第49話 兄弟みたい

「美味しいもの食べる!」

「さっきクッキー食べたでしょ」


 苦笑するオリビアの手を引いて、早速街に繰り出そうとするのだが、彼女は動かない。


 馬車からおりた俺は、駆け出したくて仕方がなかった。街へのお出かけなんて、滅多にできるものではない。


 わくわくする俺とは対照的に、オリビアはとことん冷静だった。「準備があるので少々お待ちください」と言ってその場から動かない。騎士団同行のお出かけである。極力目立たないようにと、なんだか忙しそうに準備している。


 俺たちは今、街の少し手前にいた。ここで俺たちは馬車をおりて、街までは歩いていく手筈になっている。


 騎士団は、定期的な見回りを装って街に散らばる予定らしい。普段通りの見回りのふりをして、離れたところから俺の安全を確保するとか言っていた。俺のすぐ側には、オリビアとエルドがつく。


 エヴァンズ家騎士団が固まって動くと、それなりに目立つ。揃いの騎士服は、集まると威圧感があるからな。特に俺を取り囲んで歩けば、公爵家のお坊ちゃんが居ますと大声で触れ回っているのと変わらない。なので、なるべく気配を消す必要がある。


 いつもの騎士服ではなく、普段着っぽい格好に着替えたオリビアとエルド。ただし、なぜかオリビアは男装していた。いや、本人的には男装のつもりはないのかもしれない。だが、長い銀髪をアップにして、エルドと同じような動きやすさ重視の服装をしている彼女は、どうみてもお兄さんにしか見えなかった。平民になりきるつもりらしく、その腰に剣はない。代わりに、短刀を懐に忍ばせているらしい。空には、ちっこい鳥であるルルがいる。


 隙のない佇まいと、キリッとした顔立ちが、余計に彼女を男性っぽくみせている。


 オリビアは背も高い。鍛えているので、体付きもそれなりによろしい。


「オリビア。お兄さんみたい」

「悪かったですね」


 褒め言葉のつもりだったのに。なぜか不機嫌顔になるオリビアは、ちょっと気難しい。おまえが勝手にその格好をしたんだろ。


「じゃあ兄弟って設定にしますか。俺が長男で、オリビアが次男。テオ様が末っ子で」

「俺が長男がいい」

「それはちょっと。年齢的に無理ですね」


 長男に立候補してみたのだが、エルドによってあっさりと却下されてしまった。さらっと次男認定されたオリビアが、不満そうに唇を引き結んでいる。


 オリビアは十八歳だが、エルドは二十歳。エルドの方がお兄さんなのだ。ちなみに俺は七歳。


 ユナには、きちんとあとをついてくるようにと言い聞かせた。迷子になったら大変だ。首輪をきちんとしているので大丈夫だと思うけど、誰かに拾われたりしたら大事件だ。


 そうして時間を潰していれば、デリック副団長が用意が整ったと報告に来た。これから彼とは少し離れて行動することになる。


「オリビアとエルドから離れないでくださいね」

「はーい」


 デリック副団長の指示に、大きな声でお返事しておく。俺はいい子なので。それくらいお安いご用だ。


 お忍びでのお出かけなので、目立つ行動は厳禁だ。


「では行きましょうか」

「うん!」


 騎士団は、俺たちの前後に分かれて行動するらしい。なんだか気楽なお出かけだと思っていたのに、色々と計画が立てられていてびっくり。さすが貴族って感じだな。


 兄上がすぐのお出かけは難しいとごねていたが、理由がよく分かった。安全云々を考えれば、事前に騎士団含めた話し合いが必須なのだろう。この計画性を見れば、今後あんまり気楽にお出かけしたいとは言えないな。

 

 オリビアと手を繋いで、街まで続く一本道を進む。


「楽しいか、ユナ」

『え? いやそんなに』


 まだ街じゃないもん、と細かいところを気にするユナは、短い足で一生懸命に歩いている。いや、一匹だけ小走りに移動している。なんか可哀想である。オリビアの手を引いて、ユナを指差す。


「猫、足短い」

「え?」

『なにその突然の悪口』


 悪口じゃない。慌てて「抱っこしてあげる」と言葉を付け足す。


『いいよ。自分で歩ける』

「でも足短い」

『短くて悪かったな』


 ムスッと不機嫌声を発するユナを捕まえるために、立ち止まる。オリビアの手を離して、代わりにユナを抱き上げれば「重くないですか?」と、エルドが横から手を伸ばしてくる。


「大丈夫。俺が持つ」

『いいって言っているのに』


 ぐちぐちいうユナは素直じゃない。両手でしっかりとユナを抱えて、えっちらおっちら先に進む。オリビアとエルドが、なんだか不安そうな目を向けてくる。


 そんなに心配しなくても。いつもユナを抱っこしているから大丈夫だ。街までの道のりを急ぐ。暗くなる前に帰ってこいと、フレッド兄上から口うるさく言われていた。時間を考えると、もたもたしている暇はない。


 スタスタ歩く俺の横を、オリビアとエルドがついてくる。


「ユナちゃん、俺が持ちますよ? テオ様には重いでしょ」

「大丈夫!」


 何度かエルドが手を差し出してくるが、お断りしておく。ユナは俺のペットだ。俺がきちんと面倒みるから安心してほしい。

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