【第一章・第三十二話】黒煙の中から現れた者



 わたしが魔法を放った直後、第二皇子の前に立ちはだかる二つの影が現れた。


 思わず目を見張るわたしを余所に、耳をつんざくような轟音を鳴らしながらそちらへ向かっていく煉獄の塊を、片方の人物は音も立てず静かに手中に収め、そのまま消してみせた。


 もう一方の人物は、第二皇子とフィノファール様を安全な場所まで下がらせている。どうやら、咄嗟に防御結界を張って彼女たちを守ったのだろう。


 いや、なにも守られたのは彼女たちだけではない。あのままわたしの魔法が野放しにされていたら、民衆の命どころかこの国の者すべてが危うかったはずだ。


 しばらく経つと、立ち込めていた煙は消え、その正体が明らかになる。



「「ルージュ……!?」」



 二人の知り合いなのか、フィノファール様と第二皇子がそれぞれ口々に叫ぶ。


 そこに立っていたのは、美しい鮮やかな桔梗の衣装に身を包み、上品な仕草で袖についた煤を払いのける、貴族のような男だった。


 もしや彼は、先程二人から聞いたばかりだった______、



「もしかして……」


「ああ、いかにも。我は、皇国ルミエール魔銃騎士団長___ルージュ・フィエービリスだ。聞くまでもないが……先程の魔法を放ったのは其方そなたか?」



 厳しい声色でこちらを見つめる瞳と視線を合わせながら小さく頷けば、彼は大きなため息をついた。その表情に含まれているのは、驚愕と、警戒と……あと、少しの好奇心。



「殿下……喧嘩を売る相手は選べと、あれほど申したではありませんか。少なくとも、この者の実力を推し量れなかったフィノファール殿にも責任はありますが……まあ、説教はドクトリナ殿にしていただきましょう。彼も、もうすぐこちらに到着するようですし」


「えっ、ドクトリナまで来るの!?」


「当たり前だ。そもそも、皇帝のお膝元でこれほどの騒ぎを起こしておいて、どうして無事に帰れると思った?……まあ、ドクトリナ殿ならば、この者の魔力で騒ぎに気が付いただろうがな」



 なにやら独特な雰囲気を醸し出しながら、ルージュ様はそう話す。名前に殿と付けて彼女たちを呼んでいるあたり、特別仲が良いわけでもないのだろうか。呼び方だけで関係が推し量れるというわけでもないが……詳しいことは、わたしには分からない。



「わたしの魔法からフィノファール様たちを守り、防御結界を張ったのはルージュ様でしょう。ならば……わたしの魔法を音もなく消してみせた方はどなたですか?」



 気付けば、わたしと第二皇子の間にいた影がいなくなっている。わたしの魔法を食い止めたあと、どこかへ逃げたのだろうか……いや、影が動くような気配はなかったはずだ。ということは___、



「転移魔法……?」


「いいや、それはありえない話だ。他者の魔力があれほど込められた魔法を流せば、そんなことをする余裕はない。転移魔法は、様々な魔法の中でも膨大な魔力が必要となるからな」



 ならば、あの人物は、いったいどうやってこの場から去ったのだろうか。

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