第81話 人は時として、理性よりも感情が先に表に出てしまうことがある



 *9



 「おっと、これは私としたことが、とんだ失礼を。まだ私の名をお伝えしていませんでしたね」


 怪しい笑みを湛えながら、左手に持つ白いステッキをクルクルと回しながら、目の前の痩せた三十代前半ぐらいの大男は語った。



 「私の名はスペイド・グゥイ・ハンター。革命軍『Nox・Fangノックスファング第六師団の一人で、『四獣四鬼しじゅうしき』の一人でもあります。メンバーからは『病魔びょうま風鬼ふうき』とも呼ばれ、ローザさんとも仲良くさせてもらっています」



 やばいやばい──この流れマジで早朝……でもないが、朝っぱらからバトルするのか?


 まだ朝食も食べて無いのに。

 いや、一応コーンフレークは食べてきたけど、あんなんじゃ、力にならないよ。



 「しかし驚きましたよ。あのローザさんが瀕死状態でホームに転送されてきたなんて。私がその姿を見た時は思わず心が躍って──いえ、すいません。少々取り乱してしまいました。今のは無かったことで……。まあとにかく、同じ『四獣四鬼』の中でも最古参の戦闘狂──すいません、今のも無かったことで。つまり、こちら側の世界で、まさか、あのローザさんを瀕死状態に追い込むほど強者がいるとは驚きです」



 なんか……こいつ、ローザが瀕死状態なのを喜んでないか?


 それよりも、かなりヤバい雰囲気だったが、まさかローザと同じ『四獣四鬼』の一人だったなんて。


 しかも自分から暴露したってことは、相当自分の腕に自信があるんだろう。


 で、でも。大丈夫。


 『四獣四鬼』よりも強い『六怪ろっかい』のシュセロよりも強い──と言うか、さっきから、よりも、よりも、とか言っちゃってるのは、決して動揺しているわけではない。


 つまりだ、僕は『四獣四鬼』のコイツに勝つことは出来なくても、負けることはまず無いだろ。

 だが確認しなくてはいけないことがある。

 そう、ローザの安否である。



 「あのさあ、1つだけ訊きたいことがあるんだけど、ていうか、やっぱ2つ訊きたいことがあるんだけど」


 「おや? いったい何でしょうか? その……ローザは無事なのかと言う事と、今ここで僕にローザの仇をうちに戦闘を──」


 言葉終わる前に、スペイドが大笑いし始めた。



 「いやいや、失礼しました。最後の台詞があまりにツボに入ってしまって、噴飯してしまいました。まず1つ目ですが、残念なことに──おっと失礼。誠に奇跡的なことに、ローザさんは生きていますよ。あの底知れない生命力だけは見習うべき所ですかね。今はまだ戦える状態では無いですが、酒を飲ませろだの、タバコを吸わせろだの、もうやかましくて──おっと失礼。もう元気いっぱいで頼もしい限りの戦闘員ですよ。それと2つ目ですが──」



 スペイドは左手でクルクル回している、白いステッキの動きを止めた。


 つまり臨戦体制に入ったのだろう。


 僕もすぐさま臨戦体制に入らなくては──


 「──別に貴方と今日、事を構えにきたわけではありません。あくまで、私の個人的な興味本位で、ローザさんを瀕死状態にさせた方にお会いしたくて、つい。というやつですかね。タルマさんが言ってました。ホームに転送されるのが、あと30秒遅かったら確実に死んでいたと。悪運だけは昔から──おっと失礼。まさに神に守られし幸運の持ち主ですよ」


 なぬ? 事を構えるつもりがないってことは、ローザの仇うちに来たわけでは無いのか。

 ああ、よかった。戦闘にならなくて。


 と言うか──なんかさっきから、コイツ……ローザに恨みでもあるのか?


 ちょくちょく、ローザの悪口を言っているような……。


 まあ、よそはよそ。うちはうちである。


 コイツらの対岸の火事を傍観したら、こっちまで飛び火しそうだし。


 さわらぬ悪魔に祟りなしである。


 「所で、私も2つ目の質問をしても宜しいでしょうか? 探している動物──おっと失礼。探している人がいるのですが」


 「探している人? まあ話を聞いて、知ってる人なら教えるけど……」


 てか、今、しれっと動物って言わなかった?

 僕の聞き間違えか?



 「4日前の深夜なのですが、突然我々のホームから脱走した赤髪のナノマシン群体──おっと失礼。赤髪の幼女が家出をしてしまって。ちゃんと巨大パープル用の拘束具も装着させていたのですが。もしいるとしたら、きっとこの辺りかと思いまして」



 4日前の深夜って、確か灰玄と心絵の三人で、六国山の頂上にある廃工場を爆破した日じゃ。


 しかもジェイトなる超目がイッちゃってる、戦闘狂と戦う羽目になるし。


 ま、まあ実際に戦っていたのは、心絵だが、僕だって心の中では恐怖と戦っていたのだ。

 だから僕も戦っていたのだ! うん!


 その前に、あのジェイトが急に攻撃をやめて携帯みたいな通信機で会話を──ああああああ!! 思い出した!


 通信機でジェイトが話している時に、スペイドって名前をジェイトが言ってたぞ。


 しかも何かの研究が、うんたらかんたらって言ってたような──


 ダメだ──ローザとポニーの戦闘の方が強烈すぎて、そっちの記憶しか今はない。


 でも、幼女が家出? 拘束具?


 何だかヤバい匂いがプンプンしてきた。


 「スペイド……さん? その幼女を見つけたら、あんたらは、どうするつもりだ?」


 「アハハハ。さん、なんて恭しく言わず、スペイドで構いませんよ。そうですね、まだ研究途中なので、初の実験成功個体ですし──ピースの黒石とも融合できる個体だと知り、ホラキさんはもう胸が踊りっぱなしですよ。しかし、苦労しました。我々のホームを基点に半径10キロメートル圏内の小動物を捕まえて、ナノマシン群体になれる適性があるかの実験に数万匹も──」


 え? 何? コイツらが小動物を捕まえてたのか?


 「──捕獲して、培養槽内でナノマシンを接種させても、拒否反応で死ぬものばかり、ですが、初のナノマシン動物兵器の実験ですから、最初から数の少ない大型動物よりも、数が腐るほどある小型の小動物から──つまり、質よりも量ですね。しかし、実験は何とか成功し、ナノマシン群体の小型動物兵器が誕生したのですが、何とも悲しいことに、自我があるのです。ですから捕獲したら、すぐに自我を取り除くオペをしなくては──」


 「おい。じゃあ、この周辺の公園に大量に捨てられてる小動物の死骸は、お前らがやったのか?」


 「ええ。その通りですよ。死骸なんて、焼いてしまえばいいと、思われますが。焼くと大量の灰がホームの中の実験室に溜まってしまって、汚いですからね。ジェイトさんが、その辺に捨ててこいと言ったので──あぁ、すいません、誤解しないでくださいね。捨てたのは私ではないですから」


 「そういう事を言ってるんじゃない。何で小動物を大量に捕まえて殺したんだ……?」


 「おや? 少し怒っていられますか? まあいいでしょう。別に我々は小動物を殺したいのでは無くて、あくまで実験の為に小動物が必要なだけだったんです。死んだのは、その過程で偶然にも起こってしまった些細な出来事なのですよ。それに全世界ではなく、たかだか半径10キロメートル圏内の数万匹程度の小動物が死んだ所で、自然環境が大きく変動するなんて考えられませんよ。それで本題に戻りますが──」



 動物兵器だか何だか知らないが、自分たちの勝手な都合で小動物を大量に殺していいわけないだろう。


 だが、コイツらは、それが当たり前のように、平然と淡々と、何の躊躇も無く殺した事を僕に説明してきやがった。


 無意識に両の手が、固く強く握られた拳になっていた。


 自然環境が変わらないから、殺していいのか?


 それに、その初の実験成功した小動物を、幼女と言っていた。


 何もかも解らないが1つだけ解ることがある。


 コイツは紛れもなく、ジェイトと同じ──巨悪だ!


 その前に、コイツの話を聞いている最中で、まだ全てを聞いた訳では無いが、怒りの本能が先に行動を移していた。


 つまり、固く強く握っていた僕の拳は、スペイド目掛けてパンチとして放たれていたのだ。


 これは、怒りの条件反射と言うべきものなのだろうか?


 「ッ! 『アンドゥー』」


 スペイドが何かを言ったのは解ったが、僕の耳には、その単語が意味するところは解らない。


 1つだけ解るのは、殺すつもりは無いが、今の僕の全力のパンチが当たらなかった。 


 いや、厳密に言えば当たったのだが、何か柔らかいクッションを殴ったような感覚だけがあった。



 (危ない。このガキのパワーとスピード。確かに、あのローザを瀕死状態に追い込む力がある。それに今の攻撃も単純な打撃だが、直撃していたら私も瀕死状態になっていたぞ。この『四獣四鬼』の一人である私に冷や汗をかかせるなんて、いったいどんなガキなんだ? しかし、今の攻撃で吸収して得た力は、いつか必ず倍返しにして殺してやる……しかし、これほどの『ゲイン』パワーとは。もうこれ以上吸収したら暴発して、せっかく集めた『ゲイン』が拡散してしまう。ここは穏便に事を済ませてホームに戻るか)



 「キョースケさん。ご乱心ですか? 急に人を殴るのは宜しい行為とは思えませんねえ」


 「お前らのやってる行為の方が宜しく無いんだよ! 絶対に知っていても、その幼女の情報は、お前なんかに教えないからな!」


 「それは困りました。どうやら私は知らず知らずのうちに、キョースケさんの逆鱗に触れてしまったようですねぇ。この場合はどうやって謝れば許してもら──ん?」


 スペイドの話が急に止まった。

 それは、あまりに単純明快な事が起こったからである。


 僕がスペイドとの会話に夢中になりすぎて、ずっと僕の半袖のTシャツをクイクイと引っ張る何かを、僕は認識できていなかった。


 だが、スペイドは認識した。


 僕のTシャツを引っ張る何かの正体が──スペイドが探し続けていた幼女であることに。


 「やはり、この周辺でしたか、いつもながら、ホラキさんが発明する人造ピース・アニマには驚かされっぱなしですよ。さあ早く一緒にホームに戻りましょう」


 僕は後ろにいる幼女を目で見て確認すると、昨日の住所不定の赤髪の赤いワンピースを着た幼女だった。


 僕は咄嗟に、幼女を庇う姿勢をとっていた。


 「ん? 何をしているんですか? その幼女は、貴方には何も関わりが無いと思いますが」


 「ああ。関係ないね。でもお前らみたいな頭のネジがブッ飛んだ連中に引き渡した後の事を考えたら、お前らに、この子は渡せない!」



 いかにも、どこぞのヒーローが言いそうなクサイ台詞ではあるが──事実なのだから仕方がない。


 別にヒーローになりたい訳じゃないけれども、今はこの幼女を守らなければと、僕の中に眠る本能が、そう言っているのを感じた。

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