第42話:元気があればなんでもできる、海にも行ける
朝の空はとても気持ちよく晴れていた。うんうん、実に快晴のいい天気じゃあないか。
太陽が水平線から顔を出し、金色の光が海面を輝かせる。そういえば、あんまり早起きはしたことなかったな。こうして、水平線の日の出を見るのはいつぶりだろうか。この島には時間なんて関係なくて、だから、ここ最近のワタシは思う存分惰眠を貪っていた。も、もちろん自分の仕事はしっかりやってたからね!
魔法が使えなくたって、元気があればなんでもできる。そう、ワタシ達おっさんはみんな、この偉大な名言を、顎を目一杯しゃくれさせて心の中で叫びながら生きているのだ。
島の海岸には、みんなで作ったいくつもの巨大ないかだが連結されて浮かんでいる。これからワタシ達の運命を委ねるこのいかだの巨大な木材は、じいさんが起こした奇蹟によって決して千切れることのない蔦でしっかりと結ばれている。神を信じろ、決して壊れたりしないはずだ。
そして、先頭のいかだの真ん中には、ガルニート、という、ワタシが転生したこの少女の唯一の手掛かりである、最初に身に纏っていた布切れ(今はもうほとんど残っていないけど)を旗のようにくくり付けておいた。もしかしたら、この布を知っている者が現れるかもしれないからな。色んなことに利用しちゃったから、もうちょっとしかないけど取っといて良かった。
ワタシとじいさん、そしておまけのように魔王が、いかだの上で最後の準備を整えていた。風は穏やかにワタシの赤い髪をなびかせ、ふわりと海の香りが漂う。周囲には木々の穏やかな囁きが響き、波の音が心地よいリズムを刻んでいる。
いかだには保存できる食糧や水が山積みされている。乾燥させた果物や干し魚、塩漬けなどなど、長期間保存できるものばかりだ。水は木をくり抜いて作った大きな樽に入れられていて、いかだの中心に安定させて積み込まれている。海での現地調達用に釣り竿も数本用意した。
もしもの時の道具ももちろん積んである。陸地に上陸した時に使うかもしれない石斧やノコギリ、大量の木屑や紙、もちろん着替え用のビキニや、雨風をしのぐためのすぐに組み立てられる簡易の小屋、木と紙で作ったベッドも用意した。それと、何かと役に立つかもしれないから、魔王の鎧も掘り出して持っていくことにした。準備は万端だ。
じいさんは方位磁石を貝殻の水盆に乗せると、方角を確かめる。針が一定の方向を指すのを確認し、真っ白な長い髭で覆われた顔に微かに笑みを浮かべた。そして、「これで安心じゃな」と呟き、ワタシに手渡す。
ワタシは方位磁石を慎重にいかだの中央に作った台に乗せると、いかだの端に立って水平線を見つめる。
「行こう、さすがにもう冒険の始まりだ!」
ワタシは決意を込めてそう言った。魔王は微笑みながらワタシの肩に乗り、翼を広げて爽やかな朝の風を感じている。頬に感じるふっわふわの毛がくすぐったい。
ワタシはいかだからいそいそと降りると力強くいかだを押し始めた。先頭のいかだはすでに海に浮かんでいる。これは最後の一隻だ。
それは砂浜に敷かれたころの上をゆっくりと動き始める。そう、絶え間なく力仕事をし続けてきたワタシの身体能力はさらに強くなった。今や、巨木をつなぎ合わせて作ったいかだをたった一人で動かせるほどに。
勢いづいたいかだは滑るように進み、波打ち際に達すると、勢いよく海に着水した。
水しぶきが盛大に飛び散り、朝日の光を浴びてキラキラと虹のように輝く。ワタシはその光景を見つめ、どうしようもなく胸の高鳴りを抑えきれなかった。
「じいさん、魔王、飛び乗るぞ!」
ワタシが満面の笑みでそう叫ぶと、先にいかだに乗ったじいさんが巧みにロープを操り、いかだが安定するように調整する。波がいかだの下を通り過ぎるたびに、優雅に上下に揺れるその姿はまるで生き物みたいだ。よし、大丈夫、このいかだは壊れない。水面に浮かぶいかだは、太陽の光を反射して眩しく輝き、その上にはたくさんの食糧や道具が整然と積まれている。
「何をしておるのじゃ、早う乗れ、ガルニート!」
「あ、ごめーん、なんか見惚れてたー!」
小さな翼を一生懸命パタパタさせる魔王に続いて、ワタシは大きく息を吸ってから海に飛び込むと、少しだけ海の冷たさを感じながらいかだに追いつく。この島の色とりどりのきれいなサンゴ礁とも今日でお別れだ。初めての緑以外の色彩だったんだ、あの時はこの海の色に感動したっけ。
束の間の逡巡、少し名残惜しく海から出ると、海水でボロボロになった紙紐のビキニを躊躇いなく破り捨てる。ワタシは濡れた裸のまま方位磁石の方に向かい、顔に張り付く赤髪を掻き上げながら方角を確認する。針が真北を指すのを見てにっこりと微笑む。そして、視線を前方の、まだ見ぬ広大な海に向ける。
「前方ヨシ!……うわッ!?」
突然、大きな波がいかだに押し寄せる。水しぶきが高く舞い上がり、ワタシ達の顔に冷たい水滴が降り注ぐ。ワタシ達はその冷たさに驚きながらも、どうしても興奮が止まらない、止まるはずがない、だって、これは新しい世界への旅立ちだからだ!
「これこそが冒険の始まりだ!」
などと、全裸のまま叫び声を上げると、魔王もひくひくと鼻を鳴らし、じいさんも穏やかな微笑みを浮かべた。
いかだは波間を悠然と進み、ワタシ達は新たな冒険の一歩を踏み出したのだ。海の広大さと未知の可能性に胸を躍らせながら、ワタシ達は大海原へと乗り出していく。ぎらつく太陽がこの船旅を祝福するかのように暖かな光で包み込んでいた。
「これからどんなことが待ち受けているのか、オラ、ワクワクすっぞ!」
ワタシは前方の広大な海原に目を向けた。
「なあ、ガルニート、そろそろ服着たらどうじゃ?」
「うひょおおおおおおおほおおおおおッ、なんか服とかどーでもよくなってきたぞおおおおお!」
「こやつ、出航で完全にテンションが極まっておるのじゃが」
「ここにきてオホ声がまろび出ちゃってるな」
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