第138話 19歳 ⑵
「滝沢に心も体も全部あげる――」
それが意味することは、滝沢となら今までしてきたこと以上のことが出来るということだ。滝沢を好きになってから、そんな覚悟はとっくにできていた。
しかし、いざ彼女を目の前にすると少しだけ手が震えてしまう。
私とそういうことをして幻滅されないだろうか。
私は誰ともそういうことをしたことがないから、何が正解で何が間違えているのか分からない。
今わかるのは、抱きしめる少女から大好きな匂いがして、目の前にその大好きな人がいるということだけだ。
「遠藤さん……」
彼女は優しい目で見つめてくれるけれども、その瞳の奥には熱が感じられる。
そんな熱のこもった目で私は見つめられたことがないと思う。
そんなこと――。
そんなことで私はおかしくなってしまう。
触れることができるわけのない私の心を滝沢は簡単にそっと撫でてくる。
両肩を押されて、あっけなく柔らかなベッドに背中をつけた。背中に感じる柔らかなものからは滝沢の匂いがふわふわして、視界がくらりとする。
そんな私のことなんかお構いなしの滝沢は、優しく何回も唇を重ねてきて、私はただそれを受け入れる。
ただ、受け入れているだけなのに、私の唇が感じるのは柔らかく熱いもので、それだけのことになぜか胸がぎゅうと締め付けられる。
滝沢はそのまま私の耳を舌で優しくなぞってきた。耳元で滝沢の舌が這う音が私の理性をどんどん壊していく。
「いいの……?」
滝沢の生暖かい息が耳にあたり、その言葉に今度はお腹の辺りに力が入る。
「いいのって……」
「して、いいの……?」
私はうんともすんとも言っていないのに滝沢は不安そうな顔をした後に私の耳を優しくゆっくりなぞってきた。
彼女はいつも耳を噛んでくる。耳なんて噛まれて痛い思いしかしたことがないはずなのに、今日はそうやって優しくしてくる。
無意識なのか意識してやっているのか分からないその行動に私の心も体もかき乱される。
そのまま首筋に柔らかいものが当たった。
リップ音だけが部屋に鳴り響き、耳がその音に集中していく。
次はどこに行くの……?
そんな不安とも期待とも言えない感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
今日の滝沢は私の色々なところを舌で優しくなぞってくる。
今日、初めてする行動が多すぎて、私の頭は既にこの状況についていけていない。
先程まで鎖骨に感じていた感覚は私の唇に戻っていた。滝沢の熱がもっと欲しいから滝沢の首に手を回し、彼女を抱き寄せる。
そんなことしなくても離れないと言わんばかりに滝沢は私に熱を預けてくるのだ。
滝沢が私の唇に熱を預けながら体の中心にあるボタンを一つ一つ外していく。
もう、私たちは高校生ではない。
そして、滝沢と私は付き合っている。
こういうことは別にしてもおかしくないし、私はずっと望んでいたことなのに今はえらく難しく感じ、悪いことをしている感覚にすら陥る。
ボタンが外れた服の間から滝沢の少し冷たい手がお腹を撫でていた。
私が熱すぎるからそう感じるのか、滝沢の手が冷たいからなのかもうよく分からない。よく分からないけれど、今はそんなことがどうでもよくなるくらい体に力が入っている。
無意識に滝沢のその手を掴んでしまった。
すると、滝沢は少しむっといじけた表情をして近づいてきた。
「遠藤さん、くれるんでしょ?」
滝沢は私の耳を優しく甘噛みしたまま声をかけてくる。
私の理性はその時点でもうほとんど崩壊して塵になっていたと思う。
もう、今更抵抗なんて無駄なんてことは分かる。
ただ、今日で終わってしまうかもしれない不安を拭いきれず私は聞いてしまった。
「滝沢にも同じことしていいならいいよ」
自分で自分をあげると言ったくせにわがままだと思う。
滝沢は何も答えてくれない。
今の質問に対して滝沢が答えなくても、私が抵抗しないとわかっているからなのか、滝沢の手は私の胸の上に置かれた。
私だって同じように滝沢に触れたい。
「約束してくれないなら今すぐベッドから出る」
ちゃんと次もあると約束が欲しい。
滝沢は絶対に約束は破らない。
だからこそ、次の約束が欲しいのだ。
「もう遠藤さんは私のものだから――」
滝沢はそのまま私に抵抗させないとばかりに自分の手を私の手に重ねて握ってきた。私はもう片方の手で抵抗できるはずなのに抵抗する気はなかった。
次があるという約束ではないが、私は“滝沢のもの”らしい。
そんな言葉で舞い上がってしまう私は簡単で単純で扱いやすいと思う。
しかし、それでも私は諦めきれなかったから無駄な抵抗をしてみた。
「滝沢も上の服脱いで」
「やだ」
私の願いはあっけなく断られ、滝沢の手は止まることはなかった。
彼女の手が通った場所は焦がされているのかと思うほど熱を帯びていて、体にじんわりと馴染んでいく。
どんな時も滝沢は私から目を逸らさずに見てくる。
彼女の視線が、彼女の手が、彼女の声が――。
私の形を保てないほどドロドロと溶かしていく感覚だけは理解出来る。
自分のものとは思えない聞き難い声が漏れ出る。それでも滝沢は「かわいい」と言って、どんな私も受け止めてくれていたと思う。
彼女に愛されることで幸福に包まれ、もう意識はずっとふわふわしていた。
「そら……わたしのことすき?」
滝沢も少し息が上がっているのか、何度も私の耳に吐息が当たる。
ただでさえも私をここに繋ぎ止める理性が壊れていたのに、もう何も考えられなくなった。
「ひな、すきだよ――」
私は滝沢にぎゅっと回していた腕に力が入らなくなり、滝沢がそれを見て少し困った顔をしていた。
こんな自分知らない……。
滝沢を思って一人でした夜もこんな風にはならなかった。
こんな気持ち悪い私を受け入れてもらえるか不安になる。
しかし、そんな私の不安をかき消すかのように、滝沢は何も言わず私をベットに横にしてそのまま抱きしめてきた。
「ごめん。気持ち悪くて……」
「遠藤さんはいつも綺麗だよ。今日も綺麗だった」
その言葉に先程まで不安で冷えきっていた心がどんどんと温かさを感じる。滝沢はずるいと思う――。
「陽菜……」
ぎゅっと私は抱きしめられる。
「好き……」
滝沢の顔は見えないけれど、少し恥ずかしそうに話す時の声風だった。
その言葉が私を何よりも安心させる。
「私も好き――」
そのまま滝沢を抱きしめて、ただただ幸せな時間が流れた。
※※※
私はこっそり布団を出て洗面所に行く。
深夜二時頃。
滝沢は気持ちよさそうに寝ていたので起きなさそうだ。
洗面所で鏡を見て顔がニヤけてしまう。
滝沢がくれたネックレスが私の首についている。その横には赤い跡がついていて、私は無意識にその跡を撫でてしまった。
舞や山本さんに見せつけて自慢したい。
誰に自慢するかも決まっていないのに誰かに自慢したい。
滝沢が私のことを独占したいと言っているそのネックレスは、かわいい柄のネックレスだった。
真ん中には綺麗に輝く星のマークがある。
滝沢みたいに綺麗だ――。
さっき、彼女はこれが首輪みたいだと言った。
これは首輪でいい。
ただ、首輪と言うのならちゃんと責任を持ってリードを繋いでおいてほしい。
どこにも行くなと命令してほしい。
そんなこと言われなくても私はどこにも行かないけれど、滝沢がそう命令してしまえば、私を縛った滝沢にも私の側にいる責任があるからだ。
滝沢が私の側に居てくれるのなら、私は彼女に全て捧げる覚悟はできている。
いや、たとえ滝沢に他の恋人ができて結婚相手ができたとしても私は滝沢に自分の全てを捧げてしまう自信がある。
どんなに苦しくても彼女を愛しているという感情に嘘はつきたくない。
そのくらい私は滝沢星空という人間にどっぷり浸かっているらしい。
私は滝沢からもらったネックレスを鏡で確認して安心したのでベッドに戻ることにした。
こっそりと戻ったつもりだったが、滝沢が起きてしまった。
「遠藤さんどこ行ってたの?」
「お手洗いに行ってた」
「早くこっちきて」
盛大に嘘をついた私は滝沢に腕を引かれて布団入る。滝沢の体温と滝沢の匂いに包まれて私の頭はまた狂ってしまいそうになる。
滝沢はちょっと寝ぼけているのか、私の頭を優しく撫でていた。
「どっか行ったかと思った」
「私がどっか行ったらどうする?」
「どっか行ったらだめ」
「寂しい?」
「――うん」
寝ぼけている時の滝沢はこんなにも素直なのだと衝撃をうける。
その滝沢に甘えて私は眠いはずの彼女に質問を続けてしまう。
「私の代わりならいくらでもいるよ?」
少し意地悪な質問だと思う。
ただ、滝沢がなんて答えるか知りたかった。私が知る滝沢なら、そうだねなんて返って来そうだ。
「遠藤さんは一人しかいない」
「それは……私じゃないとダメってこと?」
心臓がとくとくと鳴っている。今なら私の求めている回答が返ってくる。そんな気がした。
「遠藤さんがいいの。遠藤さんじゃないとだめ――」
滝沢はそのまま私の胸にうずくまり、すやすやと音を立てて寝てしまった。
滝沢の体が呼吸をするたびに上下する。
私も同じスピードで呼吸をしようとするけれども、今は息をすることすら苦しくなっていた。
大きく息をすって吐く。
そんな簡単なことも滝沢の前ではできなくなる。
滝沢は眠いのだろうけれど、今日はわがままを言ってもいいだろうか……。
「滝沢、さっきみたいに私のこと名前で呼んで?」
返事はない。
さすがに疲れて寝てしまったのだろうか。
「星空……」
「遠藤さんうるさい」
滝沢の不機嫌そうな声が聞こえる。ただ、自分の不安をかき消したい欲望を止めることはできなかった。
「星空、お願い」
滝沢はうずくまっていた顔を上げて私を睨んでくる。
不機嫌にしたのは私で、滝沢が嫌だとわかっているのにそんな彼女の表情を見れて嬉しいと思う自分がいるなんて最低だ。
「陽菜――」
私の大好きな顔が真っ直ぐと私を見つめて、私の大好きな声で名前が呼ばれる。
それは私の心をおかしくするには十分すぎるのだ。
滝沢はそのまま、定位置に戻って寝る準備をしていた。
「ありがとう――」
そう伝えて滝沢の綺麗な髪を撫でながら、寝れるかも分からないまま目を閉じた。
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