王国騎士団の少年
異世界より召喚された伝説の勇者が世界を救ってから、およそ十八年。天下泰平の世となった今現在、クラウザー城の正門は日中常に開け放たれてはいるものの、屈強な門番たちふたりが門扉の左右に立ち、臨戦態勢で見張りをしているため、蟻の子一匹逃さない状態となっている。
(うーん……どうしよう……)
アリッサムは悩んだ。元下級使用人の自分といえども、そう簡単には通してくれないはず。それに、元同僚たちとも正直会いたくない。
かといって、アシュリンの命令は絶対だ。〝やっぱり無理でした〟では許されないだろう。
(行きたくないなぁ……でも、行かなきゃなぁ……)
いや、もしかしたらもしかすると、なにかの手違いで通してくれるかもしれないし、元同僚たちにだって鉢合わせないかもしれない──跳ね橋の途中で歩みを止めていたアリッサムは、ついに決意する。
(……よし! ダメでもともと、行ってみよう!)
歩き始めたアリッサムは、にっこりと笑顔で会釈をし、門番たちの横をごく自然に通ろうとした。
したのだが、すぐに呼び止められてしまった。
「おっと! どこのメイドか知らないが、ここはクラウザー城である。許可なき者は、立ち去っていただこうか」
軽装備ではあるが、見上げるほど背が高く、闘技場の闘士並みに筋肉質なふたりの兵士たち。彼らが装備する鉄の槍で行く手を遮られたアリッサムは、落ち着かない様子で、両手のひらと真っ赤な頬を激しく振り乱して左右の兵士たちに強く否定をする。
「違います、違います、違います! わたし、全然怪しくなんてありませんからっ! ほんのちょっとだけ用事を済ませたらすぐに帰りますんで、全然怪しくなんてありませんからっ!」
「ひとりっきりで、なにも持たずに城へ入ろうとするエロい格好のメイドさんが怪しくないはずはないだろう! なんだ、そのスカートの丈の短さは!? 床の拭き掃除やハイキックをしたら、おパンティーが見えちゃうじゃないか!」
「そうだ、そうだ! 書庫で高い棚の本を取るときやハイキックをしたら、おパンティーが見えちゃうじゃないか!」
「え、エロくはないですし、これは高尚な仕事着です! それに、わたしはハイキックなんて出来ませんよ! なんなんですか、そのハイキックに対する異常なこだわりは!?」
理由はどうであれ、このままでは城内へ入れそうにないと悟ったアリッサムは、王国騎士団に用件があると必死に伝えるも、「ハイキックが出来ないメイドはメイドではない」との特殊な理由で門前払いになってしまった。
それならばと、分厚い石造りの壁に沿って植栽された草木に紛れ、裏門まで身を潜めながら移動を開始するアリッサムではあったが、落ちていた枯れ枝や葉っぱを被ったり持ったりした簡単でお粗末な植物の擬態をしていたので、なんとも言えない存在感を全身から放っ格好になっていた。
そんな挙動不審なメイドの肩を、誰かがポンと叩いて声をかける。
「よう、アリッサム!」
「きゃ?!……びっくりしたぁー、驚かさないでよリオンくん」
「最近見かけなかったけど、こんなところでなにしてるんだ?」
見知ったその少年の名は、リオン・ブレイド。
まだ十四歳ではあるが、れっきとした王国騎士団の従者で、アリッサムが洗濯係時代の極めて数少ない友人のひとりでもある。
「あうっ……その……ちょっと、いろいろとあって、今は……あっ、そうだ! リオンくんって、王国騎士団だよね?」
「えっ? そうだけど……まあ、今は小姓の身分だけどさ、いずれはおれも、オルテガさまみたいな強くてカッコいい騎士に──」
腰に両手をあて、反り返った姿勢で未来の自分を夢想するリオン。そんな彼の両肩を、アリッサムは笑顔でしっかりと掴む。
「ねえ、お願いがあるの! 王国騎士団の偉い人に、下水道に魔物がたくさんいるって伝えてくれないかな?」
「はぁ? 下水道に…………魔物だって!? どうしてそんな大切なことを笑って言えるんだよ!? い、い、い、一大事じゃないか! その話、本当なのかよ!?」
「うん。シャーロット姫さまからの伝言だって、それも伝えてね?」
「シャーロット姫……からの……」
アシュリンが騎士団を結成して旅に出たことは、一部の重臣にしか知られてはいない。そのほかの家来には、ちょっとした国内旅行へ遊びに行っていることになっていた。
だが、王国騎士団の小姓であるリオンの耳には〈天使の牙〉の存在は届いており、戦闘の訓練を受けていない素人の侍女たちを連れて行くのならば自分も入団できたのではないかと、歯がゆく感じたのをリオンは思い出していた。
「──おっと、こうしちゃいられない! アリッサムも一緒に来いよ!
「えっ? わたしは別に、魔物たちを実際に見た訳じゃないから行かなくても……あっ!」
血相を変えたリオンに手を引かれ、アリッサムも裏門から騎士団宿舎へと走って向かう。
途中で何人もの家臣や使用人にぶつかりそうになったが、そのたびにアリッサムはリオンの代わりに謝り続けた。
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