第141話 嫉妬の解消方法
「明日、蘭華の家に泊まりに行くね」
「行ってもいいけど……」
お風呂上がりの遠藤さんがぐっと近付いてきた。彼女のふさふさと揺れる髪からシャンプーのいい香りが漂う。しかし、その優しい匂いに反して、彼女の顔はとても怖いものになっていた。
「けど……?」
「今日私の部屋で一緒に寝て」
「……わかった」
いつもの明るく優しい雰囲気はどこに行ったのかと思うほど、少し冷たい雰囲気が漂っていたので、すんなりと彼女の要求を受け入れてしまった。
遠藤さんは私の腕を離してくれなくて、あっという間に彼女の部屋のベッドの上に連れていかれる。
何回だってこうやって彼女と寝ているのだから、別に何もおかしいことはないと言い聞かせて横になった。
しかし、今日の遠藤さんはやはりどこか変で、横になった私に覆い被さるように体を重ねてくる。
そのまま、少し苦しそうな顔で見つめてきた。
遠藤さんは私の首をそっとなぞってくるので、彼女の指が通った場所にドクドクと血液が流れていくような感覚に襲われる。
布団からも覆い被さる彼女からもいい匂いが香り、こめかみの辺りまでその香りがうろつく。
「付けていい?」
「なにを?」
「わかってるでしょ」
遠藤さんはそのまま私の首筋に顔を近づけるので、意味がわからないと思いながら彼女の肩を押して遠ざけた。
「なにしてるの……」
「星空は私の彼女だよね?」
急に名前が呼ばれるので心臓がぽんっと取れそうになる。遠藤さんの顔は先ほどからずっと険しく、いつも笑顔の彼女はどこにもいなかった。
私は何とか今の彼女を止める方法を考える。
「遠藤さん変だよ」
「変でもいいから付けさせて」
「やだ……」
私がそう言うと少し切なそうな顔をして、パタンと私の横に倒れてしまった。力尽きた子犬のような倒れ方だ。
そんなことをされたら私が悪いことをしているように思えてしまう。
遠藤さんはさっきから横たわりながら私の頭の辺りを触っている。真顔で私の顔を見つめ、頬を撫でたり髪を撫でたりと繰り返していた。
やはり、今日の彼女は変だと思う。
「遠藤さん、どうしたの? なんかあった?」
「私が何言っても怒らない?」
「う、ん……?」
「山本さんに嫉妬してる」
「え?」
横たわる少女は少し頬を膨らましながらそんなことを言っている。蘭華の何に対して嫉妬しているのかよく分からなかった。
「何に嫉妬?」
「滝沢と過ごす時間減るから」
「それだけ……?」
「うん――」
少し辛そうな顔をしていた。その顔を見て、自分の発した言葉に後悔する。
私にとっては“それだけ”と思うことでも、遠藤さんにとっては“大切なこと”だったのだろう。
彼女の顔はずっと険しいままだ。
遠藤さんのどんな顔もきっと好きなのだろうけれど、笑顔が一番好きだと思う。
遠藤さんが笑顔になってくれる方法……。
「付けたら元気になる?」
「うん」
「……見えないところなら」
どくどくと音を鳴らす心臓が頭についてしまったらしい。私はいつの間にか遠藤さんの方を見れなくなっていた。だから、遠藤さんがどんな顔をしていたかは分からないけれど、ぷちっと私の服のボタンが二つ外されていることだけはわかる。
急に不安になり、ガバッと服で隠した。そうすると遠藤さんは不服そうな顔でこちらを見てくる。
「いいって言った」
「恥ずかしい」
「じゃあ、電気消す」
いいとも言っていないのに、遠藤さんは勝手に部屋の電気を消して戻ってきた。そのせいで余計変な雰囲気になっていて、こうなったことを少し後悔する。
遠藤さんはすぐにベッドに戻ってきて、私に身を寄せてくる。私の服を抑える手は呆気なく彼女に退けられた。
鎖骨の辺りに暖かい風が当たったと思ったら、ほどなく柔らかい感触を感じ始める。
ちゅっと私の鎖骨の辺りから音が聞こえ、そのことに顔が火照って、今にも氷タオルが欲しい気分だった。
長いようで短いその時間はすぐに終わり、遠藤さんは私の首の辺りを見つめている。
「これでいい?」
「うん……」
彼女はまだどこか不満そうだった。
どうしたらいいか分からず、遠藤さんの頭をそっと抱き寄せてずっと撫でていたと思う。
しばらくすると、モゾモゾと動いて私の腕から抜け出して、いつの間にか嬉しそうに私を見ていた。
「滝沢に頭撫でられるの好き」
「はいはい」
私はその後も彼女の頭を撫でていると、スヤスヤと寝息を立てて遠藤さんの方が先に寝始めてしまった。
最近の遠藤さんはちゃんと思ったことも言ってくれるし、我慢してるような顔も少なくなった。
その事が私の中では凄く嬉しいことのように感じられる。
いつも無理ばかりする彼女はどこに行ったのだろうと思うほど、喜怒哀楽がしっかりとしていて、少しほっとしている。
それでもたまに難しい顔をする時があるから、私は彼女を苦しめるようなことをしているのかもしれない。
全部が全部分かればいいのだろうけれど、遠藤さんは全部言葉にしてくれる訳でもないし、私は言われないことまで分かる超人では無いらしい。
しかし、いつか、誰も気がつけないような彼女の少しの変化に気がつける人間になれたらなと願ってしまった。
そのためにこれからも遠藤さんから目を離さないだろう。
しなやかな髪を手で感じていたら、私はいつの間にか夢の中にいたらしい。
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