しなるもの
「右のは宝石?プリズム?左のは……他に言葉が見つからないくらいシンプルな指輪ですね。左の薬指にでも付けたらいいんですか?」
「てめえにはそう見えるのか。そう見えるんだろうな……」
「また、妙なこと言ってる」わたしの期待していたリアクションと違ったことに頬を膨らませて少々拗ねた。
「なに、これからその二つを身につけたら、そうもいえねえよ。腕……指輪の付け方は理解しているようだから、そこの結晶体の使い方を説明しよう」
「よろしくお願いします」
「まず、その結晶体が何に見える?大きさは?」
「大きさはそれほどって、ブローチみたいな大きさ?宝石としては大きい部類に入るのかな?」
実際に手に取り、中の星雲を閉じ込めたような輝きを眺め、次の指示を待つ。
「その大きさから本能的に予測して、どこに入れるか考えてくれ」
「本能的って、抽象的なぁ……」
「俺も同じような言われた」
「それって、前任の方?」
「ノーコメント」
何だろう……彼に告白した記憶もないなのに、何か元カレが現カノに元カノの話をされるときのような嫉妬じゃないが気まずい気持ちが汗のように伝う。彼には悪気はないのだろうが、わたしにとってすれば複雑な気分にもなる。
「眼かな?」
「分かったんなら、一度箱に戻し――――」
て、と最後まで聞き取る前に予想した部位(右目)に接触した瞬間、その宝石は結露した雫から指に移るような勢いで右目に吸い付き、右目どころか右眼球が猛烈に熱くなって「うわあああああああぁあああアアあああアアアアァ!!!!」と、喉の健が千切れるんじゃないかというくらいに絶叫してのたうち回った。
「……そうか、そうだったのか」と、予定調和と言わんばかりに呆れた声が聞こえていたが、兄貴にかゆみ止めの原液を直接両目に塗られた経験も超える痛みと、どっかの仮想空間にログインされるような無数の数字の羅列が見えてる幻覚に脳をやがれ、意識がどうにかなりそうだった。
何時間経ったんだろう。痛みが治まって最初に口にしたのは「和多志の眼がムスカになったやった!!」という、開口一番に言うことじゃないでしょとノリツッコミして、次に表示されたのは『登録完了!しなるもの。あなたの活躍に期待します』と、機械音声ぽい誰かの声と文字が表示された。
続けて「『操作オブジェクトとの同期が必要です』装着を希望します」と同様に表示され、おおよそのことは予想が付いた。
なるほど、和多志は本来先につけるべき、その『操作オブジェクト』を装着せずに扱ったからさっきの症状が起きたんだ。それを知らずにわたしは先に――『観測オブジェクト』を付けたから――
「あれ?」
「大分安定してきたようだな」
「……うん、最後まで聞かなかった和多志が悪いから、えへへ」
「意味が分からなくてもいいから、耳には入れておけ。先に『観測オブジェクト』を先に入れたから乖離症状が起きているはずだ。そうなると力の強い方に体を使われてしまう。大丈夫、心晴なら『しなる者』から主導権が取れるはずだ」
「何を言ってるの?みち――――」
「黙れ!てめえじゃない」
なんなのこれ?意味わかんないけど、そういえば、風をもとに東とか西が定められたんだっけ。そうそう、ひだりの風で東、みぎに風で訛って西になった話。あれを識ったとき、すごく驚いたなぁ――待って、なんであのとき、彼がただ『しなるもの』としか聞こえていなかったはずなのに、何でわたしは初見で『風なる者』って、翻訳できたんだろ。
「思い出した!!これ、わたしの称号名だわ!」と何をすべきだったかを思い出した時のようなアハ体験が、生体を駆け巡る感覚が突き抜けて爽快な気分になった。
「はあ、良かった。今のうちに装着してくれ」
安堵するミザを見て、こっちもなんだかホッと胸を撫で下ろす。
「取り乱したな。あらためて、腕輪を嵌めてくれ」
「指輪じゃなくて?」
「御託はいい。制御が利いているうちに――――」
「わかった、わかったって」
急かされたわたしは、開いた箱から指輪を取りだし、無意識的に右手の薬指に嵌めた。嵌めた後に、あれ?わたしここに指輪を嵌めたっけ?と違和感を感じて気持ち悪かったが、付け替えるのも面倒臭いなと思い「まあいいや」とその想いを放棄した。
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