行商人と魔法の道具

「おーい、レベッカ! いたら返事をしろー!」

「レベッカ、おやつの時間が過ぎたわよー! 早く帰ってらっしゃーい!」


 アシュリンたち一行は、レベッカを探しにふたたび下水道へやって来たものの、手掛かりはまったく無かったので、地道に名前を呼びながら探すことにしていた。


「くさっ……やっぱり、くさっ……」


 鼻を摘まみこそしなかったが、ドロシーは正直な感想を言葉にしてす。

 しかし、悪臭の原因のひとつである生活排水は、自分たちが産み出したものである。環境問題について少しだけ真剣に考えてみようと、ほんの一瞬だけドロシーは思った。


「やれやれ……レベッカさーん、どこですかー?」

「ギィギュゥゥゥゥゥゥッ!」

「うわっ、また出た!」


 こうして少女騎士団の騒ぎ声を聞きつけたハダカネズミが幾度となく現われるも、


「ハッ!」

「ギィギャァァァス!?」


 アシュリンが即座に放つ聖剣クラウザーソードの強烈な一太刀の前に、ことごとく簡単に瞬殺されていった。まさに、向かうところ敵無し。無双状態である。


「めちゃくちゃな強さじゃないですか、その武器。ランタンの油もたっぷりと有りますし、早くレベッカさんを見つけてお風呂に入りましょうよ」

「シッ! あそこに誰かがいるぞ……新手のモンスターか?」


 ランタンのぼんやりとした穏やかな灯火に照らされて前方に浮かんだのは、壁を背にしてすわる人の影。


「女の子……みたいですわね。迷子かしら?」

「いやいやいや。こんなところで迷子になるのは、わたしたちくらいでしょ?」

「何者なんだ、あいつは……」


 アシュリンは剣を、ドロシーは短剣を握り構え、そしてハルは巨大なハンマーを引きずりながら、ゆっくりと謎の人物に近づいていく。

 その少女は、アシュリンたちと同い歳くらいで、値札の付いた様々な骨董品や道具類を古びた絨毯の上に並べて胡座あぐらをかいていた。下水道の闇黒世界のなかで、なんの灯りもつけずに商売でもしているのだろうか?


「いらっしゃいアル。〈パオちゃんのお店〉に、おまえたちよく来たな」


 おでこの半分くらいの長さに切りそろえられた短い前髪の下で、無邪気な笑顔が歓迎の意思を伝える。奇妙な言葉のアクセントが、彼女を異国出身者だと教えてくれた。

 それにしても行商人の少女は、いろいろと怪しかった。

 ツノのような形をしたふたつのお団子頭からは、胸前むなさきまで伸びる髪がゆるやかに波を打つ。身につけている物も実に個性的で、なんと、ピンク色をしたウサギの着ぐるみであった。ウサギだとわかった理由は、彼女の傍らに置かれた〝頭部〟の存在感が半端なかったからである。


「〈パオちゃんのお店〉って、あなたがパオちゃんなのかな? こんな危ないところでお客さんなんて来るの?」


 前屈みで訊ねるドロシーに対して、少女は笑顔のまま答える。


「わたしパオちゃん違うなら、誰の代わりに店開くか? おまえたちなにも買わない、わたし飢え死ぬ。天国のパパとママすぐ会って、おまえたち地獄行き。嫌なら全部買うヨロシ」

「ええっ……」

「ははは、商売上手だな。せっかくだし、なにかひとつくらいは買ってやろうじゃないか」


 ドン引きするドロシーをよそに、しゃがみ込んで商品を手に取るアシュリン。何気に、人生初の買い物だ。


「かわいくて美人の騎士サマ、お目が高い。それ摩訶不思議な縦笛ネ。夜中に吹くと、みんなから怒られるアルヨ」

「それって、ただの近所迷惑なだけじゃない!」

「そーとも言う。これどうか?」


 パオはドロシーのツッコミを受け流し、別の商品をアシュリンに笑顔で差し出す。


「これ、昔の偉い人が使ったカツラ。かわいくて美人の騎士サマ、頭被る。あら不思議、歩いたあとみんな笑顔。世界中しあわせネ」

「それって、陰で笑われてるだけじゃない! それに粗悪品でバレバレだし! クオリティーが低すぎでしょ、このヅラ!」

「そーとも言う。これどうか? 世にも奇妙な石版」

「奇妙な石版?」


 アシュリンが受け取ると、石版は音もなく崩れて消えた。


「えっ……」

「な?」

「『な?』じゃないわよ! さっきからガラクタばかり売りつけようとして、まともな商品のひとつもないわけ!?」


 激昂するドロシーをキョトンと見上げるパオは、しばらく見つめてから「それなら、おまえなに欲しい?」と、逆に訊き返してきた。


「なにって……それじゃあさ、欲しいものを言ったら出してくれるの? 例えばその……人探し用の道具アイテムとか」


 目の前の客の半信半疑な様子に、パオが不機嫌そうな表情をほんの一瞬だけみせると、それを気のせいだったのかと思わせるくらいの笑顔に変え──瞳の奥はまったく笑っていなかったが──陳列されていた握りこぶしくらいの大きさのメタリックな球体を手に取った。


「この玉っころ、素敵な玉っころ。おまえ探してるをダンジョンで見つける、魔法の道具アイテム。どんな場所でも、これひとつ。一家にひとつ、パーティーにひとつの玉っころ。この玉っころ、買うヨロシ」


 そう言い終えるや否や、胡散うさん臭い行商人はドロシーに〝魔法の玉っころ〟を手渡す。受け取ったドロシーもそれを顔に近づけて、まじまじと舐めるように見つめる。鏡面世界で、疑いの眼差しを向ける自分と目が合った。


「つまり、これを使うと探し物が見つかるわけね?」


 だとすれば、レベッカも見つけられるのだろうか。本当にこんな、ピカピカの玉っころで……。


「まあ! それじゃあ、この玉っころさんは、レベッカも見つけてくれるのかしら?」


 ハルも笑顔を近づけ、ドロシーが握る魔法の玉っころに優しく話しかけながら、人差し指でゆっくりと押す。銀色の薄い皮膜に覆われたそれは、水風船にも似た冷たい感触で、とてもプニプニとしていた。


「おお、それは素晴らしい玉っころじゃないか! これをもらうとしよう。店主、いくらだ?」

「百万デアリー、払うヨロシ」

「ひゃ、百万!? この玉っころひとつが!?」


 驚きのあまり、ドロシーは高価な道具を握り潰しそうになる。真横のハルも笑顔が凍りつき、唇からゆっくりと赤いすじしたたった。


「百万デアリーか……すまないが、今の手持ちはこれしかない」


 着丈の短い上着のポケットから十枚の金貨を取り出したアシュリンは、発行されたばかりの新硬貨の肖像画を悔しそうに見つめる。それは亡き母・アシュレイ王妃に似せて刻まれた、女神デア=リディアの横顔であった。

 今から馬車に戻るべきか悩むアシュリンの細い指から、金貨十枚がひったくられるようにしてパオに取られてしまう。


「まいどありアル~♪」


 そしてすぐに、陳列されていた胡散臭い商品が凄まじい速さで背負子しょいこへと片づけられていく。

 ものの数秒で店じまいを済ませたパオは、ランタンの薄灯りのなかで笑顔を輝かせながら、最後にウサギの着ぐるみの頭部を被った。


「ちょ……ちょっと! パオちゃん、この玉っころの使い方を教えなさいよ!」


 握り締めた魔法の玉っころを前に突き出すドロシーが、今にも立ち去りそうなピンク色の大ウサギに詰め寄る。


『玉っころ使うとき、探し物のこと強く念じる。それから、遠くにぶん投げるヨロシ』


 振り向きざまにくぐもった声でそう言い残すと、背負い紐を握ったパオは暗闇の通路を爆走し、何処いずこかへとあっという間に去っていってしまった。


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