第16話 あの男

「それで、夢野冬華から何か収穫はあったの? あの様子じゃ、まだ覚醒していないようだけど」


「それより、教えてくださいよ。あなたは誰が転生しているか、見抜ける力があるんだ。俺たちの他に誰がいるんです?」

 興俄は麻沙美の質問を質問で返した。


「貴方、人の心を読めるんでしょう? 心を読めない人間が転生者だって言っていたじゃない。私がいちいち教えなくても、そのくらい自分で調べなさい」

 課題を解かせる先生のような口ぶりで(実際、先生なのだが)麻沙美が言うと、


「この力はあまり使ってないんです。どうでもいい人間の心を覗いたところで、疲れるだけだ。この力を使わなくても、俺の人心掌握術で大抵の人間はコントロールできる。だいたい、誰がこの世に転生しているのか調べるのが貴女の仕事だろう? 俺は他にやる責務がある。彼女は以前に知らない男から『シズカ』と呼ばれたんです。俺たち以外に、彼女の前世に気がついている人間がいるんだ。でも俺はそれが誰かわからない。貴女はそれが誰か知っているんでしょう?」

 声のトーンを落とし、興俄は麻沙美を見据えた。


「仕方ないわね。もう少し先の楽しみにとっておいたんだけど、教えてあげる。彼女の近くにあの男がいるのよ。彼女が前に会った知らない男と同一人物だと思うわ」

 麻沙美の言葉に興俄は眉を顰める。


「あの男って誰です。平家の人間ですか? それとも、法皇……となるとかなり厄介だな。あの人が一番信用できない。知っているなら、なぜ俺に報告しない」

「会えば絶対に分かるからよ。でも見つけたからと言って、揉めごとは起こさないで。厄介ごとが増えるって分かっていたから、黙っていたのよ」

「近くにいる。となると、その男はすでに彼女と接触しているんですか」

 麻沙美は何も答えず、興俄に抱きつき彼を押し倒した。彼女の口から男の名前は出そうもない。そう思った興俄は、彼女の身体を抱き止めながらこれ以上聞くのをやめた。


 週明けの昼休み、興俄は冬華のクラスの前にいた。教室にいるのはクラスの半分と言ったところだろうか。冬華の姿は見つからない。


「神冷先輩。冬華は日直なので職員室に行ってますよ。呼んできましょうか?」

 教室にいたゆかりんが興俄に駆け寄ってきた。


「いや、たいした用じゃないから。ありがとう」

 興俄は微笑みながら教室内を見回す。どの生徒も簡単に心が読める。気になる生徒はいなかった。麻沙美の言っていた『あの男』は他のクラスにいるのかもしれない。  そう思った時、


「冬華なら椎葉くんと話してたよ」

 別の生徒がゆかりんに声をかけた。麻沙美の話もあって、冬華の周辺にいる男は把握しておこうと思った彼は尋ねる。

「椎葉くんって?」

「えっと、少し前に転校してきた子です。大丈夫ですよ。冬華は先輩一筋ですから」

 ゆかりんたちは、にやにやしながら興俄を見ている。


「いや、疑ってなんていないよ。邪魔したね。ありがとう」

 興俄は苦笑いして立ち去った。


 彼は廊下を歩きながら思案する。椎葉くん……椎葉、確か名前は椎葉鷲。それは何気なく耳にした名前だった。少し前に二年生の転校生、椎葉鷲が美少年だとクラスの女子が話していたのだ。内容は取り立てて特別な話ではなかったので、その時は気にも止めなかった。転校生となると、彼が五月に冬華に声をかけた『知らない男』だった可能性もある。

 それならなぜ冬華はその話を俺にしないのか。


「あの男……か。その転校生、確認する必要がありそうだな」

 人気のない廊下に興俄の声が冷たく響いた。


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