第11話 夢の中の彼
その夜、冬華は夢の中にいた。
夢の中、彼女は暗闇に浮かび上がる景色を眺めていた。舞台の中央に立つ女の姿。女が舞を始めると、あたりの空気が一瞬にして張り詰める。
『しづやしづ しづのおだまきくりかえし……』
凛とした声が旋律を紡ぎ、鼓の音が響き渡っていた。
ふと気がつけば、風景が変わっている。今度は森の中。生い茂る木々の間で、男と女が向き合っている。
『必ずまた……生きて会おう』男の言葉に女は黙って頷く。
そして突然、周囲が暗転した。
けたたましいベルの音で冬華は思わず飛び起きた。
「え? え?」
夢を見ていた。けれど内容が思い出せない。
「あれ? 何の夢、だっけ?」
思い出そうと瞳を閉じるが、靄がかかったように遠くにあって、次第に消えていった。夢うつつの中、誰かの声が聞こえた気がした。
「なんか、最近寝不足だなぁ」
ここ最近、毎晩夢を見ている。だが、目が覚めると何の夢か忘れているのだ。
「今日も頑張ろうっと」
自分にそう言い聞かせ、ゆっくりとベッドから這い出した。
制服に着替えて、一人で朝食を済ます。母は夜勤で昼過ぎに帰ってくる。
冬華は欠伸をしながら玄関のドアを開けた。
「どうしたの、冬華。欠伸ばっかりして」
「遅くまで神冷先輩のことばかり考えているんでしょ?」
登校中、欠伸ばかりしている冬華にともちゃんとゆかりんが問う。
「最近さ、変な夢ばかり見るんだ。でも、起きたら何の夢だったか忘れてる」
欠伸を噛み殺しながら答えた。
「夢を見るほど寝ているのに、何で寝不足なの? 夢野だから?」
ゆかりんが首を傾げる。
「苗字は関係ないと思うよ」
ともちゃんが苦笑いする。
「おはよう。三人組は朝から楽しそうだな」
背後から明るい声が聞こえて振り向けば、ともちゃんの彼氏、
「あ、賢哉。おはよ」
ともちゃんが笑顔で彼に駆け寄る。身長差のない二人は朝から顔を寄せ合い、何やら楽しそうに話をしていた。
「朝からお熱いですな。全くやってられないよ」
ゆかりんの冷やかしは二人の耳には届かない。
「ホント、仲が良いよね」
冬華が微笑んだ時、椎葉鷲が四人の横を通り過ぎた。
「おい、椎葉」
ともちゃんと話していた賢哉が、鷲を呼び止める。
「ああ、樹くん。おはよう」
「なぁ。部活の話、考えてくれたか?」
足を止めた鷲に、賢哉が声を掛ける。
「部活って?」
ともちゃんが聞いた。賢哉はバスケ部だ。
「椎葉ってさ、凄く運動神経が良いんだよ。この前、体育でバスケをやったんだけど、俺と身長は変わらないのにジャンプ力が凄くてさ。俊足だし、おまけに細いくせに腕の筋肉はすごいんだよ。うちの部に入らないかなぁって勧誘しているところ」
「へぇ、そうなんだ」
冬華が感心したように言うと、椎葉は彼女の方を向き、微笑んだ。
「夢野さんおはよう。キミは何部に入っているの?」
「お、おはよう。私はなぎなた部だけど……」
急に向けられた笑顔に、冬華は一瞬言葉に詰まった。
「夢野さんにぴったりだね。なぎなた」
「そうかな? でも、顧問の先生が春から異動でいなくなっちゃって、この高校で、なぎなたを教えられる先生が他にいないんだ。だからずっと開店休業中で……」
「ちょっと、椎葉くん。なんで冬華にだけ話しかけてるのよ」
「私達もいるんですけど」
ともちゃんとゆかりんが抗議の声をあげ、二人の間に割り込む。
「ゴメン、そんなつもりじゃないんだけど。ええと、確か……」
椎葉はともちゃんとゆかりんの顔を交互に見比べている。どうやら二人の名前が出てこないらしい。
「ちょっと、同じクラスなのに覚えていないの?」
「信じられない!」
ともちゃんとゆかりんに詰め寄られ、椎葉は困った顔で冬華を見た。
「ええと……椎葉くん……。そうそう、バスケ部に入ったら?」
あまり助けにもならない冬華の言葉に、賢哉も頷き、続ける。
「そうだよ。お前が入部すれば、絶対に一勝はできるはずだ」
「一勝って……。あんたたちだけで一勝くらいしなさいよ」
ともちゃんが呆れ顔で天を仰いだ。
「ゴメン。僕はやらなきゃいけないことがあってさ。部活には入らないんだ」
「やらなきゃいけないって、バイト? この学校はバイト禁止だよ」
ゆかりんが言った。
「いや、違うんだけど、ちょっとね。僕が生まれた意味を知る必要があって。まぁ、もともと使命感とか持たない方なんだけど、こればかりはやらないといけないんだ」
真顔で答える椎葉を見て一同は『生まれた意味ぃ?』と声を揃えて言い、呆気にとられた顔をした。
「ええと。生まれた意味とかそんなの、どうやったら分かるんだろう」
冬華が首を捻れば
「転校初日から思っていたけれど、やっぱり椎葉くんって変わっているよね」
ともちゃんが眉を顰める。
「こんなキャラだったんだ」
ゆかりんは彼を凝視し、
「生まれた意味を知るとか使命感とか、こいつ、頭大丈夫か」
賢哉は本気で彼を心配している。
四人が、こそこそと囁き合っていると、
「じゃあ、僕はちょっと用があるから先に行くね」
呆気にとられる冬華たちに軽く手を挙げて、椎葉は駆け足で学校に向かった。
「行っちゃった。ほんと、足が速いね」
みるみる小さくなる背中を見つめ、冬華が呟いた。
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