3話 星の獣

 仮面越しに映る景色のなか、目に入った光景に、ジグルゼは言葉を失い立ち尽くす。

 自らの軍服に広がる赤い血が、さらに言葉をなくさせる。

ファフニールが救ったはずの、守ったはずの、助けたはずの人間が、いとも簡単にピストルを手に握り、その引き金をあっさりと引く。それはあまりにも、地獄のような光景だった。


 銃声は静寂を駆け巡り、瞬時にジグルゼ達の耳に入った。

 まるで失敗したジグルゼを嘲笑うかのようなその発砲音と、それと同時に飛び移った赤い血は、言葉を失わせるにはこれ以上ないほどに、完璧なものだった。


 そう、それこそ、ジグルゼの情緒を、簡単に狂わせるほどに。


「ジグルゼ!!」


 異変に気が付いたのか、いつもは優しい口調で気さくに話すティレイが、声色を強く変え叫び声でジグルゼの名を呼ぶ。が、その声は彼に届かない。


 今、ジグルゼの目に映っているのは、自らの役目を取り戻し、ピストルを握りしめる何百人もの”人間”だった。

《ウィザード》を憎み、嫌悪し、排他してきたもの”人間”、二百年積み上げられたその排他の歴史は、一度の救いでは、旗色を変えることはない。


 その光景に、ジグルゼは目を怒りで染めた。彼らの命を救ったはずの自らの上官に弾丸を放ったそのどうしようもないほどの悪意、それを青年は許せなかった。

 

 そんなことは知らず、”人間”は尚も雨を降らせる。少しだけ重い鉄の雨、それが孕むのは、自らを救ってくれた《ウィザード》という存在への疑問。しかし、それをもってしてもなお、”人間”は放った。

 それが使命だと言わんばかりに、両目を黒く染めながら、必死に引き金を指で引いた。


「おまえらぁぁぁぁぁぁあ!!」


 その叫び声は、鉄の雨すら一瞬怯えたようにその場で落ちるほどに重さと思い、怒りを握りしめ、当たり一帯に響き渡る。


 ティレイは分かっていた。ジグルゼが正気ではないことも、始まったこの小さな戦争を、もう止めることができないことも。


 「ぶち殺してやる」


 ジグルゼの口からあふれ出たその言葉は、頭の中に浮かんだままに呟いてしまったどうしようもない本音、そしてその言葉と共に、ジグルゼの仮面にひびが入った。


「《獄炎インフェルノ》」


 それは、存在するはずのない魔法。地獄の炎は、異界文書ですら、その頭角を現していない。が、しかし、少年の言葉と共に、魔法陣を介さずとも現れる黒い陽炎は、果てしなく地獄を演出していた。


 あるはずのない魔法、それを可能にしたのは、ジグルゼの才能とその怒りだった。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 下賤な叫び声、気品がなければ知性もない、しかしその声は何よりも純粋で、獄炎はまるでジグルゼからあふれ出るように、《サテライト》の中、”人間”めがけて放たれた。


「魔法陣が…ない…」


 ティレイの目に映ったその光景は、あまりにも異常だった。

 放たれた黒い炎は、まるでジグルゼの体を介して地獄からあふれ出る業火は、まるで、魔力が漏れ出しているようだった。


「虚獣…」


 その光景に真っ先に思いついたのは、虚獣の姿だった。

《ウィザード》と虚獣の魔法の発生原理は結果を同じくして過程は全く違う者である。


 例えば、

 魔力がお金だとして《ウィザード》は魔法陣というレジに魔力というお金を通して魔法を買っているようなもの。

 それに対して、疑似魔法と呼ばれる虚獣の魔法は、お金を無理やり魔法へと変換しているようなものである。


 そして今、ジグルゼからあふれ出る黒い炎、その姿はまるで、生まれたばかりの虚獣が無理やり魔法を作り出したようにティレイの目に映る。

 

 そしてその姿に”人間”は逃げ纏う、はずだった…


「に、げ…ろ」


 その言葉を発したのは、いつ息絶えてもおかしくないファフニールだった。

 胸から血を流しながら、半開きの目で、炎を放つジグルゼにそう呟く。


 その声は、業火が放たれる今際の際、悲鳴を上げない”人間”と、ただ眺めることしかできない《ウィザード》によって作り出される静寂に響きわたり、ジグルゼに正気を取り戻させる。


「に、げろ…」


 尚も放たれるその言葉に、ジグルゼは疑問を抱く、目の前に広がるは自らが作り出した地獄。その文字を一文字も違えることなく放たれた獄炎、逃げるのは人間の方じゃないのだろうか、呆然とジグルゼはそう思った。が、しかし、数秒でその考えは覆った。


 獄炎は、呆然と立ち尽くす”人間”を焼き尽くしその場を地獄へと変えるはずだった。が、しかし現実は違った。


 ”人間”へと向かう獄炎の前に、暴走し機能を失ったはずの戦闘機が立ちふさがる。そして、まるで喰らいつくすように、向かってくる獄炎を、吸収した。


「…ルナリングシステム…もう、実用段階だったのか…」


 自分の目を疑う様にティレイがそう呟くころには、放たれたはずの獄炎はもう、戦闘機に飲み込まれていた。


 その光景を同じく目に移した”人間”達は、まるで勝ち誇ったかのように笑顔を顔に貼り付け、手を叩く。

 響き渡る拍手、回りだすガトリング、動き始めた戦闘機は、ジグルゼ達をもう一度絶望させる。


「まだ間に合う!ジグルゼ、いますぐここを!!」


 ティレイがそう叫んだ、時にはティレイ以外の全員はもうその場を離れていた。

 

 放たれた獄炎とそれを吸収する”人間”の武装、もはや生身の自分たちが生き残るすべはそれしかないと、逃げおおせた彼らは理解していたのである。


 そして残った3人はもう一度雨に打たれる。


 空気に貼り付ける魔法の壁に、ヒビが入っていくのがわかる。だがもうそれをどうにかする余力も、3人には残っていなかった。


 怒りと嫌悪を織り交ぜた思い雨が、壁を今にも割ろうとする。

 響きわたる衝突音は、拍手と息を合わせるように重なり、3人の最後の抵抗を、その悲劇をたたえるようにすら聞こえる。


「すみません…俺のせいです…」


 響き渡る喝采の中、壁の中でジグルゼが呟いた。

 後悔と涙、そして乾いた怒りが交るその言葉は、喝采の奥で、確かに2人のッ身に響いた。


「お前のせいじゃ...ねぇ」


「そうだよ!!こんなの何もジグルゼのせいじゃないよ!!」


 息を散らしながら言葉を吐く二人の口からは、赤い血が飛び散る。

その光景は、放つ言葉と裏腹に、ジグルゼにさらに責任感を感じさせる。


「ごめん」


 涙と共に吐き出されたその言葉が二人の耳に届いた瞬間、優しく、寂しそうな魔力が二人を包む。


「逃げてください。二人とも、あとは俺が、なんとかします」


 その言葉が聞こえるころには、二人の目に映るジグルゼの姿はもう神んするのが難しいほど小さく。


 無理やりジグルゼの姿を見ようとすると、その先では一人抗おうとするジグルゼの姿が映る。


「《雷魔法 轟雷ロア・サンダー》」


 寂しそうな雷が空を穿つ。が、その魔法も、あっけなく戦闘機に捕食される。

 さきほどの獄炎の感覚が抜けきらないジグルゼは、今や魔法の発動方法は虚獣と近くなっていたのだ。


「くそがぁぁぁぁ」


 その叫び声は無理やり逃げさせられた二人の耳にもはいるほど大きく、叫びながら我武者羅に持てる魔法のすべてを吐き出すジグルゼの姿を、二人は目に入れることしかできない。


「ファフニールさん、すいません」


 そう言い残すと、ファフニールの傷が悪化しないように血反吐を吐きながら魔法をかけ、無理やりにもジグルゼの場所へとティレイが向かおうとしたその時だった。


―——ドゴンッ!!


 《サテライト》の中に、大きな爆発音が響きわたる。それと同時に地面が揺れ、乱された《サテライト》の重力が生きるすべての人々、そこにあるものにのしかかり、ジグルゼに放たれていた何百発の弾丸も、あっけなく地面に落ちる。


 そして、のしかかる重力に地面に這いつくばりながら、爆発音の咆哮を眺めると、その場にいた全員は、言葉を失った。


 必死にピストルを放つ”人間”、逃げ出した《ウィザード》、我武者羅に戦うジグルゼ、血反吐を吐きながらもジグルゼのもとへと向かうティレイ、彼らが平等に目にしたのは…黒いからだから青い血をたれながし、次の獲物を求めてさまよう星の獣の姿だった。


 


 

 



 

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