友達だと思ってた奴が俺狙いだった

 俺、相沢はそんなに魅力的な人間じゃない。取り立てて目立つ特徴も、長所もなくて、人に褒められることもそんなに。社会人にもなって恋愛経験も皆無。

 そして俺の隣にいる同僚のこの男、芳賀はものすごく魅力的な人間だ。普段ちょっとお目にかかれないイケメンで、仕事ができて、職場でもいろんな人から褒められている。恋愛経験についてはちょっと分からない。

「相沢、これもおいしいよ。仕事終わりで疲れてるだろ、食べな」

 そのハイスぺイケメン様は、焼肉屋で、俺にせっせとカルビをハサミで切っている。華金のこの集まりは、新卒の頃から、かれこれ三年ほど続いていた。

 俺はすっかり汗をかいたビールジョッキを持ち上げて、酒を流し込む。肉の濃厚な味と脂を、爽やかなのどごしが洗い流していった。

「芳賀も食べろよ」

「ちゃんと食べてるって」

 明らかに俺の方に肉を寄せながら、せっせと芳賀は網に肉と野菜を載せ続ける。いい焼き加減になったものは片っ端から俺の皿へと乗せられた。

 こっそり芳賀に寄せた肉はちゃんと彼の皿に乗るものの、注文したものの七割くらいが俺の胃袋に入っていた。

「相沢、もっと食べな。牛タンも焼けたぞ」

 ひょい、と、また肉が俺の皿に乗せられる。俺がいくらとろくて芳賀の仕事ができるからって、こんなに接待してもらうと、居心地がちょっと悪い。

「いや、マジでいいよ……」

 俺がちょっとイヤイヤ首を横に振ると、芳賀はちょっと困った顔をした。だけど俺の方が困っている。手前に寄せられたカルビ、ハラミ、赤身を芳賀の手元に戻し、代わりに生焼けの玉ねぎとエリンギを引き取る。芳賀はステンレス箸で焼けた肉を転がし、「でも」と往生際悪く俺を見た。

「腹、減ってない?」

「もう充分食べた」

 俺の言葉に、相沢は「そう?」と気のない返事をする。そして、自分の全然汚れていない皿に肉を引き取り、タレに肉をちゃぷんと漬けた。普段はきはきして明るい奴が、妙にしょぼくれている。ちょっと調子が狂いつつ、俺は弱火のところを狙ってじっくり玉ねぎを焼き始めた。

「焼肉、おいしいよな」

 わざとらしく明るく言って身を乗り出すと、芳賀はぱちぱちと目を瞬かせた。

「そうだね」

 彼はちょっと元気を取り戻したようで、肉をひょいひょいと自分の皿に乗せ始めた。芳賀も自分のビールジョッキを傾けて、胃袋に酒を流し込む。酒池肉林ってこういうことかな、とちょっと酔いの回り始めた頭で思った。

「芳賀はさぁ、なんで俺を誘ってくれるの」

 ぽつりと疑問を口に出すと、芳賀の手から箸がぽろりと落ちた。

「ごめん」

 彼は慌てて机に転がった箸を拾い上げ、「いやぁ、そのぉ」と不自然にどもり始める。

「……俺といて、楽しくない?」

「いや、それとこれとは別の話。芳賀といるのは楽しいよ」

 俺がそう言うと、芳賀も「そっか」と少し元気を取り戻したようだ。

「俺も、相沢といると、楽しいよ」

 ふうん、と俺は気のない返事をする。内心、ちょっと、かなり、嬉しい。俺は友達もそんなにいないし、人からこうして好意を持たれるのは、くすぐったかった。

 芳賀はちらちらと俺を見て、「相沢はさ」と、もごもごしながら肉を網の上で転がす。

「……俺のこと、どう思ってるの」

 そう言われると、ちょっと言葉に詰まった。友達、って言っていいのかな。俺なんかに友達って言われて、芳賀は迷惑じゃないかな。

 だけどその本人は、こうして顔を真っ赤にして、俺の顔を見ずに肉を焼いている。俺はちょっとだけ考え込んだ。

「ともだち、とか」

 意を決して俺がそう言うと、また芳賀の手から箸がぽろりと押した。今度はころりと机から転がり落ちたそれを、芳賀は慌てて拾う。

「と、ともだち、かぁ」

 彼の目が泳ぎ、あれ、と俺は首を傾げる。もしかして、俺は何か、間違えたのだろうか。

「いやだった?」

「イヤっ、では、ない」

 不自然な挙動で芳賀は呼び出しボタンを押し、店員さんに箸を取り換えてもらった。俺はどうすればいいのか分からなくなって、黙り込む。

 しばらく、地獄のような沈黙が俺たちの間に降り立った。肉の焼けるじゅうじゅうという音、周りの喧噪。俺がそっと芳賀を見ると、彼は顔を赤くしたまま黙りこくっていた。

 どうしよう。俺はやりきれなくなって、酒を一気に飲み干した。芳賀は「相沢」と焦って俺の名前を呼んでいるが、そんなことよりこの空気から逃げたい。

「水、飲めって」

 相沢がお冷を差し出し、俺はそれも一息に飲む。ちょっと悲しくなってきた。俺のことを友達と思っていない奴に、こうして介護されている。

「相沢」

 芳賀は俺にせっせと水を注ぎ、俺はそれを飲む。すぐにお手洗いに立ちたくなって、「トイレ……」と立ち上がった。

「大丈夫かよ」

 芳賀も火を止めてついてきてくれた。俺はトイレに入って用を足し、出てくる頃にはなんだか惨めになって、手を洗いながら芳賀を見上げた。

「……俺のこと、友達って、思ってないんだな」

「い、いや、その」

「どういう気持ちで、俺のこと誘ってんの」

 ちょっと詰っているみたいになってきた。俺がじっと彼を見つめると、彼の顔はますます赤くなってきた。目は熱っぽくたわんで、逆光の中で爛々と光っている。

「分からない?」

 首を横に振る。彼は俺に覆いかぶさるように、のっそりと顔を近づけてきた。イケメンは焼肉屋でも、フローラルないい香りがする。俺が目を細めると、彼の熱っぽい息が、俺の鼻にかかった。

「分からないんだ?」

 妙な雰囲気の芳賀は、俺を手洗い場の隅に追い詰めた。俺を腕の中に閉じ込めるように台に手を突いて囲い込み、「こんなにアピールしてるのに?」と、悲痛な声を出す。

「ねえ、相沢」

 彼の声に、俺の心臓がどくんと跳ねた。彼は深く息を吐き、「下心があるのかとか、思わないの」と、俺の肩口に額を近づける。

「わ、分かったから」

 俺が彼を押しのけようとすると、彼は俺の身体に腕を回した。ふう、と彼の身体が俺の身体にのしかかり、俺の頬がカッと熱くなる。

「こういう、理由だって、ずっとアピールしてたつもり」

 俺はすっかり参ってしまった。天井を見上げて「うん」と頷き、どうしようかなぁと途方に暮れる。

 だけどイヤというわけではなくて、つまりそういうことだった。俺は芳賀の背中に手を回し、「分かった」と頷いた。

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