第12話 彼の疑惑
昼休みの教室は穏やかだ。
ともちゃんは彼氏の賢哉と相思相愛で、ゆかりんは新たな恋を捜している。
「でもさ、ともちゃんと賢哉って『ままごと』みたいだよねぇ」
ゆかりんが言えば、
「ゆかりんは、その相手すらいないんだよねぇ」
ともちゃんが言い返す。
冬華はそんな二人を苦笑いしながら見ていた。こうやって軽口を叩き合う毎日が、楽しいのだ。
「まぁ、あんたには周囲もうらやむ彼氏がいるからさ。私達たちの会話なんて、どうでも良い話なんでしょうけど」
「先輩ってモテるから、冬華の知らないところで妾の一人や二人いるかもね」
「妾って……いつの時代の人だよ」
二人に話題を振られて、冬華はまた苦笑いをした。
「いろいろ言われたけどさ、結局、興俄先輩は冬華一筋なんだよね」
「うん、まぁ……」
ゆかりんの言葉に冬華は表情を曇らせた。
「どうした? まさか、先輩が浮気とか?」
ともちゃんが真顔で尋ねる。
冬華は気まずそうな顔で窓の外に目を向け、『あっ』と小さな声をあげた。友人二人もそちらに目をやる。
視線の先には、興俄が一人の女性と話し込んでいる姿があった。女性は日本史の教師、北川麻沙美。美人教師の北川麻沙美と興俄が並ぶと絵になって、お似合いだ。冬華とて認めざるを得なかった。
「彼氏が年上の美女と密会かぁ。確かにあれは疑惑の2ショットだわ」
「北川先生って、キツイ性格だけど、スタイル良いし、色気たっぷりだもんね」
「どうせ私はお子様ですよ」
二人の言葉に冬華が頬を膨らます。
冬華は今までも二人が話し込んでいる姿を幾度となく目にしていた。あの雰囲気は教師と生徒以上の何かがあるんじゃないかと思ってはいたが、直接、興俄には聞けなかった。
「でもさ、気になるなら先輩に確かめれば? 彼女なんだし」
「そうなんだけど」
ともちゃんの言葉に、冬華は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
付き合い始めて、もうすぐ二ヶ月。傍から見れば、興俄と冬華はリア充カップルだった。スマホで連絡を取り合って、時々は一緒に帰っている。
休日に出かけたこともある。デート中も先輩は落ち着いた雰囲気で冬華をエスコートしてくれた。行く先で会う店員さんや見知らぬ人に対しても優しいし、声を荒げるような真似もしない。日が暮れる前にはちゃんと家まで送ってもくれる。冬華はそんな彼が好きだ。ただ、どうしても二人の間には見えない壁のようなものを感じていた。紳士的な態度だと言えばそれまでだが、どうしても一緒にいると気後れしてしまう。
「今日も一緒に帰るんでしょ。直接聞けばいいじゃん。何を遠慮してるの?」
不思議そうにゆかりんが聞く。
「うん、そうだね」
冬華は曖昧に微笑んで、頷いた。
放課後、冬華は興俄と並んで歩いていた。彼は時間が合えば、家まで送ってくれる。
冬華は北川先生との関係を聞こうと思って、止めた。仮にも相手は先生だ。何かあるはずがない。彼は生徒会長だから、先生と話す機会が多いだけだ。嫉妬深いと思われるのも嫌だった。様々な思いを抑え込みながら当たり障りのない会話をしていると、彼女が住む公営住宅についた。
「送ってもらって、ありがとうございました」
いつものように頭を下げると、
「これから勉強を見てやるよ。数学が苦手だって言ってただろ」
「そんな、いいですよ。私の勉強を見るなんて、時間がもったいないです」
「そんなに謙遜するなって」
冬華としては、謙遜ではなく本当に時間の無駄だと思って言ったのだが、どうやら伝わっていないようだ。
「家に上がって良い?」
事もなげに聞き、興俄は目の前に建つ公営住宅を指さした。家に上がりたいなんて言われたのは初めてで、一瞬面食らう。
「え、ここで勉強するんですか」
勉強なら図書館でするのだと思っていた。
「そうだよ。今日も宿題があるんだろ。あ、お母さんがいるとか。入っちゃまずい?」
「いえ、母は仕事ですから。ええと、まぁどうぞ。古くてびっくりすると思いますけど」
鞄から鍵を取り出して、ドアを開けた。こんなことなら、きちんと掃除をしておけば良かったと思い、『本当に狭いんですけど、どうぞ』と言いながら興俄を招き入れた。
部屋の間取りは畳敷きの六畳の部屋が二部屋と三畳ほどのキッチン、バス、トイレがあるだけだ。畳の日焼けはひどく、所々がささくれ立っている。
キッチンと言うよりは台所という表現がぴったりな部屋の床は軋んで、歩くたびに音がする。ステンレスの流し台は光沢を失って、水道は蛇口をしっかり閉めないと水が滴り落ちる。
「ええと、先輩はそこに座ってください」
ささくれた畳の上に無造作に置かれたクッションを指さすが、興俄は興味深そうに部屋の中を見回している。
「あまり見ないでください。掃除してないんですから」
「いや、なかなか興味深い家だと思ってさ。建てられたのは昭和の初めだよな。歴史を感じるよ」
「それって誉め言葉じゃないですよね。飲み物持って来ます」
冬華は素っ気なく答えて、台所へ向かった。
「あ、気に障ったならごめん」
興俄は苦笑いしながら、部屋の中央に置かれた折り畳み式のテーブルの傍に座り、鞄を下ろした。
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