第33話 検問
無人の街から、二時間ほど原付きを走らせた。
基本的には、東の黒煙から離れるように西に進路を取り続けた。
すでに昼近くで、太陽は真上にあるはずなのに空はやはり厚い雲に覆われている。
途中、路上駐車された車は山ほど見たが、やはり人の姿は確認できなかった。
おそらく、関東の広範囲にすでに避難指示が出たのだろう。あるいは、自主的に住民が避難を済ませたのかもしれない。いずれにせよ、駆と日向がいる地域はそれなりに危険だということは間違いなさそうだ。少なくとも、住民が避難せねばならないほどには。
振り返ると、まだ遠く東に黒煙が見えた。
早くあの煙が見えないところに行きたい。
しかし、徐々に坂やカーブが増えてきて、スピードも出せない。
標識を確認すると、いつのまにか箱根の峠道が間近に迫っていた。
「道の駅のような場所があったら、休憩しよう」
駆は、日向に聞こえるように大声で背後に告げた。
食事も摂ろう、駆は思った。朝食はパン半分のみだったので、いい加減腹も減ってきた。
そう思いながら原付きを走らせていると、突如、前方にダークグリーンの車両が道を塞ぐように止まっているのが見えてきた。
なんだ? 目を凝らす。
「あっ」思わず声が出た。
すぐに原付きを減速させ、街路樹の背後に隠れるように停車させた。
「どうしたの?」
後から不安気な声がした。
「なんか、検問してるっぽい」
駆は小声で答えると、街路樹の隙間から改めて前方を見る。
そこには自衛隊車両と思われる迷彩色のトラックが道を塞ぐように二台停まっており、その間に開閉式のゲートのようなものが設けられていた。さらによく見ると、迷彩服が数名その脇に立っている。
危なかった。いくら有事とはいえ、駆は無免許だった。このまま近づいていたら、何を言われていたか。いらぬ面倒は起こしたくなかった。
しかし、久しぶりに「人」を確認でき、少しほっとしたのも事実だ。
「自衛隊の人、かな?」
気づくと日向がすぐ隣にいて、前方を見ていた。
相談した後、原付きを駆が押しながら歩いて検問に向かうことにした。何か尋ねられたら、日向の父親のものだと正直に話せばいい。嘘ではないのだから。
ふたりは、ゆっくりとその検問とおぼしき場所へと歩き始めた。
「できるだけ、自然に行こう」
「そうだね、自然に」
しかし、残り三◯◯メートルほどになって、駆は緊張を覚えた。
自衛隊員の手に、小銃が確認できたからだ。
さらに別の隊員は、こちらを見ながら無線機で頻繁にやりとりを開始した。
考えてみれば、なぜ警察じゃなく、武装した自衛隊が検問をしているのだろうか?
今さら湧いた素朴な疑問に、心拍数が上がる。
隣を見ると、日向の表情も徐々に強張っているように感じられた。
無線機の隊員が、こちらを指差し隣の銃を持った隊員に何か声をかけた。
銃を持った隊員はうなずくと、車両の中に駆けていった。
何かあったのだろうか? すると――
――!
車両の中から、先程の隊員がさらに四名ほどの銃で武装した隊員を連れて出てきた。
みな一様に、こちらを見ている。
距離は、約二◯◯メートル。
さらに、もう一台の車両からも四名の銃を持った隊員が現れ、合流する。
合計、約十名の武装隊員がゲートの前に並んだ。あきらかに全員がこちらを見て、何か小声でやり取りしている。
「なんか人数、増えてない?」
日向は正面を見たまま言った。
駆は、念のためと後を振り返った。
自分たちの後に誰かいて、その誰かを警戒しているのではと淡い期待を抱いたのだ。
が、残念ながら駆と日向以外に、その道に人影などない。
やはり、隊員たちが警戒している対象は「自分たち」だ。
その結論に至り、駆の鼓動はさらに速くなる。
「できるだけ、ゆっくりいこう」
駆は質問に答える代わりにこう返した。単純に考える時間が稼ぎたかった。
隊員たちはなぜ警戒している? 駆は必死に考えた。
退避が完了したと思っていた地域に、まだ住人が残っていたから? だがそれなら、銃で武装する必要があるだろうか? たかが高校生ふたりに、あの人数で。
結局、考えても結論は出なかった。
その間にも、隊員たちとの距離が詰まっていく。
隊員たちの表情も徐々に見えてきた。一様に険しい。
おかしい。やはり、何かおかしい。
「なんか様子が変だ」駆が言うと、
「私もそう思う」日向が同意した。
そしてふたりは、自然と足を止めた。
すると、それに合わせたかのように隊員たちが横目に互いに合図した。
――そして、ゆっくりとこちらに歩き始めた。
頭の中に警報が鳴り響く。
「こっちに向かって来るよ!」
日向の表情に、明らかな不安が浮かぶ。
どうする? このまま隊員たちと合流する? あるいは、逃げる?
駆は選択を迫られた。
前方の隊員たちの足取りが、徐々に速くなり始める。
頭の中の警報がより大きくなる。
逃げたほうがいい気もする。明らかにこれは変だ。
だが、完全武装した十人を相手に、逃げ切れるとは到底思えない。
それに、ひとりならまだしも隣には日向もいる。
駆は、半ば消去法的に再び歩き出す道を選んだ。
「きっとさ、俺たちを一刻も早く避難させたいんだよ」
精一杯の希望的観測を言ってみる。
「だから、大丈夫。このまま進もう」
日向はそれでも不安気だったが、駆に合わせ再び歩き始めた。
そのため、隊員たちとの距離は一層詰まっていく。
もう隊員たちの表情も、はっきり見える。やはり、険しいままだ。
なんだかとても嫌な予感がすると駆が思った刹那――
――キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
突如、背後にタイヤが擦れる音が響いた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます