第78話 どんな達人も、最初はド素人



 *6


 今僕は、自室のベッドの上で瞑想している。(暑いから半裸で、下は黒い短パンである)


 理由は簡単だ。

 心絵が言っていた自分だけの『波動思念』を体得するためである。


 ふふ、昔の人はよく言ったものだ。


 言うは易し行うは難し。

 だが今の僕は違う。


 言うは易し行うも易しなのだ。


 まあとりあえず、そんなことよりも、心絵から四大思念は教わったが、あれってマジの基本だろ。



 ゲームで言うなら、パンチ、キック、ダッシュ、ジャンプ、みたいなモノを教えてもらっただけだ。


 『波動消覇』は応用技と言っても、攻撃系じゃないしな〜。


 なんかこう、ガツーンとさ、なんて言うか……


 皆が見て『ウォー! す、すげー!』みたいな技が欲しい訳ですよ。


 とは言うものの──あっ!


 大事なことを忘れていた。


 僕にも『呪詛思念』が使えるか、心絵に訊けばよかった。


 もしかしたら……『す、凄い。何で陰陽師でもないのに、全ての流派が使えるの?』みたいな会話になってたり……。


 ああ!! つーか違う!!

 灰玄が言ってたぞ!


 『波動思念』は『呪詛思念』の反動を和らげる技だって。


 じゃあ本当の必殺技って『呪詛思念』の方じゃん!



 く〜〜〜〜、つい有頂天になって大事なことを……


 いやでも待てよ。



 柔軟性があれば、『波動思念』でも充分、必殺技になるわけだ。


 まさしく、木を見て森を見ず、ではなく。


 森を見て木を見る。


 こんな言葉知らないけど、今勝手に思いついただけ何だけど。


 てか意味もよく解らん。


 おっ!


 なんか急に閃いた。



 森ってことは木がたくさんある。

 それらを縦横無尽にスパスパ切って行ったら……ダメだ、それじゃあ『波動爪牙』と同じだ。


 なんか無いか?



 考えろ〜考えろ!


 ────10分経過────



 「ブハァ! ダメだ。僕には柔軟性が無いんだな……」


 僕が途方に暮れていると、またしても閃いた。



 そうだ!


 何も最初から、ゲームキャラの最強超必殺技みたいなのに、こだわっていたからいけないんだ。


 どんなRPGも格ゲーも、技は多彩だが──ここ一番という時の超必殺技は1つか多くても2つだ。


 地味だが使い勝手のいい小技の方が大事な時がある。


 しかもゲームだって最初から強すぎても面白くない、強キャラと戦い、レベルをあげて、そこから新たな技を体得するものだ。


 僕としたことが、そんなことにも気が付かなかったなんて。


 かの有名な宮本武蔵だって、最初から剣豪だった訳じゃないんだ。


 かの有名なナポレオンだって、最初から戦争の達人だった訳じゃないんだ。


 ナポレオンに関しては、なんかのネット動画で見たが、最初は陰キャなガリ勉君だったらしいし。


 そう考えると何だか気持ちも楽になってきた。


 無理して、最初から最強を目指す必要なんてないんだ。


 世界中の有名な歴史に名を残す人たちも、最初はズブのド素人から出発している訳なのだから、別に気負う必要なんてない。


 むしろ最初は地味な小技から考えて、それをレベルアップさせればいい。


 おお。


 なんかゲームの主人公みたいな気分に──あれ?


 なんか違うぞ、別に僕はゲームの主人公になりたい訳ではなく、新しいエアコンが欲しいのだ。


 どんどん最初の趣旨から、かけ離れて行っているぞ。


 あっ!


 またまた良いこと考えた。


 今回の事件を解決させたら、その報酬として街羽警察署の署長さんに、エアコンを買ってもらえば良いんだ!


 心絵にも、気前よく天丼20人前も奢っていたし。(しかも全部大盛り……フードファイターか?)


 しかも僕の分も注文してくれた。


 よし! 段取りは決まったな。


 あとは、小技だ──ちゃんと木を……ん?


 別に木って、切るための物だけじゃなくね?



 大木に穴を開けて、その中に暮らすゲームのキャラとかいたぞ。


 穴か……貫通……う、今、一瞬だが鰐ヶ淵の顔が脳裏に──


 ええ〜い! 悪霊退散!


 よし! ちゃんと考えよう。


 ネットで貫通の類義語とかないか調べて見たが、あまり良さそうなのは無かった。


 というか、イメージしやすいものがなかっ──ん?


 穿孔……か。


 ちゃんと調べると貫通に似ているが、何だか格好いい響きだ。


 『波動穿孔はどうせんこう』ね。


 いいじゃん、いいじゃん。


 イメージもしやすいし、でもどこで練習しようかな。


 取り敢えず、僕が帰りに買ってきたノートに、思いついた『波動思念』を書くことにした。


 ていうか、そのために買ってきたんだが。


 その前にだ、どんなポーズにしようか。


 パンチだったら、ただパンチで穴が空いただけにしか見えないから──



 ここは、相手の体に、自分の掌を軽く触れて──掌から『思念気』が流れるイメージをして、相手の体に穴を空ける感じかな……。



 はぁ、それにしても、今日は久々に夜でも風があるから、何とかスライムみたいに思考が溶けずに済んでいるぞ。


 ちなみに僕の家は9階建ての団地で、僕が住んでいる階は9階である。


 つまり、より風の通りがいい。



 しっかし、さっきから思っていたが、外のサイレンが五月蝿いなぁ。


 いつもエアコンをつけて窓を閉めているから、外のサイレンの音など、さほど気にならないが──今は家中の窓を開けているので、マジで五月蝿い。



 全然『波動穿孔』のイメージトレーニングが出来ないじゃないか!


 僕は裸足でベランダに出て、サイレンの鳴る方角を眺めると──あり得ないものを見てしまった。


 署長さんが言っていた通りの、身の丈15……いや20メートルはありそうな、遠くで見ると大きな火の玉にしか見えない物体が、車道を時速100キロほどで走り回っている


 走る時に巨大な火の粉を撒き散らしながら──そして、その火の粉が原因となり、あちらこちらで火事になっている。


 消防車の数も10──15──20台ぐらい?


 それでも、消火活動には足りない台数である。


 なるほど、アレが例の燃える巨大虎さんか。


 いよっしゃ!


 そんじゃ、とりあえず、あの走る大火災の巨大虎を捕まえて、署長さんに恩を売ってエアコンをゲットしようじゃないか。


 まずは──「『波動壮丈』」



 瞬間、僕の周囲が大嵐のように荒れ狂った。


 蒼白い『思念気』は波濤のように、天高く舞い踊っている。


 でも、これまだ本気の10パーセントぐらいだけど……。


 ま、まあいいや。


 お次は──「『波動脚煌』」


 メラメラと両脚が燃えている感覚が脳内に伝播していく──だが以前のような痛覚的なものではない。


 両脚に力が漲り、天高く跳べる!


 そう思わせる感覚だ。



 そして僕は、勢いよく9階のベランダから、燃える巨大虎がいる方角に向かって、大ジャンプをかました。


 待ってろよエアコン──じゃない!


 待ってろよ、燃える巨大虎!


 あっ! ジャンプした後に気がついたけど、靴を履くのを忘れて裸足だった!


 しかも暑いから半裸状態だし……。


 これ、半裸に短パンで裸足だから──捕まったりしないよね?


 まあいいや、もし警察に捕まったら署長さんの名前を出せば、一発で無罪放免である。


 別に悪いことなんて、していないけれど……。

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