第63話 覚悟

 ――数秒後、理子の乗る船は巨大な敵と激突、眩い光とともに爆ぜた。

 

 すでに日は沈みかけていたのに、光は辺りを煌々と照らした。

 肩の痛みも忘れ、空を見上げた日向の顔にもその光は差した。


 先程まで、共闘してくれた船が眩い光と塵に変わり果てていた。

 巨大な敵もその光の眩しさで、もはや見えない。


 また、何もできなかった。


 子犬の時と同じだ。穂希の時と同じだ。

 自分の不甲斐なさのために、また命が失われてしまったかと思うと、その罪深さに震えた。

 が、理子がその身をかけた体当たりは、敵を粉砕しこの戦いにもようやく終わりが――


 ――見えなかった。


 光が消え去ると、絶望が蘇った。


 かなり損傷が見られるものの、敵の巨大な球体はまだその形状を保持していた。


 立川にも、いくつかの悲鳴の後、重い沈黙が降りた。

 その沈黙は、もはや絶望とほぼ同義だった。


 都庁は攻撃能力を失い、救世主のように見えた理子の船も爆ぜた。

 もうこの国に、あの強大な敵と対峙する術は残されていなかった。


 待つのは、緩やかな滅びか、あるいは一瞬の滅びか。

 どちらかなら、一瞬の方がいい。美空は、そう思った。


 一方、日向の心は意外なほど冷静だった。

 もはや、感情が麻痺してしまったのかもしれない。

 あるいは、心が自ずとあきらめを決めたのかもしれない。


 空を見ると、ゆっくりと巨大な球体が回転し、こちらに向かってくる気配がした。

 これで私も終わりなんだ。

 跡形もなく消えるんだ。

 いなくなるんだ。


 そして――


 ――もう彼にも会えないんだ。サヨナラなんだ。


 脳裏に、彼の笑顔が浮かんだ。


 胸が苦しくなった。鼻の奥がツンとした。


 私がこの世から消えても、世界は変わらないのだろうか。


 ふと、そんなことを考えた。

 でも、それがいけなかった。


 見上げると、巨大な敵はやはりこちらに移動を開始していた。


 変わらないわけが、ない。


 私が消されたら、おそらく敵はこの世界を、見慣れたすべてを滅ぼすだろう。

 その中には、お父さんも、そして彼も。


 彼の笑顔が引き裂かれ、黒々と塗りつぶされるイメージが脳裏に拡がった。


 ――嫌だ、そんなの嫌だ。


 彼の笑顔が消えるのは嫌だ。


 その存在が消えされるのは絶対に嫌だ。


 この身に代えても救いたかった。

 そう思って、そう思ったからこそ、都庁これに乗ったのだ。


 でも、今の私に何ができる?


 双肩の反物質粒子砲は失われた。戦う術を失った私にはもう何も――


「――おまえが望むなら、まだ道はある」


 誰かの声が聞こえた。

 それは男性の声で、聞き覚えのない声だった。


 誰? そう思っていると、再び同じ声がした。


「敵を殲滅する方法は、まだある」


 思わず声を上げそうになったが、一方で立川の反応は皆無だった。

 どうやらその声は、日向にしか聞こえていないらしい。

 いよいよ、幻聴が聞こえるようになったかと思い始めた頃、再び声がした。


「だが、それには犠牲を伴う」


 声は少し間を開けて問うた。


「その覚悟は、あるか?」


 そう問われた瞬間、日向は声の主が誰かを直感的に理解した。

 都庁から、いや正確には、このコックピットから発せられた声だ、と。


コックピットに搭載された異星の技術による思念伝達の声だ。


 その声には、明らかな意志があるようにも感じられた。

 この星に敵の襲来を警告しにやって来たという異星人の意志が。

 理屈を超え、直感がそう告げていた。


 だから、日向も心の内に明確な答えを返した。

 この世界を、彼を救うためなら、どんな犠牲もいとわない。


「覚悟なら、あります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る