【第一章・第二十九話】誰の記憶にも存在しない者
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん〜?なにか分かりにくいところでもあったかな?」
「いえ、そうではなくて……4つ目の騎士団は、誰が率いているんですか?」
最初にフィノファール様から言われた通り、この国には四つの騎士団があると言われているのなら、その4つ目の騎士団についての説明を聞けていない。
思わずフィノファール様の言葉に口を挟んでしまったわたしだったが、その返答に彼女は隣を向いてニコリと笑った。その笑みをうけた第二皇子は、渋々といった形で口を開く。
「実は……まったく、分からないんだ」
「……え?」
分からないなんてこと、あるはずがないだろう。皇城に踏み入る者は全て記録に残され、その記録は皇城の図書室に永遠に眠り続けていると言われているのだから。
「馬鹿な、と思うだろう?正確には、思い出せないと言った方が正しいな」
そう思ったわたしの考えを見透かしたのかして、第二皇子は呆れたように言った。
「城の者、誰一人として……ですか?」
「ああ。文字通り、誰一人として」
その言葉に、わたしは思わず絶句する。
どの記録にも、誰の記憶にも残されていない謎の人物。国を丸ごと騙してみせるだなんてそんなこと、できる人などこの世にいないのではないだろうか。
……けれど。確かにいるのだ。それを実行してみせた者が。
「その騎士団自体は、存在しているのですよね?良ければ、お聞かせ願いませんか」
「うん、もちろん!」
元気よくそう答えたフィノファール様によると、4つ目は第一皇子直属の皇国フリューゲル遊撃騎士団。戦争の際には最前線で戦う、騎士団の中で最も人気があるらしい。
「でも、ちょっと不可解な点もあってね」
彼女曰く、それぞれの騎士団のモチーフは、直属の皇子の瞳の色によって分けられているらしい。その言葉通り、第二皇子の瞳を見てみれば、やや黒みの赤褐色だった。……確かに、黒鳶色だ。
「皇国フリューゲル遊撃騎士団のモチーフは、白藍なんだ。でもね、第一皇子は……」
そのフィノファール様の言葉を聞いて、以前お師匠様の記憶で見たサフィア様のことを思い出す。あのときの第一皇子の瞳は、たしか……。
「銀の瞳を持ってるんだよね。この時点で、なにかおかしいと思わない?」
「それは、本当に不思議ですね……」
かつてサフィア様のもとで働いていたと、お師匠様が昨日言っていた。ならばきっと、お師匠様も皇国フリューゲル遊撃騎士団の一員だったのだろうか。お師匠様なら、なにか知っているかもしれない。
だが、その騎士団の団長ではないのだろう。お師匠様の瞳の色は白藍ではない。
「もう、これ以上手がかりがない。だが、この人物の正体がなんであれ、皇国フリューゲル遊撃騎士団を取り纏めるものがいないのは由々しき事態だ」
「そうだね。サフィアは今も昏睡状態だし……早く、元気になってくれると良いんだけどなぁ〜」
「……え?」
_____サフィア様が、昏睡状態?
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