2話 世界の形
虹を描いた飛行機雲、いくらそれがきれいでも、数時間後にその場が成したものは、ただ世界の形の汚さを表しただけだった。
「伏せろ!!」
その場にファフニールの声が響き渡ったのは弾丸が放たれる数秒前、虹の美しさに看取れなかったファフニールだけが、その弾丸に抵抗することを許された。
声が響き渡ると同時に、ファーフナー隊のメンバーは全員身体を伏せさせるが、それ以外の《ウィザード》は数秒、その言葉の重大さに気づくのが遅れる。
”人間”に張り付いていた笑顔は、形をそのままに、握られた意味を変える。憎悪、嫌悪、積み重ねられたそのすべてが、満面の笑みで現れる。そしてその笑顔が眺める先では多くの《ウィザード》がその体に穴をあける。
「嘘だろ、おいおい。ここまでやるかよ…」
地面に広がる赤色の液体に吐き気を催し、口を手で押さえる。
地面に崩れ落ちる死体の数々、それでも放たれる無数の弾丸は、《ウィザード》が生きることを許さない。
放たれる弾丸を、なんとか魔法でしのぐ彼らも、その危機がそこまで迫定ることを実感していた。
「敵は…戦闘機7機か、よくもまぁこんな数で《ウィザード》に攻撃しようとしましたね。まぁ...攻撃しても反撃されないようにステアを遅らせたんでしょうけど。」
「それだけじゃねぇ…あいつらが、俺らが魔法で反撃してこねぇことを知ってやがる」
その一言に、伏せ続ける彼らは思い出す。今この場で、戦っているのは虚獣ではなく”人間”であることに、つまりは彼らが魔法を使って攻撃すれば、それこそ、人間である彼らにとって、”魔人”と変わらないことに。
「それに加えて戦闘機…旧式とはいえたいそうなご挨拶を決め込んでくれるなぁここの人らもよ」
空を鳥のように舞う鉄の塊は、ファフニールの言った通り旧式であるが、それは《ウィザード》からすればの話である。
ファフニールが旧式と呼んだそれの正式名称は、通信操作式無人戦闘機 《インパルス》。
最新鋭の戦闘補助AIと外部からの通信によりパイロットなしで操作することをかのうにした”人間”としての最新鋭戦闘兵器である。
魔法用戦闘兵器と呼ばれている《ステア》に対し、あまりにも貧弱な構造のそれは、戦う対象に虚獣を入れていないこともあり《ステア》に比べれば弱いが、無装甲の《ウィザード》を殺すことは簡単である。
それは、旧式と呼んだファフニールすら、地面に広がる血で実感し、紡ぐ言葉を震わせるほどだった。
地面に広がるほかの《ウィザード》の血は、”人間”と同じ赤色、でもそれを見向きもせず、ただ微笑みながら戦闘機を操作する彼らに、ジグルゼ達は寒気すら感じていた。
「雰囲気も降参を求めてますってよりかは、お前らをぶち殺すって感じだし、まじったなぁ…まじった」
ジグルゼ達が死ぬのを眺めているだけで、降参を求めるよう声を上げるわけではなく、ただ不気味に微笑むその姿は、ジグルゼ達にさらに恐怖を与える。
そんな中、ジグルゼが口を開く。
「ファフニールさん、要はあの”人間”を攻撃せずに、飛んでるやつだけぶち壊せばいいですよね?それなら俺たちは魔人じゃない」
空を舞う鉄の鳥を睨みつけながらジグルゼがそういうと、すぐにティレイが補足する。
「いや、それだけだったらだめだろうね、壊せばそれを攻撃だと捉えられるかもしれない。やるなら無傷で機能停止ってところかな」
「まぁ、それでも俺たちが許される可能性は五分だがな。」
少し苦笑いで二人がそういうと、ジグルゼは一人悩み初めて、数秒後にまた口を開く。
「やります」
その一言をジグルゼが放った瞬間、ジグルゼは自らにかけていた魔法を解く。それをわかっていたように、弾からの防護壁をジグルゼの分までほかの隊のメンバがー保管する。
「電気系統…電気を落とせばいいんだよな…じゃあ消失 《ロスト》で…いやでもそれだと機体本体がなくなる…それを考えると電気を内部で暴発させて無理やりブレーカーを落とさせた方が…」
一人、ジグルゼは今も弾丸の雨を降らせる戦闘機を止めるための魔法を考える。
そしてその思考が止まると同時に、地面に魔法陣を書き始める。
通常、魔法の発動には、魔法陣、もしくわ詠唱が必要である。それをもってして、魔力は魔術を出力し、魔法は発動される。が、彼らは今防護壁を張る際、詠唱も、魔法陣も描いていない。
それを可能にしているのは、幻想出力システム《レコード》これに魔法陣の描かれたカードを挿入することで魔法の発動を簡略化している。
が、今ジグルゼはそれを使わずに、地面に広がる《ウィザード》の血で、新たなる魔法陣を作っている。
そもそも魔法とは、月で発見された《異界文書》と呼ばれる古文書を解読されたものであり、新たなる魔法の政策など、ほぼ不可能に近いことである。
がしかしそれこそが、彼に許された運命への抗い方、魔法制作である。そして今、その才が力を発揮する。
仲間の血で描かれた魔法陣に手をかざし、ジグルゼは空に叫ぶ。
さすがに異様な雰囲気を感じたのか、”人間”達の顔からも笑顔が消え、どこから出したかわからないピストルを放つが、防護壁の前にそれは威力を成さない。
「《魔法展開
その瞬間、戦闘機の中の電力が、一気に暴発を起こす、外見だけなら、何が起こったかも、魔法を発動したことも、見ている彼らにしかわからない。壊した外損もなければ、誰にも被害を与えていない。
が、動かない。それは誰よりも、コントローラーを握って虐殺を行った”人間”達が一番に理解していた。
「今!!早く撤退してください!!」
突然の機能停止、自らが行おうとした虐殺の失敗を表すその事実に、慌てふためく”人間”から逃げようと、ファーフナー隊の者や、それ以外にも助かった《ウィザード》達が一斉に自らに魔法をかけ、来た道を戻ろうするさなか、聞こえるはずのない銃声と悲鳴が響き渡る。
ジグルゼが振り返るとそこには、暴走して”人間”に牙を剥いた戦闘機の姿が映った。
真っ先にジグルゼが思ったのは、自分のせいだという思いだった。が、しかし、それを覆い隠すように、自業自得だろうと、ジグルゼは思った。
僕達 《ウィザード》を戦闘機で虐殺しようとして、今はその機体でで彼らが死んでいる。
確かに自分のせいだが、別に…そう思った瞬間、目に映ったのは、空に飛びあがり、暴走した戦闘機を拳で殴り飛ばして”人間”を守るファフニールの姿だった。
声が出るよりも、驚くよりも、後悔が先に心を襲った。
俺のせいだ…その思いが、胸を締め付ける。俺が暴走という手段をとって、不完全な対処をしたから…ファフニールさんが手を汚すことになった。
その思いが、胸を締め付ける。でも、目に映るのはなんでもないようにふるまい笑って見せるファフニールの姿だった。
それに加えて映ったのは、自らを守ったことに驚いている”人間”の姿だった。
本来、”人間”からすれば、《ウィザード》は敵、だからこそその敵が自らを守ったという事実に、言葉も出ずに驚き目を大きく開ける”人間”の姿が、ジグルゼの目に入る。
「そんな顔しなくても大丈夫だ、俺がもう止めてやった…か、ら」
笑いながらジグルゼに近づいているはずだった、大丈夫だと親指を立てながら、ファフニールが向かってきているように見えた。が、ジグルゼに最初にただりついたのは、ファフニールからあふれた赤い血だった。
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