地上へ

 着ぐるみの駆ける足音が徐々に遠ざかってゆく。

 ランタンの灯りに照らされた少女騎士団の周囲には、汚水の流れる水音だけが穏やかに聞こえていた。


「団長、本当にこんな玉っころでレベッカさんを見つけられるんでしょうか?」


 暗闇の先を見つめていたドロシーが、今度は手の中の球体に視線を移す。最初は冷たかったが、今は体温を吸収して温もりすら感じられる。


わらにもすがりたい気分なんだ。ドロシー、使ってみてくれ」

「はい。えーっと、たしか……強く念じるんですよね」


 効果を疑いつつ瞳を閉じたドロシーは、レベッカのことを想い、考え、強く念じてみた。


 まぶたの裏によみがえる数々の記憶──。


 待機部屋での出会い、無愛想な態度、鶏の塊肉の濃い塩味、そして少年のような中性的であどけない笑顔。思わずドロシーもつられて頬をゆるませた。


(どうかお願い……レベッカさんを見つけだしてちょうだい!)


 すると突然、〝魔法の玉っころ〟が七色のまばゆい光を放ち、急速に熱を帯びて輝きはじめた。

 導いてくれようとしている。

 そう確信したドロシーは、ランタンを片手に握り締める手を大きく振りかぶり、不格好ながらも、目一杯の投球フォームで放り投げた!


「いっ、けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 キュィィィィィィィィィィィン!


 高速回転を繰り返す光の砲弾が一直線に飛んでいき、道が枝分かれする中央でピタリと止まる。

 やがてすぐに、まるで自分の意思を持っているかのごとく、光の玉は行き先を選んでふたたび回転しながら飛んでいった。


「あっちか!? みんな、急げ!」


 アシュリンたちも遅れをとるまいと、狭い通路を全速力で走って追いかける。


 キュィィィィィィン──シュバババババッ!


 キュィィィィィィィィィィィン!


 進んでは止まり、また飛び去ってしまう光の道標。走り続ける3人は、見失わないでいるのがやっとの距離までしか近づけない。


「ち、ちょっとは……ま、待っててくれないの、あの玉っころは!」

「玉ちゃ~ん、待っ……て……ゴホッ、ゴホッ、ブハッ!」


 必死に追いつこうとするドロシーとハル。そんなふたりに五メートル以上遅れているアシュリンの顔色は、生気が失われてどんどん悪くなっていった。

 こんなに長い距離を走ったことなど、今まで一度もない。そもそも、これまでの人生で病弱な姫君が走る必要性などまったくなかった。


(も、もうダメ……苦しいよ……心臓が爆発しそう……)


 アシュリンが目に見えて遅くなりはじめた頃、七色の光に照らされる人影がふたつ、遠くに並んで見えた。


「──と言うわけで、ぼくは秘密戦隊の一員になったわけだ」


 一方的に入隊までの秘話を歩きながら三十分以上も熱く語っていたロセアが、満足した様子で唇と瞼を閉じる。その頬はほんのりと紅く染まり、まるで春を待ちきれない花のつぼみのようにほころんでいた。


「……あっ、やっと終わったのか? ところでさ、出口は本当にこっちなのかよ?」

「ズコーッ!」


 完全に聞き流していたレベッカの冷たい対応。

 ロセアは盛大にずっこけ、わずかに膨らむ胸もとに軍帽がふわりと舞い落ちた。

 と、そのときである。


 キュィィィィィィィィィィィン!


「ん?」


 あたりが白い光に包まれたかと思えば、高速回転する発光体がレベッカの横顔にぶち当たり、凄まじい破裂音と七色の飛沫とともにはじけて消えた。


「……な、なんだ今のは!?」


 床に転んだままのロセアは、頭上の信じがたい光景に目を丸くする。レベッカは放心状態なのか、無言で目を見開いたまま、ずっと立ち尽くしていた。


「レベッカさーん!」


 ほどなくして、ドロシーたち三人も息をきらしながらたずね人のもとへとたどり着く。ようやくここで、少女騎士団〈天使の牙〉のそろい踏みとなった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 前屈みの姿勢で汗をしたたらせながらうなだれるアシュリンの近くでは、ドロシーが固まったまま動かないレベッカに抱きついて再会を喜んでいる。ハルも嬉しそうに笑ってみせているのだが、口のまわりは血にまみれていた。


「き、キミたちはたしか、倉庫の……」


 ロセアは右手中指で丸眼鏡の位置を直しながら立ち上がると、軍帽の位置を少し斜め前に向けてから咳払いをひとつしてみせた。


「え? 倉庫って……あの倉庫? えーっと、お会いしましたっけ?」


 面識の無いドロシーは、レベッカに抱きついたまま初対面のロセアを見る。

 軍人のような服装をしているが、自分たちと年齢はそう変わらない少女。腕章の文字に、どこか見覚えがあった。


「かっ、彼女が倉庫で……〈異形の民〉を……た、退治して……くれたん、だ……」


 真っ青な顔と紫色の唇をしたアシュリンが力無くそうドロシーに教えると、


「ううっ……」


 汗で張りついた前髪を払いのけるようにして片手の甲で額を押さえたかと思えば、すぐによろけて膝から崩れ落ちそうになる。


「団長!」


 それをすかさずハルが支えてみせ、アシュリンはなんとか倒れずに持ちこたえることができた。



     *



 一時的に五人編成となった〈天使の牙〉であったのだが、アシュリンが絶不調となってしまい、その指揮権はハルが担っていた。ロセアが所持している下水道の地図をもとに、少女騎士団は地上への出口をめざす。


「ロセアさん、あとどのくらいでそのマンホールに着きますか?」


 アシュリンを背負うハルが、先頭を進むロセアに問いかける。耳もとで絶え間なく聞こえる苦しそうな息づかい──彼女ハルの表情に笑顔はもう浮かばない。


「もうすぐのはずだ。市街地の中央区に出れるから、そのままアシュリン団長を病院へ……おっ! あったぞ、あそこだ!」


 全身を青白く輝かせるロセアの指先が示した先には、金属製の猿梯子さるばしごが天井に空いた円形の穴に向かって伸びている。真下まで近づくと、ところとごろ腐食した横桟に巣食う蜘蛛たちが、灯りから逃れるように次々と隅へ移動した。


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