとストレスを感じてしまう傾向が強いんです」
そう、これも私たちの戦略。コルルの言葉は、私とヒータにも思い当たりはあった。だからできるだけここに入れないで、私が会話をして待たされるストレスを和らげていたの。
コルルはよく理解していた。ブリタニカ王国でもただ自分のことをこなすだけでなく、周囲のことや人々の表情や感情を理解し、周囲を喜ばせていた。
「そういったこと、考えていましたか? 私たちは考えてましたよ、できるだけストレスを受けないよう話す人まで設けて工夫してたんです」
「しらねぇよ! だから俺の仕事じゃねぇって言ってんだろ」
「それなら結構です。とりあえず、結果を聞きましょうか。どちらの料理が良かったのか」
「みなさん、どうだった?」
一応、カビール家の人たちの方を見て聞いてみる。彼らは、互いに視線を合わせて意思を確かめ合った後、ナサルの妻が笑顔になって答え始めた。
「もちろん、味という点については優劣つけがたかったです。レイノー様のステーキも今までにないくらいおいしかったですし、また食べてみたいと思っています」
「当然だろ」
「しかし、3人の料理はそれを超えました。アイデア、そして空間。すべてが織りなす時間は最高の物だと感じました。他の人たちの感想も聞いてください」
そして、彼女は視線を家族たちに向ける。ナサルや子供たちが喜んだ表情で答えた。
「すごい、こんな料理初めてだ。香りが付くだけで、味まで変わっていくとは」
「香りつけ、いいアイデア。お話も楽しかった」
「確かに、私今までおいしい料理をどうすれば作れるか考えたんですけど、そっちの発想までは思い浮かびませんでした」
「私もよ。最初聞いたときは驚いちゃったわっ」
結果は──聞くまでもなさそうだ。満足げな、みんなの表情。
ヒジャブを着た女の人が言った。
「皆さんアスキス様の料理──それだけでなくそこまでの流れに大変満足しています。本当に素晴らしかったです、こんな素敵なもてなしは、生まれて初めてでした」
「勝負あったわね。一応……どっちが良かったか聞いてみる?」
ヒータがジト目でちらりとレイノーを見る。レイノーは大きく息を吐いて、額に手を当て行った。諦めたような物言い。
「わかったよ、認めればいいんだろ……俺の負けだよ、すげぇよお前たち」
「その通りだ。料理は甲乙つけかたかったが、3人の方が過ごしている時間そのものが素晴らしかった。その差で、アスキス達の方が素晴らしかったと、自信を持って言える」
そのナサルの言葉に、緊張していた心が揺らぐ。
「やった──」
「やりましたね」
「まあ、この私がいるんだから当然よっ」
そしてコルル、ヒータとハイタッチをする。本当にうれしくて、舞い上がっちゃうくらいだ。
そして、ヒータをぎゅっと抱きしめた。それからほほをすりすり~~。
「ちょっと、やめなさいよっ!」
「いいじゃないいいじゃない。すごい嬉しいときなんだから!」
「私も、とても嬉しい気持ちです。みんなでつかんだ勝利。誇りに思います。互いに喜び合いましょう」
それからも、ヒータは笑ってコルルと手を握った。私もコルルを優しく抱きしめる。
ヒータの表情が緩んで笑みがこぼれ始めた。顔をほんのり赤くして、かわいい表情ね!
「ヒータも喜んでる。いい表情してるじゃない!」
「別にいいじゃない! 私が喜んで何か悪いの??」
「そうじゃないです。ただいつもすんとした表情だったので、心から嬉しそうなのがすごい新鮮なんですよ」
「ちょ、ちょっと、からかわないでよもう。私のイメージが台無しになっちゃうじゃない!」
ヒータは慌ててあわあわと手を振って、顔を真っ赤になった。そしてそっぽを向いてしまった。なんというか、微笑ましい。ヒータのかわいいところがなんとなくわかってきたような気がする」
はしゃぎあって、じゃれあって──今は勝利の、喜びを分かち合う。
実は、スターゲイジーパイの香りつけがうまくいくか不安があった。ふつうはあんなに甘くしないし、甘い生地に合うジャガイモや魚があるか心配だったのだ。
結果的に成功だったものの、食材が合わず微妙な味になってしまう可能性だって十分あった。だから結果的にぴったりハマって本当にほっとした。
「アスキス様、それと話があるのですがよろしいでしょうか?」
そんな風に喜びながら抱き合っていると、ナサルが話しかけてくる。何かな?
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