第136話 報告

 今日は蘭華と遊ぶことになっている。

 家を出る時やたら遠藤さんが不機嫌そうだったが仕方ない。


 今日は蘭華に大切なことを伝えなければいけない日なのだ。


「お待たせ。待った?」

「ううん。蘭華メイク似合ってるね」

「ふふ、ありがとう。星空も上手になったよね」

「蘭華が色々教えてくれるからね。ありがとう」


 オシャレなんて興味がなかったし、メイクなら尚更だ。ただ、少しでもかわいくなったら遠藤さんの気を引けるかな、なんて思ったのは誰にも言わないでおこうと思う。


 私たちは落ち着いて話せるカフェに入った。 


「それで、星空から私を遊びに誘うなんて珍しいじゃん。なんか話したいことあるんでしょ?」


 私はこくりと頷く。


 カフェで私たち以外に話す人もいるはずなのに、やたら周りが静かに感じて少し小さな声になってしまう。


「蘭華に話しにくいことなんだけど……」

「うん?」

「私、高校三年生の時、同じクラスだった遠藤さんと付き合ってる……」

「うん」

「へ?」

  

 重い顔をあげると蘭華は真顔で私を見つめていた。


「そうなのかなって思ってた」

「へ?」

「三年生の時、二人がキスしてるところ見かけてたから」

「へ?」


 私はあまりに衝撃的な事実に顔から火が吹き出そうだった。


 遠藤さんと付き合っているということを告白するだけでもかなり恥ずかしいと思っていたことなのに、三年生の時点で遠藤さんとのあの関係を見られていたかと思うとこの場にいることが難しく逃げ出したくなった。 

 

「ごめんごめん。たまたま、見ちゃったの。星空、話してくれてありがとう」

 

 私の向かいに座っている蘭華は手をぎゅっと握ってくれる。そのことに私の心は少しずつやすらぎを取り戻していき、ふぅと息を吐き出すことができた。


「蘭華、ありがとう」

「星空とはこれから恋バナもできるね」

「しないよ」

「えー、どんなところが好きか教えてよ」

「やだ」


 蘭華は遠藤さんと同じバイト先で働いている。蘭華や遠藤さんを疑っているとかそういう感情ではなく、遠藤さんの良いところを誰にも知られたくないという気持ちが働いていた。


「星空ってかわいいね。よく言われるでしょ」

「言われない」


 そう言われて、実際、遠藤さんって私のことどう思ってるんだろうと考えてしまった。かわいいと思ってくれているのだろうか。


 急にそんな不安に襲われ、蘭華との会話に集中できなくなってしまう。


 そして、私にはもう一つ悩みがあった。遠藤さんの誕生日がもうすぐやってくるということだ。蘭華に頼ってしまうのは申し訳ないのかもしれないけれど、今、相談できるのは彼女しかいないので、相談することにした。


「遠藤さん、来月誕生日なんだけどプレゼント何にしたらいいか迷ってて」


 彼女を知れば知るほど何をあげたらいいか分からなくなった。


「んー、陽菜さんって付き合ったことある人いないんだよね?」

「私が聞く限りでは」

「それなら陽菜さんを星空のものにしてしまうとかは?」


 悪い表情で蘭華が私を見てくる。


「どういうこと?」

 

 蘭華がちょいちょいと私を手招きするので蘭華に近づく。


「陽菜さんの初めて奪っちゃうとか」

 

 蘭華はこれまでに無いくらい悪い顔をしている。からかわれているのはわかるけれど、そのことを考えると頭が蒸発しそうになった。


「あほでしょ。それプレゼントじゃないし」

「ああ、そっか。まあ、今のは冗談として星空を意識してもらえるものがいいんじゃないかな。例えばアクセサリーとかね?」

「アクセサリー?」

「うん、小物ってあげる場所によっては意味があったりするから調べてみるといいよ」


 私を意識して貰えるもの……。

 私はそれから一ヶ月近く頭を悩まされることになった。


 

 ※※※

 


 家に帰ると遠藤さんがソファーに座っている。

 私に気がつくと直ぐに寄ってきて、とても不機嫌そうな顔をしていた。


「山本さんと何してたの?」

「カフェ行ってきた」

「私も滝沢とカフェ行きたい」

「今度ね」

「いいの?」

 

 私はその質問に答えず、荷物を自分の部屋に運んだ。遠藤さんはその間にお茶を入れてくれたらしい。


「滝沢の部屋入りたい」

「なんで?」

 

 遠藤さんの意図がよく分からない。


「理由は?」

「なんとなく」

 

 最近、私と居すぎたせいか回答まで私に似てきてしまっていると思う。理由もないのに自分の部屋に入ってほしくない。なにより今は少しだけ部屋が散らかっているので彼女に見られたくなかった。


「やだ」

「けち」

 

 遠藤さんは不機嫌そうに私の手を握って離してくれなかった。


「そういえば、再来週の土日空いてる?」

「滝沢と遊ぶためならどんな予定も断る」


 そんな私優先の生活にしなくてもいいのに、彼女の言葉が嬉しい自分がいた。


「じゃあ、空けといてね」

「うん!」


 なにに満足したのか、遠藤さんは強く握っていた手を離してくれた。

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