第32話 三種の神託

「皇居や赤坂御所を、そして東京を、この国を、攻撃したのは、異星文明と思われます」


 理子は絶句した。

 が、鈴木の目は真剣そのもので、嘘や冗談を言っているとは思えない。


 それから鈴木は、さらに信じがたい話を続けた。

 最初から最後まで、その話は理子にとって驚嘆すべき内容だった。

 それは天皇の「成り立ち」にまつわる話であり、天皇が密かに担ってきた「最大の使命」に関する話でもあった。


 代々天皇には、三種の神器の他に口伝にて伝えられてきた「三種の神託」というものがあった。それは以下のようなものだ。


 一、天皇家には万世一系の異星の血が流れている。その血を絶やしてはならない。

 二、万が一、異星が攻めてくることがあれば、祖先が残した船で戦い国を守れ。

 三、そのために、船を起動するのに必要な三種の鍵を代々受け継げ。


 理子は混乱した。

 ただでさえ、先の訃報で心が穏やかでなかったので、その混乱はひとしおだった。

 理子のそうした感情を汲み取ってか、鈴木はこう付け加えた。


「本来であれば、今のお話、代々の天皇陛下のみに受け継がれるべき事柄。理子様がお知りになることも、そもそも、その必要もなかったお話でした。正直を言えば、私自身もこのようなお話を、このような状況で理子様にするのは大変心苦しいのです。しかし――」


 ここで一度、鈴木は言葉を切った。そして、静かに告げた。

「――理子様は、現皇室で唯一生き残った、万世一系の血を受け継ぐお方。ゆえに、陛下から託されました最後のお言葉をお伝えせねばなりません。その言葉の意味を理解する上でも、必要な事前情報として今のお話をせざるを得ませんでした。どうか、どうか、お許しください」


 そして鈴木は再び深く頭を下げた。

 陛下の最後のお言葉? 事前情報? それでも、一層混乱するばかりの理子だった。

 しかし、鈴木は顔を上げると、続けて核心的な言葉を発した。


「陛下は最後に、私にこう申されました。この攻撃は、おそらく祖先が予言した異星によるものだと思う。皇室で生き残った者がいたら、伝えてほしい。悲しみにくれる暇があったら、祖先の残した船で戦い、この国を異敵から救え、と」


 理子は信じられない気持ちだった。鈴木はさらに続ける。

「異星の敵から、この国を守る。それこそが、代々の皇室に課せられた最大の使命だったのです。そして今、その役目を果たすことができるのは理子さま、ただおひとりだけなのです」


 ついに黙っていられず、理子も口を開いた。

「私が……この国を異星の敵から、救う?」

 鈴木は、深くうなずいた。


「本当に突然で、本当に酷なお願いをしていると思います。しかし、それこそが陛下の最後のお言葉であり、願いでした」


 理子の脳裏に、ありし日の天皇陛下の顔が浮かんだ。陛下と言っても、自分にとってはやはり「おじいちゃん」だった。いつだって、やさしくて。いつだって、柔らかな笑顔を向けてくれた。幼い頃は、決まって理子の頭をそっとなでてくれた。


 あの柔らかな笑顔には、もう会えない。ただただ切なかった。


 しかし、胸のどこかで、小さな、ほんの小さな火が灯るのも感じた。

 あの柔和な笑顔の下に、隠れた覚悟があったことを今、知ってしまったからだ。

 生まれながらにして天皇になるという立場を背負い、即位の際には当然、今、理子が聞いた役目についても聞いたはずだ。


 ――いざとなったら、異敵と自ら戦う。


 その覚悟を、あの笑顔の下で、陛下はずっと背負い続けてきたのだ。

 その真実を知ってしまうと、最後に託された言葉を、願いを、万世一系の血を受け継いだ孫として無視するわけにはいかない。そんな気がした。


 理子は、あえて深く呼吸をした。

 吸って、吐く。吸って、吐く。

 大丈夫。私はまだ生きている。

 徐々に、腹がすわっていくのを感じた。


 理子は、皇室の中でも一際美しく、国民の人気も高かった。

 マスコミにもよく取り上げられ、学校でもおだてられるようなことも多かった。


 だが、そのせいで逆に理子は自身のことをより強く律するようになった。礼儀を重んじ、厳格だった父親の影響だった。

 決して奢らず、自らの立場と役割をきちんと認識し、節度と礼節を持って行動する。

 それが、父譲りの理子の行動哲学だった。


 いつだって姿勢を正し、皇室はかくあるべしという理想を思い描き、実際に心がけた。

 理子の芯にある、そうした本質が徐々に戻ってきた。

 祖父母、両親、そして兄弟。最愛の人々を一気に失った。

 しかし、私は生きている。生きているのだ。

 ならば、ならば――


 ――皇室唯一の生き残りとして、役目を全うしなければならない。

 

 胸に灯った火は、徐々に大きくなり始めた。

 それは覚悟であると同時に、亡き陛下への弔いでもあった。

 だから、理子は自然とこう答えた。


「陛下の最後の願い、承りました」


 鈴木の瞳から、一筋の涙が流れた。


 しかし、理子にはまだ鈴木に尋ねなければならないことがあった。

 敵と戦うには、祖先が残した「船」が必要なはずだ。


 だが、祖先が残したその「船」とは、いったいなんなのか? 

 そして、どこにあるのか? 皆目、検討もつかなかった。

 だから、理子は素直に尋ねた。

「それで、その『船』とはいったい……」


 涙を乱暴に拭うと、鈴木は答えた。

「船は、百舌鳥耳原中陵もずみみはらちゅうりょうに隠されております」

「もずみ……?」理子が聞き返すと、鈴木が言い改めた。


「一般的呼び名で申しますと、大阪府堺市の日本最大の古墳、大仙陵だいせんりょう古墳です」

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