38:偽物と本物

「感傷に浸ってる場合かい!?」


「ボア!?」


茫然としている俺に殴りかかろうとしていたボアを反射的に避けると、彼の顔が傷だらけになっていることに気付いた。こいつがここにいるってことは、カインはどうなったんだ!?


「ボア、お前カインをどうした!」


「さあね。君みたいにもう殺しちゃったかも♪」


「お前だけは、絶対に殺す!」


「そう来なくちゃ。勇者の殺し合いこそ、このショーの醍醐味だ!」


震避と拳の一進一退が続く。こいつの眼は腹が立つほどいい。しかも、マネする能力も高い。それも、祝福もなしにだ。いや、こいつのこの運動神経はナチュラルギフテッドと言ってもいい。


「なぜ、その力を持て余すんだ! お前なら、選択肢など沢山あったろうに!」


「君には選択肢がなかったといいたいの? なら、それ僕も同じだから。僕だって、孤児で生まれ、このショーで育った。ずっと、殺し合いだけで生きて来た。そして最後の最後で敗れてしまう。でもね、それがとっても気持ちいいんだ。だから、また味合わせてよ。僕に、死を!」


「ふざけてんのか!!」


こいつとしゃべると背筋が凍る。こいつの虚無感漂う闇黒の瞳が、そうさせるのか? それとも、こいつ自身のオーラって奴か?


「ジュノ!!」


「カイン、なのか!?」


飛びかかるかのように穴に落ちて来たカインがボアに噛みついていた。その姿はもうボロボロで、片目がつぶれていた。


「よくも僕の顔を台無しにしてくれたねぇ!! お返しだ!!」


「頑丈な犬だね、嫌いじゃない。でも、もうお終い」


背負い投げされたカインを後目に、俺はボアに殴りつけた。ボアの体幹は強い。それでも、俺は殴り続けた。


「破魔震伝流 ‐魂揺‐!!」


「う、うぅ......」


「カイン、立てるか?」


「君に心配されるなんて、焼きが回ったかな? ......フフ、大丈夫だよ」


「へえ、まだ立てるんだ。もういいや、まとめて殺してあげるよ!」


俺とカインは分散し、不規則に蹴ったり殴ったりを繰り返していく。ボアはそれのほとんどをはじき返していった。化け物のような身体能力だが、いずれ限界がくる。


「そう思っているんでしょ? でも、僕に限界はないの」


思考を読み取ったかのような口ぶり、でもその顔は真剣だ。彼は拳でフェイントをかけ、蹴りで俺の態勢を崩した。


「うわぁっ!?」


「じゃあ、ん? なんだ?」


「今だ! ジュノ!」


「破魔震伝流・奥義 ‐魂揺・震‐!!」


脳天に穿つ拳にはさすがのボアも膝をついた。カインがとどめを刺そうとすると、ボアはその拳を止めて見せた。


「往生際が悪いねぇ!」


「待ちなよ、僕の負けは認める。でも、殺すことないでしょ!」


「なんだかんだで、俺はお前のことが好きだったのかもしれない。がっかりしたよ、ボア」


「は、ああ!あああ......!! し、死にたくない! しにたっ!」


俺の最後の一手が、ボアの口を閉ざした。残ったのは、腕に付いた血とその場に流れた血痕だけだった。


「これで、残りの証の数は3つってことになるのかな?」


「多分......」


「じゃあ、ここからは君と僕の競争、だね」


「なんとも思ってないのか? 俺の事」


「やるべきことをやったと思うよ。君の夢のためだよ、僕でもそうした」


「俺は、俺自身が時々怖い。やっぱり、人を蹴落としてまで得る夢なんて......」


「君は本当に優しい。だから、できれば強く生きてほしい。じゃあ、行きていればまた会おうね」


そう言うと、カインは暗がりへと消えていった。音もなく、さっぱりとした別れだった。上に残っていたエルフの子、リンドウは大丈夫だろうか? いや、人の心配をしている場合じゃないか......。俺は別のルートから300階へと目指そうと歩き始めた。


「もう少し、もう少しで......」


俺が坑道を歩いていると、崖に近い坂を上る1人の女性がいた。彼女に見つからないように、俺はその後ろに尾いていった。中腹までくると、女性が止まり、俺も止まった。......俺の後ろにも誰かがいる。そう考えたのも束の間、その気配が強くなっていく、しかも2つ。


「死神の俺様が帰ってきたぜ」


「お前、フィドルか!!」


「きゃあ!!」


上からの声? まさか、前にいた人も? すると、前を登っていた人が崩れ落ちて行くのが見えた。俺はフィドルを蹴飛ばし、落ちて行く女性を抱えようとした。だが、フィドルの弾丸が背中に命中した。


「うがっ!!」


みるみると元の位置に戻ってきたわけだが、腕に抱えた彼女はどうやら無事だった。よかったと、ホッと一息ついているとまた背中がズキリと痛み始める。


「背中撃たれて立てる奴がいんのかよ......。バケモンだぜ、お前」


背中の剣を綺麗に避けやがって......。ただ、それのお陰で脊髄に損傷がなかったのは幸いだった......。


「妹探しは、終わったのか? フィドル」


抱えていた彼女をそっと地面に降ろし、俺は背中の剣の柄を握った。


「その道中、殺し損ねた害虫がいたもんでな」


「そうか、それは残念だったな!!」


彼が銃の引き金を引こうとした瞬間に、俺は剣を引き抜いて投げ飛ばす。その剣はどうにか拳銃をはじき返し、弾丸もあらぬ方向へと暴発した。


「てめえ!」


「やめ、なさい......。お兄さん......」


凛とした声が響く。その声の主は、さっき俺が抱えていたスーツ姿の女性だった。顔は傷だらけで、よくわからないがフィドルを知っているのか?


「は? だれだてめえ」


「だれの、せいで、顔を変え、声を変え、好きでもない貴族に奉仕してると、思ってるの......」


「え、は......?」


「あんたなんか、死ねばいいのよ!!」


女性はすぐに胸元から小銃を取り出した。その小銃、どこかで見たような......。いや、今はここで止めないと!!


「ちょ、ちょっと待って! 少し話そう!」


「邪魔よ、あんたは関係ないでしょ! どきなさい!」


き、兄妹? じゃあ、フィドルの言っていた妹って......。この人のことを言ってるのか? もしかして、ずっと前に出会ったセバスチャンって名乗ってた子なんじゃ......。


「それなら、もっと関係あるよ! これでも、フィドルとは仲間だったんだ。それに、君とも関係がなかったわけじゃない。前のフロアでお世話になったよね? セバスチャンって名乗ってた子だよね?」


「......。よく、覚えていますね......。私は、セバスチャンという名前でもない役職名を押し付けられた。それもこれも、この兄と父が、賭博なんていうものに......」


「金がいったんだ。お前を、俺達を養うためだったんだ! 仕方ねえだろ! ライア、一緒に帰ろう!!」


「なら、まっとうに働け! クソ野郎!」


「それは、確かにフィドルにも非があると思うけど......」


「黙れよ、血も繋がってねえ家族もいないお前が口を挟むなよ。これは俺とライアの」


その時、俺は口よりも先に手が出ていた。しかも、拳で殴っていた。


「今、なんていった」


「偽物の家族しか知らないって言ったんだよ。事実言って何が悪い! お前に俺の気持ちがわかるか!」


「わかんねえよ! でも、お前だって妹さんの気持ちわかってんのか!」


「わかってるし、愛している。だから!」


「それが博打の言い訳か!」


フィドルはいつになく激情し、銃も忘れて俺に楯突く。彼の拳は弱く、それ一つ一つ手に取るようにわかる。俺はそれを躱し、蹴り飛ばす。


「クソがっ!! 一発あてれば!」


「俺に当たるものか......。武術も習ってない、努力もしてないお前が拳で勝てるわけないだろ......」


上から肘打ちを食らわせ、フィドルは気を失った。彼の胸元を探ると、そこにはペンダントがあった。それを、彼女に見せた。


「お兄さん......」


「君の事は本当に守りたい、救いたいってずっと言ってた。だから、僕はこういうことしかできない。君にこれを渡すことしか......」


彼女はペンダントを抱きしめ、ほろりと涙を流した。


「......ありがとう、ございます。ちょっと、救われました。それと、怒鳴ってごめんなさい」


「いや。俺こそ、家族の事に口を出して申し訳ない。どうしても、腹が立ってしまって......」


「そうね、そのことも兄に代わってお詫びします。きっと、いい家族がいらっしゃったのね」


「ああ。最高の母親だったよ」


死神となったフィドルは消えていた。もう戻れないだろう、そう悟りうなだれるライアを俺は胸を貸すしかできなかった。


「......。はぁ、もう私がここにいる理由はない。私はショーを降りる。後は、キミに任せる。頼んだよ、優しい勇者くん」


俺の手を優しく握り、うるんだ瞳で俺を見つめる。そして、彼女は立ち去った。彼女の姿も、証もすべてない。辞退が認められたんだ。










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