第十二話

「は、はしたないところをお見せしました」

「いや、の新しい一面が見られて面白かったよ」


 彼女は夢中で三十分ほど走り回っていた。しかし俺たちの呆れ顔に気づいて恥ずかしそうに戻ってきたというわけである。


「それにしても三十分も全速で走り続けられるのか」

「私も驚きましたわ」


『ヨウミ君!』


 いのづか陸将補からの念話だ。やっぱり見つかったか。自宅の敷地内は見られないようにしてあったが、こっちはわざと規制していなかったからな。


『はい』

ありはら君が恐竜に乗っているように見えたのだが、どうなっているのかね!?』


『恐竜の脳内にチップを埋め込みました』

『な、なるほど。私も乗ることが出来るのかな?』


『可能か不可能かで言えば可能ですが、閣下のご年齢ですと体力的にオススメは出来ませんね』

『そうか……在原君』


『えっ!? 猪塚陸将補様!?』

『うん。恐竜に乗った感想を聞かせてもらえるかね?』


『ま、まさかご覧になられてましたの!?』

『ずい分楽しそうだったねえ』


『い、嫌ですわ! 恥ずかしい!』

『感想は聞かせてもらえないのか』


『あ、いえ、お聞かせするのが嫌という意味ではございませんの。そうですわね、二足歩行ですが気を遣ってくれたようで、馬よりも速いのに揺れはあまり感じられませんでしたわ』

『ほう、そうか!』


『ですが手綱を握る握力とあぶみをしっかりと踏ん張る足の力はそれなりに必要かと存じます』

『そ、そうか……』


 上げて落とすとは、天然でこれをやっているのだから美祢葉は恐ろしい娘だが、本人には悪気は全くないんだろうな。


常歩なみあし速歩はやあし程度でしたらそれほど力はいりませんが、逆に揺れは大きくなりますわね』


 常歩なみあしとは馬にとって最も楽な歩き方、速歩はやあしとは人間のジョギングのような歩き方で、馬が最も早く遠くまで移動出来る歩法である。この場合の"早く"とは速度ではなく、短距離を除く同じ距離を移動するのにかかる時間のことだ。


『それと高さは馬の倍くらいの感じでしたわ。あくまで私の体感ですけど』


『まあ、そこは問題なさそうだ。ヨウミ君、どうかね?』

『どうかね、と申されましても……』


いのづか陸将補様、よろしいでしょうか?』

『ハラル君か、何かな?』


『恐竜は人間で申しますところの小学生程度の知能ですので、馬と同様の扱いですとストレスを与える結果になると思われます』


『つまり常歩なみあし速歩はやあしを強いるのはよくないと?』

『はい』


『そうか……分かった。諦めよう。ただしヨウミ君!』

『はい?』


『政府や軍の関係者も乗せないと約束してくれ』


『元々乗せるつもりはありませんが、一応理由を聞かせて頂けますか?』

『私の心の安寧のためだよ』


 嫉妬するからかい!


 猪塚陸将補との念話は終わり。


『レイヤさん、何のお話をされているのですか?』


 今度はなつしののみや様だ。今日はやけに静かだと思っていたら、公務をこなしていたらしい。一日中公務に追われていればよかったのに。


『何か失礼なことを思われました?』

『いえ、別に』


『もう一度お聞きしますが、何のお話をされていたのですか?』

『恐竜についてですよ』


 そこで俺は仕方なしに○国の施設を潰して恐竜を保護したところからこれまでの経緯を伝えた。和子様にはドローンを貸し与えていないので、こちらの状況は美祢葉を通すか念話で知るしかないのである。


 そして美祢葉のお仕置き期間は過ぎていたが、彼女は俺たちといる時は偵察型ドローンを使用しない。


『きょ、恐竜に乗れるのですか!?』

『まあ、光学迷彩スーツの重力シールドを纏えば、振り落とされて怪我をすることもないでしょう』


『ど、どうすれば乗れますか!?』

『こちらに来て頂ければ。和子様にはそこが一番のハードルでしょうけど』


『確かにそうですね。何か政府絡みのイベントでもあればいいのですが……』


『それでしたら政府関係者と軍の関係者が近々こちらに視察に来られますが、彼らに便乗されてはいかがですか?』

『ハラルさん、本当ですか!?』


『はい。内閣総理大臣の杉浦すぎうら爽治そうちさんも視察のメンバーに入ったようです』


『え、マジに総理大臣が?』

『はい、レイヤ様。後は軍務省の北角きたかどとおる大臣と軍務次官の島森しまもり大夢ひろむさんもです』


 島森次官は以前、海賊船のことでありはら海運に乗り込んできた男だ。その時に一緒だった外務次官のしば努希ゆめきはメンバー入りしていないとのことだった。


『ただ、彼らにはじょうりゅうを見せるつもりはありませんので、乗りたければこちらに一泊出来るように予定を組んで下さい』

『視察はいつですか?』


『まだ正式に打診は来てませんが、ハラル、予定は決まったか?』


『スケジュールはこれから詰めるようです。それと軍からは猪塚陸将補が来られるようですね』

『陸将補にはじょうりゅうの件を黙っていてもらおう。あの人の心の安寧のために』


 大臣たちは敷地の中に入れず、壁際に建てた厩舎を覗けるように壁に五十センチ四方の穴を開け、光学迷彩で鉄格子が嵌まっているように偽装した上で見せる。


 壁の外側には後の一般公開も見据えて見学棟を建てればいいだろう。猪塚陸将補にはボロが出ないように、その時が初見であるとの演技をしてもらうことにした。


 そんなことを考えていた折、再び和子様から念話が飛んできた。騒がしいお姫様だよ、全く。


『レイヤさん、今度こそとっても失礼なことを考えませんでしたか?』

『いえ、別に。ところでどうされました?』


『そうです! 恐竜の視察ですがお父様、陛下から参加を許可されました!』

『ああ、よかったですね。泊まりは?』

『もちろん大丈夫です!』


 和子様は仲間だし、居住用ポッドの方に泊まってもらっても問題ないだろう。


『ただ……』

『ん? ただ、何です?』


『陛下も一緒に行くと仰せになられて……』

『はぁっ!?』


 今の天皇陛下、なつしののみやきよひとは戦後の生まれで恐竜の実物を見たことがないのだと言う。加えて和子様と同じ生物学を研究のテーマにしているとのこと。


 だとしても、だ。


『いやいや、さすがに天皇陛下への礼儀作法なんて知りませよ』

『あ、そこは心配ありません。陛下には学友と伝えてありますし、護衛の方たちにも皇族への非礼があったとしても咎めないように申し伝えてありますから』


『と言われますと、すでに陛下のご来訪は決定事項なんですね?』

『すみません』


 決まってしまったことなら仕方がない。しかしこのことが逆にこちらの主張を通す切り札になろうとは、この時の俺には想像もつかなかった。

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