第82話 住所不定のやつは、パワーもふてえ!


 *10


 動物愛護団体ではない。

 動物の生態系がどうのとか、考えたこともない。


 だが、無条件に大量の小動物を殺傷していいのか?


 答えは──NOだ。


 そう僕の中で、何かが訴えかけてい──


 またクイクイと、Tシャツを引っ張られた。


 今さあ、ちょっと良い感じに、自分の中の正義感に浸ってたんだから、もう少しだけ浸らせろよな。


 「なあ、おいクッキー寄こせビビ」


 「え? クッキー? クッキーなんて、ってか──今さあ、ビビって言った?」


 無言で頷く幼女。


 もしかして、昨日の夜に燃えてる巨大な虎とか見なかった?


 「それは俺だビビ。そんなことよりも、もっとクッキー寄こせビビ」


 俺って……お前は幼女だろ──ん? と言うか今、僕の質問に肯定して──


 ええええええええ!?


 じゃあ、この幼女の正体って、あの燃える巨大虎なの!?


 いやいやいや! あり得ないです! お父さんは認めません!


 って、誰がお父さんだ!


 などと訳の解らない思考になって、混乱している僕がそこにいた。


 「お前……本当に本当に、昨日の真夜中の大虎なのか?」


 「だからしつこいビビ! 本当だったら本当だビビ!」


 その余りに、真面目で不真面目な答えに、思わず笑いが出てしまった。


 「あっ! このモヤシ野郎! 信じてないビビね!」


 「だって、こんな幼女が、あの燃える巨大虎なんて……プッププ」


 「だから笑うなビビ!!」


 そんな平和な会話の中に、不穏の塊のような声が割って入ってきた。


 「先ほどから、何度もお伝えした通り、彼女は我々『Nox・Fang』のナノマシン生物兵器──おっと失礼。家族なのです。ですから、お譲り下さい。あまりことを荒立てなく無い性格なもので」


 「お、おい。今普通に、ナノマシン生物兵器って言ったぞ。お前ら絶対にまた怪しい実験しているだろ」


 「いえいえ、私はホラキさんに言われた通りのことしか──」


 「おい。腐れ半ピエロ! 今ホラキって言ったビビか?」


 「ええ。言いましたが」


 「そいつ、左に四角い片眼鏡を掛けて、変な喋り方で、白衣を着て無いか?」


 「まあ、そうですね。ですが。変な喋り方と言うのは、聞き捨てならない、あれは知能指数を上げる実験による後遺症で──」


 スペイドの言葉を最後まで聞き終わる前に、ビビは戦闘モードに切り替わっていた。


 「【ボルケーノ・クイーン】!」


 ビビの大声で、ビビの肉体は見る見るうちに変わっていく。


 絶えず燃え続ける、業火の洪水のそれは、まさにマグマである。


 その形状を持たないマグマが、徐々に燃える巨大虎へと変貌した。



 「『ブラスト・フレイム』!」


 言うなり、巨大虎に変貌したビビは、その大口から火炎放射をスペイドに向けて、放った。


 (ここでアンドゥーを使えば、容量限界になってしまう。ホラキには無傷で捕獲しろと言われていたが、致し方あるまい)


 「大人しく眠りなさい『リドゥー』」


 スペイドは右手の人差し指を、ビビに指差し言った──すると、『ゲイン』の熱線、と言うか、『ゲイン』の塊のようなものが、ビビを襲った。


 しかし、流動する肉体であるビビには、そのスペイドの攻撃が当たっても、即座に回復し、ダメージは無かった。


 しかし、ビビの火炎放射は確実にスペイドに向かっている。


 「『アンドゥー』!」


 すると、不思議なことにビビの火炎放射が消えたのだ。


 (なんだ? このパワーと肉体は? 今しがた、あのクソガキから吸収してやった力をお見舞いしてやったのに、即座に回復だと? それに、あの火炎放射の威力、あれも危なかった。もし直撃していた)


 「あのホラキだけは絶対に許さないビビ! それにあのホラキの仲間も絶対に許さないビビ! 『ブラスト・フライム』!」


 またしても、ビビの巨大な火炎放射がスペイドを襲う!


 (あれだけの大技を出して、まだ──流石はナノマシン群体。そもそも『ゲイン』の総量を人間レベルで考えるのがおかしな話だったのだ。しかし、ホラキめ。この実力はパワーや肉体の回復力といい『四獣四鬼』レベルに人造したと言っていたが、『六怪』レベルでは無いか)


 「私は少々見くびっていたようですね。まさか、これほどの実力とは、ホラキさんに新たなデータを──」


 「だから、その名前を口に──」


 ダメだ! 今ここで大暴れしたら、街中が火の海になる!


 「おいビビ! 落ち着け! コイツは僕がやる!」


 言って、渾身の右ストレートを、スペイドにお見舞いした。


 まだ『波動壮丈』で思念気を溜めていないが、怒りでそんなことは後回しにしている。


 (グッ! このクソガキ! なんてスピードだ! このままだと直撃して、あのローザの二の舞だ)


 「『アンドゥー』!」


 まただ、コイツがアンドゥーというと、何かやらかなクッションを殴っている感覚になる。


 (危なかった……しかし、また容量限界に近い。いったい、このクソガキは何者だ? だが、このまま、二人同時に相手にしていたら、いつかは、ローザのようになってしまう。ここは早々、ホームに戻るべきだ。それに、ナノマシン群体のパワーについても、少し抑えるように、ホラキに言わなかれば。『四獣四鬼』レベルではなく『六怪』レベルにしたから、コイツしか耐えられる力が無かったんだ。今は喉から手が出るでるほど、このナノマシン群体を連れ帰って実験したいが力量が違いすぎる。コイツも、このクソガキ同様、最重要危険動物に指定し、早く駆除せねばな。全くホラキめ。仕方ない、仕切り直しだ)


 「お二人とも、大変お怒りのようですが、私は用事を思い出したので、これにて失礼──あぁ〜そうだ、お礼がまだでしたねキョースケさん。貴重な『ゲイン』をありがとうございます」


 なんだは意味深なことを言って、いつもの如く、ポケットから『ロックス』なるものを取り出して、地面に放り投げると、眩い閃光とともに、スペイドは消えた。


 「チッ! また逃げられたビビ。今度会ったら確実に殺してやるビビ。猫の姿に戻れ」


 ビビがいうと、液状の炎を身に纏った巨大虎が、見る見る小さな紅い猫の姿に戻った。


 「なあビビ。お前なんで、そんなに怒ってえるんだよ?」


 「ああ? そりゃ怒るだろ。培養槽に閉じ込められてる時に、周りの見知った猫どもが、次々に殺されたんだ。仲間じゃ無いが、気分がいいものじゃないビビ……!」


 うーん、猫は群れない習性があると聞いたが、ビビには群れる行為はなくとも、他の猫と違って、感情の起伏が強いのだろうか?


 というか、今、ハッと我に帰って気がついたが、コイツの名前も知らないのに、語尾がビビだから、勝手にビビと呼んでいることに気がついた。



 「なあ一つ訊きたいんだけど、お前って名前とかるの?」


 「ん? あるわけねーだろビビ! 培養槽の中では数字で呼ばれてたけどな」


 「じゃあ──お前は語尾にビビって付けるから、ビビって呼んでいいか?」


 「勝手にしろビビ。それよりもクッキーは?」


 「ん? ああクッキーね。実は……昨日のアレで終わりなんだ」


 「はあああああああ!? クッキーを持ってないお前は、豆もやしの、豆が無い部分と同じビビ!」


 な、なんとも理解し難い例えだこと。


 しかし、何かクッキーの代用になるものは──


 僕が思案を巡らせていると、遠くの方から、大量のお菓子の袋を両手で抱えている、臥龍の姿が見えた。


 目敏くビビは、その臥龍をロックオンした。


 「なあ、お前、目の前の、あのお菓子の山盛りを持った奴は、お前の知り合いか?」


 「まあ、そうだけど、つーかさっきから、お前はやめろよ! 僕には九条鏡佑って名前があるんだ」


 「全く、なんでこんなに人間って言うのは名前にこだわるビビ? まあいいビビ 今日からキョースケって呼んでやるから、感謝するビビ。そんじゃ人間の姿になれ」


 ビビがいうなり、今度はロングの赤髪の赤いワンピース姿の幼女姿になり、臥龍の方に走って行った。


 ていうか。一体全体コイツの体はどうなっているんだ?

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