1話《ウィザード》は”人間”ではない
「《サテライト》は初めてか?ジグルゼ」
「はい…ていうか、ファフニールさんは違うんですか?」
「いろいろあんだよ、階級ばっか上がるとな」
《サテライト》へ向かう船の中、鉄の球体を眺めながら二人は話していた。
「それ、ちゃんとつけろよ。あとレコードもな」
「でも、やっぱり慣れないっすね、魔力吸引機とはいえ仮面は」
ファフニールが指を指す方向にあったのは、ジグルゼの腰に付けられた仮面だった。
魔力吸引機と呼ばれたものの、大きさはそこまでのものでなかった。
「俺もあまり詳しくないんですけど、魔力吸引って、体と魔力が接してればいいんじゃ?なんで仮面なんすか?」
「仮面だぜ?顔を隠す以外の意味はねぇよ。
俺たちは魔法を使えちまうんだ、なんにも知らないやつからみりゃあ、魔人と変わんねぇ、だから隠すのさ、顔を」
「あまりわかりませんが…つけなきゃ死ぬってことはわかります。」
「それでいいんだよ、考えるだけ無駄だ」
そう言うファフニールの顔は、どこか寂しそうで悔しそうだった。
「で、でもすごいですっよね!俺たちが1stの隊に昇格して、その上新しい《ステア》の試験導入までさせてもらえるなんて!!」
目に映ったファフニールの暗い顔を元気付けるためにジグルゼが目を輝かせて口を開く。
「ま、1st昇格は俺たちの実力で間違いねぇが、試験導入は、人数が少ねぇからだろうな。とはいえ、俺たちが認められてんのは間違いねぇ」
認められている、そう言われたことが嬉しかったのかさっきまでよりもジグルゼはさらに目を輝かせていた。
「まぁ、もう《サテライト》は近いんだ、準備しとけ」
ファフニールはそう言葉を残してその場を離れた。
ジグルゼもその場を後にして、機体の置かれた格納庫へと向かった。
「なに、こんなところで新しい術式作るなんてさ、ジグルゼも寂しいの?こいつらにもう乗らないの」
格納庫に入って、これまで戦いを共にしてきた《スロウ》を眺めていると、上の方から声が聞こえる。
「お前もなんだろ、ティレイ」
声の方向を確認して、声の主の顔を見ると親しげに名前を呼んで問いかける。
「まぁね、もう3年は一緒にいるんだ、寂しいさ」
そう言いながら十数メートル上から飛び降りてくるティレイの姿を見ると、ジグルゼは自分が宇宙にいることを実感する。
「新型の名前…《キュプリア》だっけ、色々と変わってるみたいだけど、見てみるまでなんとも言えないよね」
寂しそうに今まで乗ってきた《ステア》である《スロウ》を眺めながら、ティレイがそう問いかける。
「まぁ、寂しいって言って《スロウ》乗り続けて、負けてもしゃれになんねぇし、俺たちはその《キュプリア》ってのに乗るしかねぇよ」
「ま、そうだね。勝たなきゃいけないだもんね、僕たち。そういえば、隊長は《キュプリア》じゃ無いらしいよ。確か…《イーリアス》だとか。《キュプリア》にはない機能もついてるんだとか、まぁ噂だし、あんまり知らないんだけどね」
そうして二人でいると、格納庫にもう一つの声が姿を現す。
「なんだお前らもここか、やっぱり寂しくなるよな。」
二人が声の方を見ると、声の主はファフニールだった。
「試験導入機、《キュプリア》と《イーリアス》か…、どんなもんなんだろうな、新機能だとかなんとか言ってたけど」
そういいながら格納庫に入ってきたファフニールも並べられた《スロウ》を寂しく思うように眺めていた。
「あ。そうだお前ら、見せたいものがあるんだよ」
ファフニールがポケットからデバイスを取り出すと、二人の目の前に武器の設計図を映す。
デバイスから空中に飛び出るように映し出されたそれは、武器と呼ぶにはあまりにも不細工だった。
「これ…なんなんですか?」
映し出された長方形の箱のようなものにジグルゼが戸惑っていると、ファフニールはデバイスを操作してその形状を変形させる。
「形状変形式の武装…ですか?」
「さすがティレイだな、そう形状変形式武装 《スタノシス》。俺が思いついた魔力を使って形状を変えて戦況に合わせる武器だ」
ファフニールは誇らしげに色々な形状へと映し出された武器の形を変える。
その数は容易に数えることができず、二人はそれに見入っていた。
「でだ、これをお前らの専用改装権を使って作ろうと思ってるんだが...どうだ?」
そういって武器を映しだすデバイスを二人に渡そうとすると、デバイスが音を出して揺れ始める。
「電話…ですか?」
「すまねぇ、そうみたいだ」
揺れるデバイスのボタンを押して、鳴り響くデバイスを耳にあてファフニールは電話にでる。
部下で親しい二人と話す時とは声色を変え、いかにも真面目そうな雰囲気のその声は、聴いているだけの二人にまで緊張感を伝わらせた。
電話に出ている当の本人は、少し辛辣な顔をして、顔をこわばらせているように見えた。
「失礼します」
電話を切ったファフニールは、真剣な顔色で言葉を放つ。
「すまねぇお前ら。これから本当は昇格式の前にイリアス社で新型のテストのはずだったんだが...予定変更だ、このまま昇格式に向かう。」
「なにかあったんですか!?」
ファフニールの言葉を聞いて慌ててティレイが聞き返すと、少し表情を柔らかくして答える。
「いや、なんかあったというよりかは、昇格式の来客の数が多いらしくてな、それにこたえるために予定をはやめるんだと」
「なるほど…何かあったわけではないんですね」
少しだけホっとした表情でティレイがそう呟くと、ジグルゼが口を開く。
「でもそれだと、試運転なしでお披露目するんですか?新型」
「いや、どうやら先に昇格式だけやって、時間をあけてお披露目なんだと。まぁ、兄貴に早く会いたかったが、少しだけならしゃあねぇ」
少し寂しそうな表情を隠すようにうつむき、ファフニールは言葉をつづけた。
「でも、うれしい話だが正直きなくせぇ。お前らも今からしっかり準備しとけよ。特にレコードはよく見とけよ」
そう言い残して、ファフニールはその場を離れた。
「どう思う?ジグルゼは」
「まぁ、ファフニールさんと同感かな。なにかおかしい」
「だね」
二人ともその会話を最後に、自室に戻り《サテライト》着陸の下準備を始めた。
そしてその”人間”のための《サテライト》でジグルゼやファフニールが所属する《ウィザード》の軍である《アオイドス》の一部隊の昇格式と、今までのプロトタイプステアシリーズではなく、初の正式採用ステアのお披露目が行われる。これは喜ばしいことであり、異質なことでもあった。
空のない世界、上、下、右、左、どこを見ても建物があり、人の生活が感じられるその空間には、空が造られていなかった。
天候の操作、昼と夜の操作、その操作に不要と判断された空は、球体型に作られた《サテライト》の内部に存在しなかった。
《サテライト》に到着し、その作られた大地を踏みしめ、目に映った光景、地球で生まれた《ウィザード》である彼らはそれが異質だった。
「ここにいる人らにとっちゃ、太陽なんて関係ないんですかね」
「さぁな、でもまぁ要らねえことは確かだろうよ」
少し小声で言葉を吐きながら、ジグルゼ達が会場にたどり着く。
慣れない仮面を顔につけ、同じ軍服を身に着けたいかにもな集団が、列を成して会場に入る。
腰につけられたレコードと呼ばれる装置と、逆の腰につけられたホルダーには数枚のカードが入っている。胸には同じバッジをつけ、乱れることなく歩く彼らは、さすが一応軍といったところだろう。
そしてそれを満面の笑みで迎え入れ、乱れず、勢いを落とすことなく、ただ拍手をし続ける”人間”の姿は、決して彼らの目にはいいように映ることはなかった。
式が始まれば、拍手は鳴り止み、笑顔だけが"人間"の顔に張り付いたままだった。
少数精鋭の実力派、それがティレイやジグルゼが所属するファフニールを隊長とした部隊だった。
10人以下のメンバーで構成された部隊が、《アオイドス》のトップ隊である1stの一角を担う、これは軍内部でも初めてことだった。
そしてその昇格式が《サテライト》で行われる。ようやく"人間"と《ウィザード》がわかりあう。その兆しを感じたのは部外者だけだった。
この会場にいる《ウィザード》は気づいていた、すでにこの場の雰囲気は呑まれ、まともなものではないことに。
人間の偉いさんなのか、それともこの《サテライト》の長なのか、白髪の優しそうな老人が”人間”の代表としてあいさつをする。
ジグルゼ達はそれが終わると壇上にあがり賞状を受ける。
1stへの昇進、それを実感した後だった。
異様だった拍手の音は、やがてプロペラの音へと変わる。
式が終わると、彼らを送るように、”人間”用の戦闘兵器が青くない空に雲を残す。
7機の戦闘機に作られた虹色の飛行機雲は《ウィザード》達の目にもきれいに映っていた。
鳴りやまない拍手の音、異様な雰囲気は止むことがなかった。そして、それは牙を剥く。
きっと、もう何もないと大半の《ウィザード》は安堵していたのであろう、警戒すらしていなかった大半の《ウィザード》は死んだ。
世界の形を歪める戦争は、戦闘機から浴びせられる鉄の雨で始まった。
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