王都の惨劇
ゴゴ……ゴゴゴッ……。
重いマンホールの蓋が、ひとりでにずれて動く。
下水道の穴から半分だけ頭を出したドロシーが、用心深く周囲を見まわす。不審者や一般市民の姿は路地裏のどこにも見当たらなかった。
「大丈夫そうです」
猿梯子の下で待つ仲間たちに声をかけると、ロセアがうなずきを返し、すぐさまアシュリンを背負ったハルを支えながら(正確には、アシュリンのお尻をだが)地上をめざした。
しんがりのレベッカが、マンホールの蓋を元の位置に戻してゆっくりと立ち上がり、鼻と口を塞いでいた襟巻きを喉もとへ下げてから深呼吸をする。下水道に入ってからかなりの時間が過ぎたようで、いつの間にか陽は傾きかけていた。
「ふむふむ、ここから病院の場所へは──」
「そこの道から行けます」
別の地図を広げはじめたロセアよりも速く、先を急ごうとハルが歩きだしてドロシーとレベッカもそれに続く。そんな彼女たちを立ち止まらせたのは、様々な方角から時間差できこえてくる警鐘だった。
「えっ? この鐘の音は……火事ですか?」
そう言いながらドロシーは空を見上げるも、煙はおろか、雲や鳥たちの姿さえ見つけられなかった。
「……にしては、あっちこっちから、きこえてくるな」
レベッカも空を見つめていたが、すぐに視線を戻してあたりを警戒する。建物の向こう側にある通りからは、人々の騒ぎ声も聞こえはじめてきた。
「ふむ。つまり、敵のお出ましだな」
右手を
夕暮れ前のにぎやかだった大通りでは、あのハダカネズミや赤茶色の巨大な
「うわあああああああああああッ!」
「ぎゃあああああああああああ!」
「ひっ?! ヒィィィィィィィィッッッ!!」
異様に長いハダカネズミの尻尾に高く持ち上げられて捕らわれていた男は、
そして、その近くではヨロイゴキブリの大群が人々を襲う。
「い、嫌ぁ……あああ……誰か……た、助け……て……」
群がる無数のヨロイゴキブリの下から聞こえた若い女性の声が、さらに増え続ける羽音にかき消され、ついに聞こえなくなった。
逃げ惑う大勢の国民の姿と悲鳴、王都に点在する
人々の波に逆らい、黒衣の大神官はゆっくりと歩みを進める。めざすべき場所は、高台にそびえるあの目障りな城。
「マグヌス・クラウザー……我らの
「ギィィィ!? ギャアアアアアアアス!」
「──ムッ?」
不意に聞こえたハダカネズミの断末魔に足を止めて振り返る。ひとりの人影が、激しく
「オラオラオラオラァァァァッ!」
夕日に照らされた鈍く光る
「おおっ……あれは、レベッカ・オーフレイム!」
「ギィギュゥゥゥゥゥゥ!」
「キシャァァァァァァァ!」
獲物を求めるハダカネズミとヨロイゴキブリの群れが、ひとけの無くなった大通りを急ぐ少女騎士団に襲いかかる。
「あーっ、もう! いいかげんにこっち来ないでよ!」
ぶちゅん! パァン! パァン!
ドロシーが振り回す爆裂のダガーの餌食になった魔物たちが、見るも無惨に次々と破裂し、吹き飛んでは砕け散っていく。
大通りに出てから何十匹も撃退したドロシーの腕前は、すでに立派な騎士として格段に上達していた。
「ははは。もうぼくの出番はなさそうだな」
ハルたちの後方を
路地裏から大通りへと出た直後、人々を襲っていた魔物を駆逐するべく、レベッカはその場に残って一時的に騎士団から離れていた。四人はこうして戦闘を繰り返しつつ、病院をめざしていたのである。
「……わたくしはいいから、みんなを……みんなを助けてあげて……」
ハルの耳もとで、アシュリンが今にも消えそうなかぼそい声でささやく。それは騎士団長としてではなく、王女としての命令だった。
「これだけの騒ぎなら、〈鋼鉄の鷲〉や憲兵がとっくに対処を始めているはずです。それに姫さまに死なれては、すべての国民が悲しみます」
「そん……な……わたくし……より……も……」
いつもとは違うハルの雰囲気を感じたまま、アシュリンは気を失った。
*
場面は変わり、クラウザー城──。
重臣たちが集まった謁見の間では、魔物襲撃の件について対策をそれぞれ話し合っていた。もちろん、王国騎士団や憲兵はすでに派遣済みである。殲滅できなかった場合に備えて、隣国に助けを乞うかの議論が交わされていたのだ。
「いや、やはり我らだけで解決すべきです。援軍を求めれば、自国の非力さを認めたことになります」
「なにを馬鹿な! 相手は魔物だぞ?
「決断が遅れては被害が拡大するばかり。陛下、早急にご決断を」
玉座にすわるマグヌス王に大勢の熱い視線がそそがれる。だが、偉大なる王は瞼を閉じて船を漕いでいた。
ダメだ、こりゃ……。
飽きれ果てた家臣たちは、国王陛下のしあわせそうな寝顔をただ見つめるばかりであった。
*
ハルたち四人は、無事に病院までたどり着けていたが、院内は許容範囲を大幅に超える負傷者でごった返していた。それでも、王族だと名乗りをあげれば最優先で診てもらえるだろう。
ハルは顔見知りの女性看護師を見つけるとすぐに声をかけ、集まってきた数人の看護師たちとアシュリンを運んでいちばん奥の診察室へ消えて行った。
そんな様子を黙って見守っていたロセアは、丸眼鏡の位置を少しだけ右手中指で直しながら、ドロシーに上目遣いで語りかける。
「おい、キミ。団長殿の持病は、悪化しているのかね?」
「えっ?……いえ、まあ……大丈夫です」
なぜ、シャーロット王女が奇病を患っていることをロセアは知っているのだろう?
そもそも、彼女の真の目的はなんなのか?
腕章の文字を改めて見つめながら、ドロシーは秘密戦隊の少女に不信感を抱きはじめていた。
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