第33話「決戦Ⅲ/カルマの環」

 ——札伐闘技の開幕時、本来であれば、先攻後攻の選択権はプレイヤー双方に。それが原則であり、ルールである。だが——


「——月峰カザネ、悪いなァ。さっき発動した浸蝕結界あるだろ? あれさァ——

 


 ——カザネとて。札伐闘技開始直前というタイミングで、ムガが無意味にカードを開示するほど無計画にして無警戒ではないことぐらいは察していた。混濁した自我の残留思念集合体であるムガではあるが、それら残留思念は全て【深淵の願望器】に選ばれた札闘士達の残滓である。ゆえに、札伐闘技の適性は十分に残されているはずなのだ。

 それらを踏まえた上でカザネが出した答えがこれであった。


「——そのカード、?」

「——御名答。ハハ! いいね、素晴らしい洞察力だよお前! そうともさ! これこそが『浸蝕結界/逆巻く深淵-リバースパイラル・アビスホール-』の特殊効果——その一端だよ!」


 そして、そのカードテキストが開示された。


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『浸蝕結界/逆巻く深淵-リバースパイラル・アビスホール-』

【特殊ルール】

このカードは、ゲーム開始時に必ず手札に加える。

ゲーム開始直前にこのカードを発動し、カードを一枚ドローする。

それが『アビス』カードなら、このカードの持ち主は先攻・後攻の選択権を獲得し、そうでないなら、その引いたカードを捨てて相手プレイヤーに先攻・後攻の選択権を譲る。

【結界効果】

お互いに『アビス』カードの発動を無効にできない。

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「メチャクチャなことするわね。もはや結界効果がオマケじゃないの」

「メチャクチャで結構。オレの精神構造がそもそもメチャクチャだからね」

 そう言いながらムガはドローの構えをとる。


 その光景をカザネの後ろで観戦するカナタは、「とはいえマズいな」と呟いていた。


(結界効果がオマケに等しいのは、その結界展開タイミングや、特殊ルールの内容が暴挙に近いからだ。インパクトで負けているだけで、あの効果そのものは『アビス』カードの効果が必ず通るということ。俺が言うまでもなくカザネは気づいているだろうが——アビス……つまりこの場合は深淵由来のカードがデッキテーマとして大量に投入されている可能性が非常に高い。

 ——深淵そのものと戦っているに等しいかもしれんぞ、カザネ)


「さァて、じゃあそろそろドローしちゃおうか。

 何が出るかなァ……っと————!」


 そして引かれるカード。天高く掲げられたそれは、瞬きの内にカザネの視界で表側が晒される!


「俺が引いたのは——スキルカード『アビス・コール』。

 ンン〜〜、『アビス』カードだねェ! これは俺の先攻だねェェーーーーー!!

 ハヒャヒャーーーーー!! 行くぞ、覚悟しなよ月峰カザネェェーーーーー!!」


「ケヒャケヒャ笑ってないでさっさとしなさい」

「ほーーーーーん、冷静だねェ。じゃ、オレも冷静にやるか。スン。

 ——俺のターン、まずは今引いた『アビス・コール』を発動する」


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『アビス・コール』

 スキルカード

【効果】

 デッキから『アビス』センチネル1体を手札に加える。

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 ——カードゲームにおいて、特定のカードをデッキから呼び込むカードは強力な札である。シンプルに状況に応じたカードを持って来れるだけでなく、これによりデッキ枚数も減る。それはつまりデッキ圧縮——それ以後、このゲーム中、必要なカードを引き当てる確率が高まるということでもある。

 こういったカードは、それなりの発動条件が付いていることも多いが、『アビス・コール』は、引き込む対象を『アビス』センチネルのみに限定することで発動コストを削除することに成功していた。

 ——もっとも。ムガのデッキに『アビス』カード以外は1枚たりとも存在していないのだが。


「俺は『アビス・コール』の効果で『アビス・サモナー』を手札に加え、そのまま召喚する」


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『アビス・サモナー』

 AP0

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 場に現れるのは昏き光を帯びた召喚術師。

 召喚術師は手にした魔導書を起動させ、ムガのデッキを上から捲り出した。


「アビス・サモナーの特殊能力によって、俺のデッキトップを捲り、『アビス』センチネルが出るまでデッキボトムに移動させていく。そして『アビス』センチネルが捲られた時、そのセンチネルを俺の場に召喚する。……言ってる間に出てきたなァ————『アビス・アルケミスト』、召喚!」


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『アビス・アルケミスト』

 AP0

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 次に現れたのは昏き光の錬金術師。

 すでに深淵の光を操作してアビス・サモナーに浴びせかけている。効果が起動したのだ。


(またAP0——まだ、準備段階ってこと?)


 カザネはそのように推測し、それが正しいか否かは即座に答えが出た。


「『アビス・アルケミスト』の特殊能力!

 俺の場の『アビス』センチネル——つまり『サモナー』を破壊状態にして、カードを1枚ドローする。

 ——うむ、良いカードを引いた」


 ——その発言とほぼ同時に、ムガの手札が黒の極光を帯び始める!


「俺は場の『アビス・アルケミスト』を破壊状態にし——『アビス・ネクロマンサー』をサクリファイス召喚!」


 アビス・アルケミストの背後から次元の亀裂とでも形容せざるを得ない穴が発生し、アルケミストを飲み込む——そして、身体中に眼が埋め込まれた奇怪なセンチネルが姿を表した!


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『アビス・ネクロマンサー』

 AP0

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(これもAP0。なの? それとも、まだ展開する気——?)


 未だかつてない回数の召喚と展開。札伐闘技の性質上、基本的に初見であるがゆえに初見殺しのようなコンボを仕掛けられることは度々見られる。カザネもそういった展開を目にしてきたし実際に受けることもあった。ゆえにそういったカード展開を予測していないわけではなかった。だが——


(見えない。

 ムガのデッキは何を目指しているの? この展開はどこへ向かっているの? スキルカードによる妨害は——そもそも浸蝕結界の結界効果によって封じられているけど——いやでも、どっちにしろ妨害カードによる展開の止めどころすらわからない!

 相手のデッキの展開が、フローチャートのどの段階なのかすら全く把握できない……!)


 未知なるデッキ、それが織りなす婉曲的な展開ルート構築は、カードゲームに慣れてきたばかりのカザネにとって凄まじい脳負担であった。

 先の見えない展開は、それだけで今後の盤面予測を無限に行わせる。


 本来のカードゲームであれば、発売前情報や有識者による解説によって、どのような展開ルートが構築されているのか——そしてそれが最終的にどのような盤面を作り出すのか。そういったことが見えてくる。見えた状態で戦うことができる。

 そうなればどこで妨害をすればいいのか。妨害ができなくとも、己の手札と相談して——相手の最終盤面をどう切り崩すか考えることができる。


 だが——札伐闘技において、原則それは行えない。

 それがカードゲームの形式を用いたデスゲームであるがゆえに。


「クククカカカ。脳内メモリを酷使しているな月峰カザネ。精々悩むがいいさ。俺はその隙に好き放題させていただくがな!

 『アビス・ネクロマンサー』の特殊能力によって、死した『アビス・アルケミスト』をこのターン中、あらゆる召喚法の素材にできるようにした!

 さあ行くぞ——2体のセンチネルを素材に、再び! サクリファイス召喚!」


「2回目のサクリファイス召喚……!」


 深淵に連なる闇が、芸都からツルギモリタワービルに殺到し——そして『アビス・アルケミスト』と『アビス・ネクロマンサー』を呑み込む!


 数秒の後、タワー最上階の闇は晴れ——いや正確には、今まさにムガのフィールドにて暗黒の産声を上げる!


「サクリファイス2! 星のアカシックレコードを贅沢に混ぜ込んだ深淵凝縮体よ、その一端をオードブルとして我らが眼前に顕したまえ!

 出でよ、『アビス・ノイズ』——!!」


 泥のように混濁した“それ”が姿を現す。“それ”がなんなのかわからない。“それ”はモザイクのような、そしてノイズのような加工が為されており、フォルムの視認が阻害されている。


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『アビス・ノイズ』

 AP0

【効果】

 認識阻害により詳細不明。

 これにより、カード効果の対象に取ることができない。ただし、戦闘および戦闘破壊は行える。

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「俺はこれでターンエンド。いや悪いな、意味のわからん盤面を見せてしまったなァ。

 だがカードは効果以外で嘘をつくことはまあ基本ない。APは問題なく0だよ。

 ——さぁ、見せてくれよ月峰カザネ。お前が手にした進化の力——タキオンの力を!」


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ターンチェンジ


ターンプレイヤー:月峰カザネ

手札:5

場および控え:なし/残り枠5


プレイヤー:ムガ

手札:3

場:『アビス・ノイズ』AP0

控え:破壊状態3/残り枠1

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 ——状況はおそらく最悪であるとカザネは考えた。意味不明の展開と詳細不明のセンチネルが並んだムガの盤面を前に、取れる対策などなかった。

 だが——


「……ハッ。なんだ、よく考えたらこれさ。

 ——


 そう言って不敵に笑うカザネを見て、カナタの中で何かが燃え盛った。


「——カザネ。お前はこの期に及んで尚も強い。

 俺はきっと、そんなお前と——」


「私はいつだってこういう理不尽と戦ってきたのよ! 今更こんな盤面がなんだってのよーーーーー!!

 ——私のターン、ドロー……!!」


 ——そして、カザネの新たな刃が、フィールドに時空流を巻き起こした。


「相手の場にのみセンチネルが存在する場合、このセンチネルはサクリファイス素材なしで召喚できる。

 これが進化した私の新たな剣!

 ——来て! 『タキオンブレイド-ザンゲツ』!!」


 太刀を手にした遠未来のサムライが顕現する。吹き荒ぶのは砂煙でも血風でもなく時空流。


 今ここに——深淵の使い手を前に、星をも超えるEvolutionの使い手がその刃を振るう。

 決戦は新たなフェイズへ移行する。


 今まさに、新たな伝説が始まろうとしていた。

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