第87話 もう、いがみ合う理由はない

 数日後、お見舞に来たともちゃんと賢哉の傍らには興俄がいた。ともちゃんが頼んで連れてきたのだ。

「この人なら、冬華の役に立つかも」


 興俄と鷲たちはあの戦い以来、会っていない。学校は再開されたが、興俄は登校していなかった。


「元気そうですね」

 鷲の言葉に興俄は頷く。

「話は聞いた。記憶が無いのか?」

 興俄の視線は冬華に向けられた。彼女は半身を起こして、ともちゃんと賢哉に微笑んだ。

「朋渚ちゃん、賢哉くん。来てくれたんだ。ありがとう」

「冬華、具合はどう?」「ちゃんと食べてるか?」

 二人は今までも何度か冬華の見舞いに来ていた。だが、冬華は友人のことも覚えてはいなかった。

「冬華の記憶に働きかけられますか? 元に戻せるならお願いします」

 鷲の言葉に頷いて、興俄はじっと冬華を見つめた。見つめられた冬華は不思議そうな顔で首を傾げる。

「あの……」

 興俄は何も言わず、ただ冬華を見つめる。

「ええと。貴方、誰? 鷲くんのお兄さん?」

 冬華の言葉に苦笑いしつつ、興俄が見つめること数分。彼はやっと彼女から目を逸らした。


「どうです?」

 鷲の問いに、興俄は厳しい顔で首を振った。

「俺が読み取れる範囲では、何もない。もともと、お前達の記憶は読めなかった。だが、それとも違う。空っぽなんだ。こんな人間に会ったのは初めてだよ」

「そうですか」

 鷲は肩を落とした。

「これからどうするんだ」

 興俄が尋ねる。


「僕は、冬華と生きて行きます。彼女に今までの記憶がないとしても、これからの思い出は作れますから。貴方はどうするんですか?」

「俺は前世に囚われすぎていた。高校生の俺はまだ何も成し得てはいない。今の俺には何の実績もない。今世では戦術・戦略面での専門知識が皆無だった。未だに知らないことが膨大にある。俺はこれからもっと己の知識を磨く。力を失った女には何の興味もない。そいつはお前にやる。今度こそは添い遂げろ。もしもこの先会うことがあったとしても、邪魔だけはするな」

 じゃあなと言って興俄は病室のドアを開け出て行った。


「誰が邪魔するかよ。相変わらずの上から目線だな。それにやるって……あの言い方」

 御堂が肩を竦める。

「冬華はモノじゃない。それに貴方のモノでもなかったでしょう」

 鷲は廊下に飛び出して、去って行く背中に言葉をぶつけた。しかし、彼が振り向く事はなかった。

「あれが、あの人なりの精いっぱいの励ましなんだよ。たぶんだけど」

 ともちゃんが苦笑いしながら呟いた。

「みんな、神冷先輩に対して冷たくないか? 俺はいい人だと思うけど」

 賢哉がそう言うと、ともちゃんが唖然とした顔で彼を見る。

「いい人って……何も知らないって、ホントに罪だよ」

「え? どう言うこと?」

 賢哉は首を傾げるが、

「何でもない。こっちの話。賢哉は何も知らなくていいの」

 いつものように一蹴された。


「さっきの人……」

 ずっと黙っていた冬華が口を開いた。

「え? まさか冬華まで良い人そうだとか、素敵だとか言わないでよ」

 すかさず、ゆかりんが釘を刺す。

「なんか嫌な感じなんだけど」 

 冬華の一言で、その場に居た賢哉以外の全員が吹き出した。


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