第80話 なにごとも、基本が一番大事



 *8



 「流動する物質を捕まえる『波動思念』を教えてくれ?」


 「そうそう。昨日の夜に燃える虎を見つけて、捕まえようとしたら、そいつの体がまるでマグマみたいで、捕まえられなかったんだよ」



 目の前の心絵は首を傾げている。


 今は朝の9時。


 場所は臥龍の店の前。


 僕が臥龍が今日の朝に来るかもと思い、場所は臥龍の店の前にしたのだ。


 心絵は寝起きが悪いのか、朝の8時に携帯で電話した時に、いつも以上に屁理屈──と言うか、アナタは馬鹿ね。の、オンパレードだった。


 多分30回は言われたと思う。


 だが、昨夜の燃える巨大虎のことを説明したら、仕方ないと承諾してくれた。



 「それでさ。何かないかな? 『波動思念』で流動する肉体を掴む方法って」


 「……ああ。そうか、アナタは中途半端に覚えたからか。ちゃんとした師匠もいないし」


 「────なんの話?」


 「流動する物質だったら、『波動烈堅』で掴めるわよ」


 「なんですと? 僕は昨日『波動烈堅』で──あっ! 掴もうとするイメージはしなかった。でもなんで『波動烈堅』で掴めるんだよ」


 「なんでって。そういうものだから」


 うわ〜雑〜。


 「まあ論より証拠。と言うか、この場合は百聞は一見にしかず……でもないか。とにかくイメージしなさい。まずは水を手に掴んで離さないイメージから」



 言われるがまま、イメージしてみた。


 流れる水を掴むか……。


 簡単に言ってくれるよな。


 しかも心絵には、どうやら師匠がいるそうだ。


 僕には……いません。


 仮に灰玄──いやいや無いな。


 うーむ、師匠無しの我流。


 しかも解らない時は、いちいち心絵や灰玄に訊かなくてはいけないのか。


 必殺技を覚えるのも面倒──ん?



 ちょっと待てよ。


 流動する肉体を『波動烈堅』で捕まえられるってことは、他の四大思念の3つも、まだまだ応用できるってことじゃね?



 「なあ心絵。『波動烈堅』で流動するものを掴むことができるってことは、他の『四大思念』の3つも極めたら、かなり凄いことができるのか?」


 「当然でしょ。『四大思念』は始まりにして、終わりの『波動思念』って言われてるのよ。つまり『四大思念』を制す者が、『波動思念』を制すのよ」


 「なんか……どっかで聞いたことあるような台詞だけど、まあいいや。解った! 水を掴むイメージだな」



 流れる水、流れる水────ダメだイメージが。


 僕が途方に暮れている顔をしているのが、バレたのだろう。


 心絵が助け舟を出してくれた。


 「アナタがイメージしにくいのも当然よ。『波動烈堅』の中でも、流動するものを掴むのは、応用の中の応用技なんだから。普通は1年ぐらい山籠もりして体得する技なのよ」


 「いっ、1年!? そんな時間なんてないよ!」


 「まあ、そう言うと思ったから、イメージしやすいように、目の前に水を用意してあげるわよ」


 「え? 本当に? それはマジで助かる!」



 言って心絵は僕に向かって、右手の人差し指を僕に指差してきた。


 いったい何が始まる──



 「行くわよ、『呪水穿じゅすいせん』」


 その瞬間、心絵が僕に指している指先から、一点集中のレーザービームのような水の線が飛んできた。


 本能で感知したのだろう。


 僕が咄嗟に避けると、その水の線は、臥龍の店の横にあるコンクリートを軽く貫いていた。


 しかも、綺麗に丸く。


 六国山で見せた、あの岩を貫いた、小さいバージョンみたいな奴ですかな?


 確かあの時は、掌をかざしていたっけ。


 違う、確かあの時は、槍みたいな技だった。


 名前も確か、じゅすいそう、とか何とか……


 いやいや、そんな嫌な思い出に耽っている場合ではない。



 「おい心絵! 怪我するじゃねーか! 何考えてんだ! やるならやるって先に言えよ」


 「そしたら修行の意味がないでしょ。ほらほら行くわよ。次はちゃんと掴みなさい。『呪水穿』」


 言って、心絵はまた僕に指先から、レーザービームのような水の線を射出してきた。


 くっそ! 掴むしかないか!


 イメージだ! イメージしろ!


 来た!


 動体視力も向上しているのか、判らないが、少しだけ心絵の水の線が見える。


 後は掴むだけ。


 僕はその水の線を掴むことに、全神経を集中させて、イメージした。


 流動する液体を個体だと思い込んで、すかさず掴む。


 このイメージだ。



 液体ではない、個体だと強くイメージすればいいのだ。


 だったら、イメージするらなら、氷柱をイメージすればいい。


 氷柱だったら、水が凍った個体なのだから……絶対に掴める──ッ!!


 そして僕は、心絵の流動する水の線を上手く掴むことに成功した。



 いよっし!

 なんとかできた!


 そして、またしても心絵は、二の句が継げない表情で僕をみている。


 「アナタって人は……」



 きっと、自分が必死になって体得した応用技を、いとも簡単に体得してしまったことに驚き呆れているのだろう。 


 だが、それはそれ。これは、これである。


 僕だって好き好んで、チートになったんじゃないんだから。


 そりゃまあ、弱いよりも強い方がいいけどさ。



 「まっ。やっぱりだとは思ったけど、無事に流動する物質を掴めてよかったじゃない」


 吐き捨てるように言われた。


 心絵のやつ──相当悔しかったんだろうな。



 言ってみれば一ヶ月もう勉強して100点を取ったのと。

 授業中、ずっと寝ていて、何も勉強しないで100点を取ったぐらいの違いだ。


 そりゃ悔しいに決まっている。


 クッ! 最強も辛いぜ!


 なんて気取ってないで、多分この先、悔しがってる心絵から修行を頼んでも、流動する物体は自分が取れと言われるだけだから、お願いするだけ無駄だ。


 「所でアナタ、なんで臥龍のおじ様の店の前に呼んだのよ?」


 「え? ああ。まあここが一番解りやすい集合場所かと思って」


 僕の発言に、心絵は暫し無言だったが、言葉を繋いだ。


 「なんでもいいけど、今回の件は、アナタから聞くに、かなり厄介な事件かもしれないから、くれぐれも臥龍のおじ様を巻き込まないこと。解った?」


 「お、おう。解ってるって」


 「ならいいわ。それじゃ」


 すると、僕の前からフワリと、煙のように心絵が消えた。


 もしかして、あれも何かの技なのか?


 くぅ〜〜〜覚えたい。



 んま、とりあえずは、あの巨大虎は夜しか出てこないから、今は臥龍の店の中で待って、バケツに水を溜めて、その中の水を掴む練習をしよう。


 流石に、家の中で焚き火はまずいからね。

 一酸化炭素中毒的な意味で。


 そして、僕がジーパンのポケットから、臥龍の店の鍵を出そうとすると、男とも女とも判然としない両性的な声音で声をかけられた。


 「貴方が、あの最重要危険人物のキョースケさんで、宜しいのでしょうか?」


 僕が声のする方を振り向くと、身の丈2メートルほどの長身で痩身の男が立っていた。


 頭には、15センチほどのシルクハットに、マジシャンのような燕尾服。


 白いステッキを左手に持ち、白い布手袋までして──本当のマジシャンみたいだ。


 靴も先の尖った黒いエナメルの靴だし。


 しかし、その男が、いかにも怪しいと思わせるのは服装では無い。

 怪しいのは顔である。


 理由は知らないが、左側だけピエロの仮面を着けているのだ。

 なんで、左側だけの片面の仮面なのだろう。

 と言うかその前に……。


 一目で一般人では無いことがわかる──それに……最重要危険人物なのかと、僕に問いかけてきたってことは……。


 やばい……こいつ……あのローザ達の仲間だ。


 こんな朝っぱらの住宅街で、バトルになんてなったら……洒落にならねーっての!

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