第46話 神議(かむはかり)
九月も終わる頃、村の田んぼは黄金色に染まっていた。今年のお米も豊作だろう。
今年の気候だと、稲刈りまではまだ一月以上かかるかなぁと畦道をゆったり歩きながら考えていると、畦の向こうから銀色のふわふわした毛並みをなびかせながら美しい狐が近づいてくる。
隣町の稲荷神社で働く神使、八重だ。
「おはよう。八重さん、どうしたの」
「おはようございます。こちらの山はいつ来ても気持ちいいですねえ。ウカ様より言づてがございますので手短に」
「?」
「
「まさか、私が呼ばれる日が来るなんて! って行きたく無いなぁ」
神議といえば、日本中の神様が神無月に出雲に集まって誰と誰を夫婦にしようとかの調整をおこなう? のかな。
たぶん国津神として認められ、神議に呼ばれるというのは光栄なことなんだろうけど、私より古い神様ばかりのところへどんな顔して行けばいいのか。会社で言えば本社の重役ばかりが集まる会議にヒラ社員が呼ばれるようなものだ。
げんなりしている私の顔を見た八重は口元を隠して優雅に笑う。
「ウカ様と同じ反応でございます。ウチのウカ様もまだ行ったことが無いのでございますよ」
「えっ、そうなの? いや、そんなわけないよね」
「ウチの……です。本社や大きな稲荷のウカ様は毎年十人ぐらいは集まるそうです」
「
「古い神は分霊も多いですから交代で集まるようです」
どんだけたくさんの神々が集まるのか。
「でも私一人で行くのはちょっとなぁ……」
「今回はウカ様が介添えになられますのでご安心を。招集状も稲荷にございますので十月の一日、こちらにおいでくださいませ」
「あのっ、あのさ、ドレスコードとかあるの?」
「ウカ様がご用意するとのことですからご安心を。それと神使をお一人、祈願帳をお持ち頂けますようお願い致します」
なにからなにまでウカ様に頼ってしまおう。わからないことだらけだ。
「わかりました。ほかになにか持って行く物はありますか?」
「身一つでかまいません。神議はただの宴会だそうです。私達神使はちょっと忙しいのですけれど」
「そっかぁ。わかりました。八重さん、うちのきりをよろしくお願いしますね」
「もちろんでございます」
******
当日、私ときりは山神と葉介に留守を頼み、日の出と共に稲荷神社へ向かった。葉介は大慌てで神送りの準備をすることになって怒っていた。
「そーゆーことは早く言ってくださいよ! 当日言われる身にもなってください」
「ちょっと宴会に行くだけじゃん。まぁ、ごめん。あとはよろしく」
稲荷社の前にはウカ様が待ち構えていた。
「いらっしゃい、ゆかりさん。私が介添えなのでちょっとハク付けていくわよ」
なにやら力が入ったウカ様に女神らしい着物を着せられてゆく。髪も八重が結ってくれた。
「ウカ様もはじめてなんですよね」
「私はそうだけど、本社の私と共有してるから毎年行ってるような無いような感じかな。私が行く事なんて無いと思っていたのだけれど、白蛇山大神を連れてくるようにって呼ばれちゃったの」
「そうなんですか。どうやって神議に出席するのか不思議だったんですけど、ウカ様が介添えで良かったですよぉ。そうだ、八十七社神社の私はどうしましょう?」
私の状況は伝わっていると思うが、あっちの思いも私にはわかっていた。絶対行かない……だ。
「誘ったけど、本社のあなたにまかせたって」
「ですよねー」
「白蛇山大神は初参加だから国津神の介添えが必要なのよ。新しく参加する神なんて数百年ぶりなのよ。しっかりお披露目しなきゃ。
よしっ、できた。うん、すごく綺麗。やっぱりゆかりさんは和服が似合うねぇ」
「お菊人形ですからね。ありがとうございます」
「
「そんなこと絶対口に出さないでくださいよ!!! 私、元人間なんですからっ、どんな神罰が当たるかわかんないですからっ!」
「オリンポスのヘラじゃあるまいし。サクヤ様は優しい女神ですよ」
最近おおきな神罰を回避したばかりの私は古い神が怖くなってしまった。どこに逆鱗があるかわからないし、触らぬ神に祟り無しとはよく言ったものだ。
「八重、準備はいいかしら、きりちゃんもいい?」
「はい」「はーい」
ウカ様は招集状を手にして私達を集めた。
「出雲へ」
視界が白く光り、次の瞬間には海岸に立っていた。
稲佐の海岸だ。周りはがやがやと騒がしくいかにもな神々が次々に現れ、出雲大社へ歩いて行く。乗り物使わなくても行けるんだ。
「これからどんな日程なんですか?」
私にはなんにもわからない。
「まずはみんなで出雲大社へ行って、神使の二人は
「うわぁ、日帰りは出来ないのかぁ。きりたん、大丈夫? 八重さんに色々教えて貰うんだよ」
「大丈夫ですよ。うちの書類、台帳に三冊しかないですもん」
確かに偉そうな神についてる神使は背中に山積みの書類を背負っている。あれを分類するのか。普段からやっとけばいいのに。
「きりさんは空いた時間に休憩所でゆっくりできますよ。ウチは配信はじめてから一気に若い娘さんが増えちゃって、十冊あります。でもまだ少ない方でしょうね」
「きり、これは考えもんだね。これから縁結びにも力入れようか」
「ゆかりさんが先ですよ……」
鳥居をくぐると写真で見た出雲大社とは別の世界が広がっていた。
中央の巨大な建物を囲み、たくさんの建物が美しく配置され、千葉にある展示会場のような雰囲気だ。
「それじゃ八重、よろしくね。寝所は同じ場所にしてもらったから夜に会いましょう」
「きり、がんばってね。わたしもがんばる」
「ゆかりさん。大丈夫です。堂々としていてください。それでは行ってきます」
私達は二手に分かれ、ウカ様の後に続いて一番大きな建物に入っていった。
中は外観以上に広い畳の間だった。料理がぎっしりと載った膳が何列も端が見えないほど遠くまで並び、神様が楽しそうに会食をしている。
「これはすごい」
「すごいよねぇ。よく毎年出来るものだと思うわよ。それじゃ挨拶に行くわよ」
「はいっ!」
一番上座まで結構歩いた。途中にウカ様を何人か見かけたが、こちらのウカ様は会釈をするくらいで久しぶりーなんて抱き合ったりはしないようだ。
上座にはずらりと古そうな神々が並んでいた。中央に座っているふくよかな男性がもしかして大国主様だろうか。
ウカ様はまっすぐに中央に向かい、正面に座り頭を下げる。私も少し後ろに座って一緒にお辞儀をした。
「おお、宇迦之御魂神よ。お主の社は面白いことを始めたそうだな。話は本社の宇迦之御魂神より聞いて儂もチャンネル登録したぞ」
「ありがとうございます。大国主様が登録してくださればこれからもっと繁栄しますよ! うれしー」
ウカ様、意外とフランクに話すけどいいのか、頭上げてもいいのか?
「あ、介添えで連れて参りました。白蛇山大神です。配信も彼女の案なんですよ。色々噂になっていると思いますけど。うふふ」
「あっ、白蛇山大神と申します。はじめまして。大国主様とお目通り叶うなんて夢のようです」
「まぁまぁ、そんなに畏まる事はないよ。頭を上げてくだされ。おぉ、美しい。人も今や神に並ぶ美しさじゃ。我ら国津神は皆親戚のようなもの、色々おぬしの事を聞きたい者もいるようじゃから、実家に遊びにきたと思って皆と話でもして寛ぎなさい」
「はい。今後ともよろしくお願い致します」
「ゆかりちゃん、ほらほら、この人が私の父」
ウカ様が大国主様の隣に座っていた男性神の徳利を持って酒を注ぎながら私を呼ぶ。
お父様ってスサノオ……。
「おまえさんが白蛇山大神か! 娘が世話になったな。こっちきて呑め呑め」
スサノオの前に膳が二つ現れ、私とウカ様はど真ん中に座ることになってしまった。
神様になった私、神社をもらいました。 ~田舎の神社で神様スローライフ~ きばあおき @tanerky
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